第21話 必殺の一撃

「後ろだ!」


 突然おっちゃんが叫んだ。

 思わず振り向くと、そこには倒したはずのデュラハンが大剣を構えて立っていた。

 その切っ先は俺に向けられている。


 ――なっ。お前は確かに倒したはず。俺はデュラハンの頭を確実に打ち抜いたはずなのに、なんで……。

 いや、そんなことは今はいい。避けないと。


 迫る切っ先をかわそうとするが――。

 ――無理だ、かわせない。覚悟を決めたその時だった。


〈――キャスリング〉


 一瞬ののち、おっちゃんが目の前にいた。

 だがそのからだは、デュラハンの大剣で貫かれている。


「……がはっ」


 まさかおっちゃん、俺をかばって……。

 そうだ、そうに違いない。その証拠におれとおっちゃんの立ち位置が入れ替わっている。


「Kakakakakakakakakaka」


 まるで俺をあざ笑うかのような嗤い声があたりに響き渡る。

 てめぇ、笑うんじゃねぇ。


 思わずおっちゃんに、いやデュラハンに向け足を踏み出す。


『――止まれ! 馬鹿が、死にたいのか』


 フォルティスの叫びに思わず足を止めた俺の寸前を、デュラハンの大剣の切っ先が通過した。

 ずるり。音を立てて大剣からおっちゃんのからだが抜け落ちる。


『Kaka』


 またも響くデュラハンの嗤い声。

 それよりもおっちゃんだ。地面にくずれるおっちゃんは、ピクリとも動かない。まさか……。


『ふむ、まだ息があるようだね。なかなかに頑丈で、大変結構』


 他人事のように語る細剣レントゥスの言葉がかんに障る。

 そんな俺に向け再度剣が振られた。

 倒れ込むようにして避ける。転がった先は……。よし、おっちゃんのそばだ。

 左手におっちゃんを探る。ああ、確かにまだ温かい。少しほっとする


『気ぃ抜くのはまだ早いんじゃないかい そもそも小僧が油断して最後まで確認しないからこうなったんだ。まさか同じ轍をふもうってんじゃあないだろうね』

「――なっ」


 フォルティスに思わず言い返そうとしたが、言葉に詰まる。

 確かにそうだ。俺は騎馬が消えるのまでは確認したが、デュラハン自体は倒れているところまでしか確認していない。

 弱点に当てたところで気を抜いてしまったのだ。油断していなかったと言えば嘘になる。


『そう言ってやるなフォルティス。これは、我々にも予想外なのだからね』

『……チッ』

『それよりもコダマ。早くガンツにポーションを使ってやると良い。そのままだと死んでしまうぞ』


 レントゥスの言葉に、慌ててポーションを取り出しおっちゃんにかける。

 さすが、錬金術師のお姉さんのとっておきだ。みるみるうちに流れる血が止まった。


『それでいい。確かソレイユはじきに目覚めると言っていたね。ならそれまでは持つだろう』

『ふぅん、こちらには隙があるって言うのに仕掛けてこない、ねぇ』


 静かなレントゥスの言葉とは対象に、フォルティスはいらつくようにつぶやく。

 そうだ。まだデュラハンは健在なんだ。だというのに、こちらが悠長にポーションを使っているあいだ手出しをしてこなかった。


「Kakaka」


 どこからともなく嗤い声が響き渡る。


『ハッ、笑ってやがる。こっちを嬲ってやがるんだろうさ』

『ふむ、あやつはどうやってかこちらの切り札をしのいだ。やっかいな精霊術士は倒れ、時を稼いでいたタンクの男も地に伏した。残ったのは明らかに不慣れな若者が一人。油断? いや余裕なのだろうね』


 レントゥスは冷静に分析し、だがと続けた。


『――だが、このままでいいのかい? 相手に侮られたままで。助けに来た者を倒されたままで……』


 いいわけがない。そんなもの嫌に決まっている。

 それに俺はユエちゃんに約束したんだ。3人そろって帰るって。四人でご飯を食べるって。だから――、


 左手にオリゴナイフを取り出す。

 右手のフォルティスはホルスターにおさめる。残る弾は一発、本当の切り札だ。最後までとっておく。

 代わりに右手にとるのはレントゥスだ。

 喜助さんの教えを思い出せ。レイピアをどう構えていた? その時のナイフは?


