第38話 潜入捜査(1)窃盗団
近頃、魔術を使った荒っぽい窃盗が続いている。それは夜中に車で乗りつけ、魔術で店なり倉庫なりの壁に穴を開けて侵入し、家電製品や現金や薬品などを作業という感じで運び出して、ものの10分で立ち去るという手口だ。
組織だったその犯行から、かなり大掛かりなグループだとは考えられていたが、その入り口が突き止められた。スマホで「バイト・魔術士」と打ち込めば出て来る仕組みだ。
運び屋やらひったくりやらマジックショーやら色々とある中の「運搬」を選び、特技欄に「高額転売」とこちらのアドレスか電話番号を書き込めば、窃盗団から連絡してくるらしい。
「で、ハンドルネーム『サン』で書き込んだら、集合場所が送られて来たわ」
笙野が言って、あまねを見た。
「サンこと日置基樹として潜入し、末端ではなく組織のリーダーを探って来てもらいます」
「僕?」
「この6係に、あなた以上に適任者はいないでしょう?」
「地味で目立たなくて印象にも残らないですからね、僕は」
笙野は否定しようとし、わざとらしいと気付いて、
「公安マンの鑑だわ」
と言った。
「勿論、連絡は取り合うし、不測の事態には脱出の手助けもするわ」
あまねは4班のみならず、ほかのメンバーを見た。まあ、それなりに目だっていたり、何となく警官らしさがあったりする者ばかりだ。
「わかりました」
「ヤバくなったら、助けに行くからな」
ヒロムが力強く言い、
「その時は頼むな」
と言って、あまねは偽のプロフィールを覚えようと、紙に目を落とした。
日置基樹、24歳。小学校のテストで適性が発覚し、関東の特別支援学校で中学校卒業まで過ごす。
シングルマザーで父親は不明。母親は生後間もない基樹を置いて出奔。以後、祖母に育てられる。
中学卒業後家に戻るが、祖母が寝たきりに。介護をしながら通信制高校を卒業。最近祖母が亡くなったが、家は借家で、預金もほぼ無し。魔術士排斥の騒ぎでバイトにも就けず、マンガ喫茶で職探しをしている。
「大変な人生だなあ」
思わずしんみりとして、覗き込んでいたヒロムが言った。
「でもまあ、関東の特別支援学校でこの年なら、物凄く人が多かったし、実際に僕がいた時期だから先生の名前とかも言えるし、親の話はしなくて済むし、困ったら、暗い顔をしてれば、辛い人生のせいだって勝手に向こうが解釈してくれるだろう」
あまねが言うとブチさんは頷き、
「あまり作り過ぎるとボロが出るからな」
と言うが、マチは鼻を啜り上げた。
「架空の人だとわかっていても、想像したら気の毒です」
「覚えられるわね」
「はい」
笙野に応え、あまねは気を引き締めた。
古いジーンズによれっとしたシャツ、大量生産のスニーカー。全財産である、着替え数組と、日置基樹名義の魔術士証明書とわずかな現金の入った財布を収めたデイバッグ。それと汎用型の魔杖を持っているが、汎用型に見せかけた特別性で、GPSもついている。
それらを持って真夜中の倉庫街にあまねは立っていた。
送られて来たメールに、ここでこの時間に待つようにとあったのだ。
「どこから来るのかなあ。ひょっとしてどこかから見られてるのかなあ」
呟いて、辺りを少し窺う。
と、静かにトラックが倉庫街に入って来た。そして、あまねの前で止まる。
「お前、サン?」
助手席から下りて来た男が言った。
「え、あ、はい」
その間にも、トラックの後ろから、無言で数人の男達が下りて来る。
「あの」
「話は後だ。まず、やれ」
言いながら、そばの倉庫に近付いて、杖を扉に向ける。
「は?あの」
杖から生じた炎が扉に穴を開け、男達は素早くその穴の中へ入って行った。
杖を下ろした男はあまねを見ると、ニヤリと笑った。
「今更やめましたはなしだぜ。ボスに、やるか、やらねえなら殺れと言われてる」
「……えっと、具体的には何を」
あまねが言った時には、中からビデオデッキや大型テレビを下げた男達が、黙々と出て来ては、それをトラックに積み込んでいた。
「運搬作業はこいつらがやる。お前は、警備員が来ないか見張れ。来たら、魔術で足止めしろ。
積み終わったら、トラックの荷台に乗れ。いいな」
「は、はい」
いきなりえらい事になった。あまねはそう思ったが、その動揺がそのまま自然に目に映ったらしく、却って疑われずに済んだのは皮肉な事だったが。
「何してやがる!?」
警備員が走って来た頃には、たくさんの荷物をトラックに運び終えて皆トラックに飛び乗り、あまねもあたふたとトラックに乗ったところだった。
あまねは走って近付いて来る警備員に杖を向けると、氷を道に張って警備員達を転ばせ、その間にトラックは発進した。
転んで立ち上がれない警備員達を見て、トラックの彼らは大笑いしていた。
小さくなるトラックを見送って、警備員の片方は溜め息をついた。
「上手く潜入できたみたいだな」
ブチさんだ。
「危ないのはこれからだぜ。気を付けろよ、あまね」
ヒロムはそう言って、帽子を指でくるくると回した。
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