第20話 首無し騎士の嘲笑

 生ぬるい風が吹き付けてきた。

 まぶたを開くと、そこには湿原が広がっている。

 城壁から見たときと同じように、周りには薄く靄がかっている。ここがテスキヨ湿原で間違いないのだろう。

 ただ、普段は視界を塞ぐような靄も、雲一つ無く満月が輝いているせいだろうか。しっかりとあたりが見渡せる。

 湿原と名がついていたから足場は悪いものだと思っていたが、意外とそうではない。所々に沼地がある以外は、地面がしっかりしているように見えた。


 ……よし、行くか。

 一歩踏み出した足が、ふらつき倒れそうになる。


『まずは現状を把握するといい』


 レントゥス細剣から声がした。

 ……現状? 不思議に思いステータスを開いてみるとMPがゼロになっている。

 そうだ。フロノスラウムが転移に俺のMPを使うと言ってたな。

 じゃあ、さっき足がふらついたのは、急にMPがゼロになった影響か……。


 それならと、ポーチからMPポーションを取り出す。

 じっとしていても少しずつ回復はするのだが、今は一刻も早く回復したいから使うとしよう。

 錬金術師のお姉さんに報酬でもらったポーションだ。俺には無用の長物だと思っていたが役に立ったな。


「Kakakakakakakakakaka」


 ポーションを口に含んでいると、不気味な声が響き渡った。

 あれがデュラハンの声か……?

 だがその声は湿原に反響するように広がり、所在がようとしてしれない。


 ――ガアァン


 続いて金属を打ち付けるような、大きな音が響く。

 ……今度はしっかりと音が聞こえた。


「向こうか」


 まばらに生えた木々の向こう。ここからは死角となった位置から聞こえてくる。

 次いでそちらの方向で、パッパと光が瞬く。

 音はおっちゃん、光はソレイユさんの魔法だろうか。二人はまだ無事のようだ。

 急いでそちらに向かおうとする俺をレントゥスが止める。


『待ちたまえ。先ほども言わなかったか? 現状を把握しろ、とね。網無くして淵にのぞんでも、望む大魚は得られんよ』


 網……? 一体何のことだ。

 疑問に足を止める俺にフォルティス伝える。


『レン、もっとわかりやすく言え。小僧もぼけっとしてんじゃねぇ。相手はデュラハンなんだろう? 勝ちたきゃアタシ達の話を聞いて、現状を把握するんだよ』

「……わかった。でも慎重に距離を縮めるくらいならいいだろう」

『……ふん、それくらいならいいか。ただ、へまして見つかるんじゃねえぞ』


 フォルティスはぶっきらぼうに言った

 俺は慎重に足を進めながら、二人の言葉に耳を傾ける。


『まずはクラスやスキルの確認をするといい。我々に先代の力がまだ残っているせいだろう。使えるアーツがあるはずだ』


 レントゥスの言葉に従い、改めてステータスを確認する。

 まず目を引いたのはクラスだ。《ウェポンマスター》に斜線が引かれ、グレーアウトしている。

 下には新たに《ツクモヅキ/トライアルクラス》とあった。


「新しいクラスを取得している……」


 呆然とつぶやく俺に、フォルティスは悠揚に告げた。


『ふむ、《ツクモヅキ》か……。先代と同じクラスだね。アーツなども見てみるといい。すべてとはいわないまでも、使えるものが幾ばくかあるはずだ』


 ……確かにレントゥスのいう通り、とった覚えのないスキルやアーツがいくつもあった。細剣や銃で扱うものなのだろう。

 あれ? 〈パリィ〉のアーツもあるな。これってナイフ、短剣系のアーツじゃなかったか?