 レントゥスの柄頭――ポンメルを手首の裏に当て、デュラハンに向けて構える。オリゴナイフは45度角だ。


『ふむ、誰に習ったかは知らないが、なかなかに様になっているね』


 レントゥスが感心するように言った。


「Kakakaka」


 対するデュラハンは、俺の構えを見てあざ笑う。

 まぁ、レイピアを持つのなんて初めてだ。慣れないのが見て取れるのだろう。

 だが大丈夫だ。そっちが本命じゃあないんだ。やれる。


 ブォンッ


 不意にデュラハンが大剣を袈裟懸けに振ってきた。


 ――いけるっ。これなら!

 後ろにはおっちゃんがいる。後ろには下がれない。だが、だからこそ俺は左足を一歩前に出す。

 前に出したオリゴナイフを相手の大剣にあわせる。重い……、だけど――、


〈――パリィ〉


 ギィン


 アーツの力を使ってデュラハンの大剣を捌く。

 大剣をはじかれたやつはバランスを崩した。

 すぐに反撃に移ろうとする。が、同時に俺の腕にも衝撃が走り、オリゴナイフを取り落としそうになった。仕掛けることはできない。

 ステータスを確認すると、HPが半分近く減っていた。捌ききれなかったか?

 思考でUIを操作しポーションを使用する。この方法を教えてくれたカネティスには感謝だ。


 そうして俺が持ち直す頃には、デュラハンも同様に体勢を立て直していた。

 デュラハンはこちらをうかがうように、じりと下がりながら構えをとる。


『〈パリィ〉で体勢を崩させたところに、我が〈魔力撃〉打ち込むつもりかね? 確かにいい案だと思うが、大剣のような大きな武器を相手にするにはいささか技量がおぼつかなたったようだね。そのナイフでなければ武器が壊れていたかもしれないよ。それに……』


 レントゥスが一拍ためて言った。


『……さっきの攻防で相手に警戒を生んだ』


 確かにデュラハンはじりじりと距離をとり、大剣の間合いに持ち込もうとしている。さっきみたいな甘い打ち込みはもう無いかもしれない。

 でも、レントゥスの言葉で気づいた点があった。

 オリゴナイフの《不壊》の能力だ。これがあれば武器の損耗を気にせずに〈パリィ〉が使える。

 代わりにHPにダメージが入るだろうが、そんなものはポーションで回復させればいい。在庫はまだたくさんある。

 何度だってデュラハンの攻撃をはじいてやるさ。


『はん。ちったぁいい目つきになってきたじゃねぇか。でもね、アタシの攻撃と違って、レンの〈魔力撃〉じゃあ決定的なダメージにならない。それに最初の不意を打った一撃をどうやってしのいだのか。それがわかってないと……』


 ああ、フォルティスのいいたいことはわかる。

 最初のフォルティスの一撃。あれは確かにデュラハンの頭を、弱点を打ち抜いた。

 その証拠に、あいつの頭はもう無い。騎馬も失っている。

 頭のあるべき場所にはなにもなく、鎧の首元には、ただ黒い瘴気が渦巻いているのみだ。だというのにあいつは動いている。


『大丈夫だ。今度こそ弱点を打ち抜く。だから、フォルティスはその時まで見ていてくれ』

『――はっ。分かっているならいい、好きにしな。アタシは高みの見物といくさ』


「そうしてくれ。俺はあいつの心臓を貫く」


 今度は言葉に出して宣言する。

 俺は喜助さんをまねて、デュラハンに向かって顎をクイとしゃくった。


『Kaka、Gili』


 いらついたような歯ぎしりが聞こえ――、

 ――デュラハンが剣を振り下ろす。


〈――パリィ〉


 相手の体勢を崩せた。だがこちらもダメージが大きい。すぐには反撃に移れない。

 即座にポーションで回復させる。このポーション、できがいいのかクールタイムが短い。あのお姉さんには感謝だな。


 よし、今度はこちらの方が先に体勢が整った。

 距離を詰めようと一歩踏み出す。が――、


 ――ブンッ


 横薙ぎにに大剣が払われる。

〈パリィ〉は……、無理だ!

