第40話 潜入捜査(3)温泉
潜入してから、畑に行って農作物を盗ったのが2回、倉庫に入って自転車などを盗んだのが1回。
そして今日は温泉である。
煌々とした灯りは無いが、気持ちはいい。それは皆同じようで、いつもは暗い顔で俯き、大して会話もしないのに、表情を緩め、リラックスしているのがよくわかる。
あまねも適当に温泉でリフレッシュしながら、連絡を取る隙を窺っていた。
何せ、いつも誰かがそばにいるというような環境だ。こちらの行動は残らずヒロム達が見張っているはずなので、メモでも書いてコソッとどこかに残しておくくらいしか手がない。
温泉の建物内はダメか。トイレか、庭ではどうだろう。そう思いながら脱衣所へ行って体を拭いていると、同じように脱衣所に来たイチが、あまねを横目で見て言った。
「ふうん。介護をしていただけにしては、なかなか鍛えてるな」
何気ない言葉だったが、背中に冷水を浴びたかのようにギクリとした。
6係は、あまねの杖に仕込んだGPSで居場所をフォローしつつ、現場であまねが残したメモを探し、あまねが幹部と接触するか、幹部の情報を入手できるのを待っていた。
「日帰り温泉だとぉ?」
ヒロムがムッとした声を上げるのを、ブチさんがなだめる。
「寝るのは寝袋、食事もパンとカップめんと弁当、フロも週に2回。そのくらいないと、ストレスが溜まるだろう」
「まあなあ。うどんとラーメンを一日おきで、しばらくカップめんは見たくないとか書いてあったなあ。それに、菓子パンばかりじゃなく、食パンも混ぜてくれたらいいのにとか。
あいつは緊張感が足りないのか?」
「参ってるんじゃないか?捜査上仕方がないとは言え、犯行を見過ごし、加担しないといけないんだからな」
マチも溜め息をついた。
「私、無理です。寝袋とかキャンプみたい、だなんて言えません」
「やっぱり、意外とあまねって図太いんじゃねえ?」
イチは新入りのサンを疑っていた。あいつは何かおかしい。アンバランスな気がする。そう思っていた。
確かに覇気はない。持ち物も、古い物、安い物ばかりだ。
追い詰められたのは最近だとしても、どこか切羽詰まったような目をしていない気がしていたし、後ろ暗いバイトに手を染めるには上品すぎるとでもいうのだろうか。
そして風呂で見た体は、健康的で、細いが鍛えられていた。
あいつは要注意だ。イチはそう頭に刻み込んだ。
あまねはイチの事を考えていた。
やたらと鋭いし、気配や足音を消すのが上手い。寝ていても、あまねが眠りに落ちるまでは寝たふりをしながらでも起きているようだし、少しの音でもすぐに起きて、即動けるようだ。
それに風呂で見た体は、自分こそ、こんな不摂生な生活に似合わないほど、引き締まって鍛えられていた。
あいつは何かある。注意しておかなければ。あまねはそう肝に銘じた。
その翌日、命令を受けて盗んだのは向精神薬だった。
Bは上機嫌で、
「これは金になるぞ。点数も高い」
と浮かれていた。
そして、
「偉そうにしてるセレブのお坊ちゃんやお嬢ちゃんがこれにハマってどんどん金を落とすのは愉快だぜ!」
と高笑いをしていた。
向精神薬を未成年に売りさばく気だと気付いたあまねは、トラックの荷台で焦り出した。
どうにかして、売る前に押さえなければいけない。そのためには、この事を伝えないといけないのだが。
チラッと荷台のメンバーを見る。
イチは目を閉じて居眠りしているようだが、起きているのはわかっていた。こいつの目を潜り抜けなければ、知らせる事ができない。
あまねは何か方法が無いかと頭を捻った。
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