 ……そうか、ゲームによってはレイピアでパリィをしたりするものな。細剣でも使用可能ということだろう。


『それじゃあ次はアタシだな』


 レントゥスが黙すると、今度はフォルティスが待ってましたとばかりに話しかけてきた。


『アタシには今、弾が二発しか込められていない。だけどこの二発は先代が力を込めた一品だ。しかもどちらも聖属性ときている。これの持つ意味はわかるよな』

「……ああ」


 俺は頷く。

 聖属性、つまりはアンデッドの弱点ということだろう。

 確か前にトライゾンが言っていた。高位のアンデッドは聖属性以外の攻撃が効きづらいって。

 それが確かなら、込められた二発の弾丸が勝負を決めることになるかもしれない。


『ならいい。十全に使うにゃあ時間がかかるが、その威力は折り紙付きさ。弱点に当てさえすれば、たとえデュラハンでもイチコロさ』

『過信は禁物だが、切り札たり得るのは確かだね。私ではいささか決定打にかける。ここはフォルティスに任せるとしよう』


 フォルティスの言葉に、レントゥスが苦笑交じりの声を上げる。


『ふむ、アーツの確認ももう終わっただろう。さて、敵さんとのご対面だ』


 レントゥスの言葉と共に視界が開ける。

 そこは、木々がなぎ倒されちょっとした空間になっていた。

 なぎ倒しているのは大剣を持った馬上騎士、そして同じく大剣を持ったおっちゃんだ。

 馬上騎士がくだんのデュラハンなのだろうか。騎士は兜をしっかりと、面頬までおとしている。

 イラストで見るようなデュラハンは、首を手に持ってたりするものだけど、あいつはしっかりと首の上におさめているようだ。

 馬に首はついていないが、デュラハンはそれを器用に操り、一抱えもある大剣を片手で振り回している。


 対するおっちゃんも、同じく大剣でもってデュラハンの攻撃を捌いている。

 おっちゃんが持つ大剣はデュラハンの持つものと違い、無骨な、まさに鉄塊とも言うべき大剣。

 当たれば相応の威力を発しそうなその剣が、今はおっちゃんの重みとなっていた。


 そう、おっちゃんの後ろにはソレイユさんが倒れているのだ。

 彼女をかばい、足を止めるおっちゃんは防戦一方だ。


 ――ガアァン。


 デュラハンが大剣で打ち据える。すくうように打ち上げたおっちゃんの剣と打ち合い、つばぜり合いとなった。


「kaka」


 どこからかデュラハンの声が響く。

 すると、デュラハンから、そして騎乗する馬から黒い瘴気がぶわと沸き出でた。


「がはっ」


 瘴気にまとわりつかれたおっちゃんが膝をつく。


 ――なっ、おっちゃん。


 思わず駆け出そうとする俺を、フォルティスが止めた。


『待ちな! 相手はこちらに気づいてないんだ。ちょうど良い、ここから狙え』

「でも。早くおっちゃんを助けに行かないと」

『ハンッ、今小僧があそこに行って何になるって言うんだい』


 俺の焦りをレンティスは鼻で笑う。


『レンも言ってただろ? 切り札はアタシだって。だがそれには時間がかかるって言ったはずだ。それともなにかい? 今のお前に、あいつの攻撃を避けながら時間を稼げる実力があるとでも言うのかい?』


 ……くっ。

 フォルティスの言葉にぐうの音も出ない。


『それに、ガンツ殿をそれほど見くびらない方がいいと思うよ。見たまえ』


 レンティスに言われ視線をおっちゃんに向ける。


「っらぁああ!」


 おっちゃんは雄叫びを上げ、デュラハンの剣を跳ね上げる。

 たたらを踏む騎馬を確認し、おっちゃんは取り出したポーションを頭から浴びる。


「ふうぅうう」


 大きく息をつき態勢を整えるおっちゃん。

 デュラハンも様子見のためかすぐには仕掛けてこない。

 場が膠着した……。


『チャンスだねぇ』


 フォルティスの舌なめずりの音が聞こえる。


『私としては、不意打ちなどというスマートさに欠けることはしたくないのだがね』

『レンは黙ってな。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ』

『仰せのままに、レディ』

『――ちっ。小僧もさっさと構えな。早く助けたいんだろうが。込められた弾に魔力をチャージするんだよ』


 木立に隠れるようにしてフォルティスを構える。

 後は魔力をチャージするだけだ。

 どうすればいいか、なんとなくだがわかる。弾丸に込められた先代の魔力に俺のものを這わせ、溶かし、一つにしていく。


『わかってるじゃないか。ようし、それでいい』


 フォルティスが、今度は言い含めるようにいう。


『他人のつくった弾を十全に扱うにはその作業が必要だ。代わりに今のお前じゃつくれない弾を撃つことができる。後はイメージだ。一体どんな弾を撃ちたいのか、どこに当てたいのか。それをしっかりイメージしろ。あいつの弱点は頭だ。そこを打ち抜けば一撃で終わる……。よし、ここから先は〈念話〉だ。小僧も使えるはずだよ』