 とっさに転がるように身を伏せ大剣を避ける。

 なんとかかわしきった。だが、俺が起き上がる頃には向こうも体勢を整え、距離をとっていた。


「Kakakakakaka」


 うまくいかないこちらを嘲るかのように嗤い声が響きわたる。


『ふむ、一つ助言をしようか』


 レントゥスが話しかけてきた。


『何だ!』


 一歩距離を詰めれば、デュラハンも一歩下がる。

 そんな状況にいらだちを覚えながら答える。


『いやなに、何を馬鹿正直に打ち合っているかと思ってね。……コダマ、君はレイピアの強みを生かしていない。なるほど確かに〈パリィ〉は良いアーツだ。だが大剣をナイフではじくというのはいささか無理がある。少なくとも付け焼き刃の技量じゃあ無理だ。そんな不完全なものに頼り切るのはいかがなものかと思うのだよ』

『そんなことはわかってる。俺じゃあ喜助さんのようにうまくナイフを扱えないってことは! でもこれしか手がないじゃないか』


 叫ぶ俺をレントゥスが静かに説き伏せる。


『喜助某というものが、どのような人物かは知らない。だがしっかとした技量のある人物なのだろう。コダマの構えからもそれが見て取れる。しかしね……』


 そこまで言ってレントゥスが強く告げた。


『目の前にいない者よりも先に頼るべき物がいると思うのだよ、私は。

 ――まずは一歩後ろに引きたまえ!』


 レントゥスの言葉の圧力に押され、デュラハンから間合いを取る、取ってしまった。


『それでいい。ほら、相手は自分の間合いだと思って攻撃してくる。

 ――よし! 左足を後ろから右に、体をひねれ!』


 言われるがままに体を動かす。デュラハンの突きはするりと俺の脇を通過していった。


『ほぅら、相手の胴ががら空きになった。打ちたまえ』


 俺の体は反るようにて大剣を避けている。

 しかし、レントゥスの切っ先はしっかりと相手の胴を捉えていた。

 ――突く。


〈――魔力撃〉

 ギィィン


 当たった。ただの物理じゃない、無属性の魔力を伴った攻撃はデュラハンの鎧を削り取った。

 だがそこまでだった。鎧を貫くには至らない。


 くっ。

 俺の力じゃ、あいつの鎧は貫けないのか。なら狙うべきは関節か首筋か……。首の穴から下に貫き通すのが一番なんだが……。

 思い悩む俺をレントゥスは諭す。


『さて、大きなダメージは与えられなかったが思い悩むことはない。相手を見たまえ。思い通りにいかずいらついている』


 ゆらりとデュラハンがこちらに向き直る。

 あのいらだつ嗤い声はもう聞こえない。


『ほら、ぼさっとせず距離を取って動く! 後の先を取りたいなら大きく距離をとりたまえ。3メートル以上とっても良い。私にとっては一足の間合いだ』

『でも、そしたらおっちゃんが……』


 後ろに庇うおっちゃんを気にかける俺の言葉を、レントゥスは一笑に付す。


『コダマは何か勘違いをしているね。あいつは今、キミを警戒している。そうそう他に手出しをしないさ』


 ……確かに今あいつはこちらを注視している気がする。


『よしんば、そのような動きを見せたら、その時はあやつの背に痛撃を与えれば良い。ガンツのときと違って、あやつは騎馬にのっているわけではないのだからね』

『確かにそうか……』


 俺はレントゥスの言葉に頷く。


『納得したようだね。よし、それなら足を動かそうか。相手を中心に円を描くように。ここは狭いダンジョンの中じゃない。ひらけているのだから、そのことを有効に使うべきだ』