『わかった、これでいいか?』


 念話。これも意識すると使えた。


『ふん、飲み込みもそれなりに早いじゃないか』


 フォルティスの言葉を後ろに聞きながら、デュラハンへと照準を合わせる。

 おっちゃんとデュラハンの戦いは、デュラハン優位で進んでいた。

 デュラハンが騎乗しているというのもあるし、何よりおっちゃんが後ろをかばって動けないというのもある。

 その身体に大きな傷はないが、顔は苦しくゆがんでいる。


『まだか?』

『まだだ、待ちな』


 気がせいる。


 おっちゃんは苦しい中もうまく立ち回り、相手の騎馬での動きを制限している。

 だが、その均衡の崩れるときがきた。


 まずい!

 遠くから俯瞰している俺にはわかる。が、おっちゃんは気づけなかったのだろう。


 ――カンッ。


 すくうような軌跡を描いたデュラハンの剣が、かわいた音を立てておっちゃんの大剣を打ち上げた。

 大剣がおっちゃんの手を離れ……、

 ……ずぶり。沼地へと刺さった。


 ――ぐぬ。

 思わず引き金を引きそうになる指を押しとどめる。


『よし、よく耐えた。もう少しだよ。どんな弾を撃ちたいか、しっかりとイメージしときな』


 ……ふうぅ。フォルティスの声に大きく息を吐きく。よし、落ち着きを取り戻せた。

 考えろ。俺が求める弾はなんだ。

 フォルティスは弱点を打ち抜けば一撃といっていた。なら求めるのは確実に当てること。

 あいつから見つからずに、その頭を打ち抜くこと。


 狙いをつける俺の視線の先で、デュラハンがおっちゃん達から大きく距離をとった。


「Kakakakakakakakakaka」


 どこからか聞こえてくる奴の笑い声。

 奴が馬を走らせる。狙いは――。

 狙いはソレイユさんの方だ。あいつ、後ろに狙いをつけやがった。


 早く、早く撃たせてくれ。

 そんな俺の思いとは裏腹に、フォルティスはまだ待てという。


『待ちな。だがもう少しだ。アーツを使え』


〈――ホークアイ〉

〈――ロックオン〉


 矢継ぎ早にアーツを起動する。どちらも命中力をあげるアーツだ。


 その間にも盤面は動く。

 おっちゃんを大きく迂回し、ソレイユさんに向け騎馬を走らせるデュラハン。

 おっちゃんは焦ったようにソレイユさんをかばいに向かうが、だが丸腰のおっちゃんにできることは少ない。

 そんな様を嘲笑するかのように、デュラハンの笑い声が湿原にこだまする。


 ――早く、早く撃たせてくれ。これじゃあ間に合わない。


 騎馬が、デュラハンが二人に迫る。あと少しで奴の間合いだ。くそっ。


『……よく我慢したね。撃ちな――』


 待ちかねた言葉が聞こえた瞬間、指が引き金を引いた。


〈――サイレント・スナイプ〉


 音もなく、光もなく、弾丸はデュラハンめがけてただまっすぐに進む。


 キィィィィィン。


 澄んだ音と共に、デュラハンの兜がはじかれ地面に落ちるのが見えた。





 くそっ、しくじった。


 ガンツは己を罵倒しながら走っていた。

 デュラハンはガンツを避けるように大回りしながら、ソレイユを狙っている。


 デュラハン相手では、ガンツの大剣は決定打にならない。見た目通りの攻撃力は有しているものの、それは物理ダメージに限った話だ。アンデッドであるデュラハン相手では分が悪い。