 おもむろに距離をとり、円を描くように足を動かす。


『それでいい。ほら、これで避けるか〈パリィ〉をするか、選択肢が二つになった。先ほどよりは有利になっただろう?』


 レントゥスの声は軽く弾んでいる。

 それにつられ、高揚しそうになる心を静かに落ち着ける。


 円の中心にデュラハンをすえて、ゆっくりと動く。


 ……動かない。

 あいつはこちらをうかがうように見つめてくる。


 …………まだ動かない。

 我慢だ。ゆっくりと円を描く。


 ――くっ。

 ずるりと足下が滑る。湿地に足を取られた。


 好機とみたか、デュラハンが剣を振りかぶり袈裟懸けに斬ってくる。

 避けるのは難しいか。だがさっきと違って距離がある。それにその剣の軌道、一番最初に見た軌道だぞ。だったら――、


 右足を引き、さっきとは逆に左に体を反らす。

 前に出したナイフを、デュラハンの剣にそわせる。


〈――パリィ〉


 キンと澄んだ音がした。

 俺を狙って振られた剣は、軌道が逸れ地面に叩きつけられた。


 デュラハンは前のめりに体を崩した。

 ――俺は? ダメージはある。だが大丈夫、いけるっ。


 一度引いた右足を前に出し、レントゥスで相手の、その黒い靄をさらす首筋を突いていく。


〈――魔力撃〉

 ギン


 当たった。

 ……いや、デュラハンは武器を捨て空いた手で剣先を受け止めている。レントゥスの切っ先はデュラハンの手のひらを貫きはした、だがそこまでだった。

 目当ての首には届いていない。一歩足りなかったか。


『膝で打て!!』


 レントゥスが叫ぶ。


「っらあ!」


 ポンメルを膝を使って蹴りつける。


 ――ガ、ギィン


 一瞬の硬直ののち、手を貫き通し、喉元を抜け、デュラハンの胴体を斜めに刺し貫いた。

 デュラハンががくりと膝をつく。


「……やったか」


 俺も膝を落としそうになるが、なんとか踏ん張りデュラハンからレントゥスを抜く。

 そうだ。まだ終わっちゃあいない・・・・・・・・・・

 レントゥスを納め腰に手をやりながら、おっちゃんとソレイユさんの様子を見る。

 おっちゃんの胸はかすかだが動いている。なんとか無事のようだ。

 ソレイユさんの方は……。


「……う、ん?」


 どうやら気がついたみたいだ。これなら二人とも大丈夫だろう。


「どうしてコダマ君が…………。だめっ、後ろ!」


 俺の胸を熱いものが貫く。


「がっ、は……」


 胸元には、背後から俺を貫く奴の、デュラハンの剣がある。


「Kakakakakaka」


 嗤い声が聞こえる。勝利を確信したのだろう、ずいぶんと近い。

 確かにこの傷は致命傷だ。わずかに残ったHPもみるみる減っていっている。

 崩れ落ちそうになる膝を支える。まだだ。おっちゃんは俺を庇って同じような攻撃を受けた。でも最後まで笑ってた。苦しい顔は見せなかった。だから俺も、まだやれる。


 一歩踏み出す。ずるりと剣が引き抜かれる。

 もうすぐ準備ができる……。いけるな……。


『フォルティス、どこだ!?』

『上だ! 坊主、いやコダマ。ははっ、良い根性だ。よく我慢した』


 フォルティスの声に上を見上げた。

 満月に重なるように奴が、生首が浮かんでいる。

 なんだ、そんなところにいたのか。

 手を置いたホルスターからフォルティスを引き抜く。


「がはっ」


 横殴りに振られた剣で、俺の体は吹き飛ばされる。

 あいつ、焦ったな? 土壇場でミスりやがった。

 地面を転がり距離が離れた俺に慌てて追いすがるがもう遅い。

 仰向けになりフォルティスを天に向け構えた。

 もう魔力はなじんでる。準備はできた。


 振り下ろされる大剣が目の端に見えた。

 だが怖くはない。そうさ、エインヘリヤルが死を恐れてどうするっていうんだ。

 それよりも俺は、あの笑顔が見られなくなることの方がよっぽど、怖い!

 だからっ――、


〈――ラスト・リベンジ〉


 引き金を引く。

 同時に俺の体は切り落とされた。


「kiaaaaaaaaa」


 このアーツの弾速は遅い。だからだろう、生首は恐怖の叫びを上げて逃げようとしている。

 なんだ……。あいつこんな声も出せたのか。


 笑おうとするがその力も無い。視界も暗くなってきた。

 弾の行方は見届けられないな。

 でも大丈夫だ。〈ラスト・リベンジ〉は死に際の技。弾速は遅くとも必ず当たる。

 それにあの弾は、俺の痛み、おっちゃんの痛み、ソレイユさんの痛み、全部がのった聖属性の弾丸だ。

 その頭、弱点なんだろ? なら終わりだ……。


「Giaa……Gya」


 ぐしゃりと何かが落ちる音がした。


「……ほら、……あたった」


 ……そしてそのまま俺の意識は闇にのまれていった。


 ―――――――――――――――――――――

【クエストクリア】

【達成率:100%】

【ユニーククラスを獲得しました】

【ユニーククラスに関してはヘルプをご参照ください】

【ヘルプにユニーククラスの項目が追加されました】

 ―――――――――――――――――――――


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tips


一部のクエストには達成率があり、その達成率によって報酬は変わることがある。

こういったクエストは概してすべてのプレイヤーに影響することもあるので、できるだけの達成率アップを目指すといいだろう。

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