 決定打は精霊術士であるソレイユにあった。だが彼女は精霊を一時的に消滅させられたことで、今は昏倒している。

 だから、彼女が復帰するまでの間、ガンツがなんとか場を持たせなければならなかった。


 なのに俺は土壇場でミスっちまった。

 あいつの狙いはソレイユだってわかってたのによお。武器が飛ばされ、足止めができなくなった。

 あいつは今、ソレイユに向けて馬を走らせてる。

 かばいに行きたいが、アーツは――。

 チラリと確認するが、クールタイムの完了まであと20秒。アーツは間に合わない、か。

 なら、両の足で走るまでよ。俺の足でもこの距離ならギリギリで間に合――。


 ――ずるり。


 ガンツの足が湿地にとられる。


 しまった――。


 なんとか転ばずに立て直すも、その間にもデュラハンはソレイユに迫る。


 このままじゃ間に合わねぇ。


 ガンツが思った、その瞬間だった。


 ――キィィィィィン。


 澄んだ音と共に、デュラハンの兜がはじけ飛んだ。

 湿地に沈む兜は、その姿を溶かすように消していく。同時に騎馬もその姿を消し、ガランと空虚な音を立て鎧兜が崩れ落ちた。


「誰だ!?」


 辺りを見回すガンツの目に飛び込んできたのは、軽く手を上げながら近づくコダマの姿だった。


「おっちゃん、無事でよかった」


 ほっとしたようにいうコダマの姿に、ガンツは驚く。


「コダマか……。お前一体どうしてここに。いや、それにその銃と剣は……」

「えっと、話せば長くなるんだけど……。それよりもソレイユさんは無事なんですか?」


 コダマの言葉に、ガンツはソレイユを確認する。

 その胸はかすかに、だがしっかりと動いている。そうしないうちに起き上がるだろう。


「大丈夫だ。今はちょっと昏倒しているだけだ。じきに目が覚める。こいつが起きりゃ怪我も治してもらえるな」


 ガンツは、コダマを安心させるように答えた。


「二人して無理しすぎです。でも、本当に無事でよかった」

「はんっ。コダマに心配される羽目になろうたあな。まあ、おめえの事情ってのも帰ったらゆっくり聞かせて――――」


 ――その時だった。

 ガンツの視界の端に影が見えた。そいつはコダマの後ろに迫っている。


「後ろだ!」


 とっさに声をかけるが……。ダメだ。間に合わねぇ。

 そいつはもう攻撃に移っている。だが……。

 ガンツはアーツを確認した。

 ……そうか、さっきアーツが使えなかったのはこの時のためだったのかもな……。やっぱ持ってるな、コダマ。

 ガンツがアーツを使った。


〈――キャスリング〉


「……がはっ」


 痛みは感じなかった。ただ胸が熱い。

 うつむくとそこにはあいつの、デュラハンの大剣が己を貫いているのが目に入る。

 さすがにこいつはマズいかもしれないな……。ガンツは自身の命がこぼれていくのを感じた。

 顔を上げると、呆然としているコダマの顔が見える。


 なんてえ顔してやがる。もうちょっとシャキッとしやがれ。そんなんじゃあユエは任せられねえぞ。


 そんな思いを抱くガンツの耳に、デュラハンの嘲笑が聞こえた。


「Kakakakakakakakakaka」


 ああ、相変わらずかんに障る声だ……。

 でももう終わりだ。

 俺がかばった男は……、お前が打ち損じた男はな。この俺に向かって英雄ヒーローになるって啖呵を切った男だ。

 それが英雄だった爺さんの遺品を手にこの場に立ってるんだ。デュラハン、てめえなんかが何度よみがえろうが、かなう相手じゃねえよ。


 ダメだ……。視界が暗くなってきた。サーガならこういうとき、何か一言残すもんだがな……。

 俺には無理だ。やっぱ英雄の器じゃなかったか。

 ま、最後に本物ってやつを見られてよかったな。後は任せたぜ……。


 そうしてガンツの視界は黒く染まった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

引退したエインヘリヤル、酒場にてルーキーに語る。



世の中にゃあな、ネームドモンスターってのがいる。

そいつらにゃあ気をつけろよ。ああ、もちろん単純に強いって事もある。

だけどな、それだけじゃあねえんだ。

そいつらは名前をつけられるだけの間生きてきた。エインヘリヤルを撃退したって実績があるんだ。

それはただ強いってだけじゃない、狡猾さも兼ね備えてるのさ。

十分に用心しろよ。じゃねえと俺みたいに足を一本なくしちまうぜ。

これか? 俺だって元エインヘリヤルだ。自信はあったんだがな……。

ああ、相手か。マーモットのネームドだよ。そう、あの最弱の魔物のマーモットだ。

マーモットでさえこれくらいのことをやってのけるんだ、ましてや強い魔物のネームドなら、な。

だからお前らも油断をするな、気をつけろ。じゃないと戦乙女の加護までどっかに落っことしちまうぜ。

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