第17話 ナイフコレクション
喜助さんと待ち合わせたのは開拓使庁舎の前、中央広場だ。
まだ早い時間だというのにそこそこの人出がある。またそれを見越してなのか屋台もいくつか出ている。
ざっくり見回すが、ホットドッグみたいな軽食が主だな。昼飯用なのか、庁舎から出てきた開拓者が買っていっている。
そんな様をぼうっと見ていると、後ろから肩をたたかれた。
驚いて振り向くと、そこでは喜助さんが片手をあげていた。
「すまんすまん。待たせたかの?」
「いえ、今来たところですから」
挨拶を交わすと喜助さんからパーティ申請が出されたので受諾する。
「それじゃあ早速と言いたいところじゃが、昼飯用意するからちぃと待っとくれ」
すまんのと手を上げ屋台の列に並ぼうとする喜助さんを呼び止める。
「あ、ちょっと待ってください。実はおっちゃん……。あ、いや。ガンツさんがお弁当を持たせてくれたんです。もちろん喜助さんの分も」
俺の言葉に喜助さんは立ち止まり、くしゃりと笑った。
「本当か!? そりゃありがたい。なんせあそこの飯はうまいからのぉ」
「ええ、ですからそのまま行っても大丈夫ですよ」
「そうかいそうかい。それなら早速遺跡に向かうとしようかの。なに、入り口は街の中じゃ。すぐにつく」
意気揚々と歩き出す喜助さんに連れられ遺跡へと向かった。
◆
喜助さんの先導で歩き始めて十数分、遺跡の入り口にたどり着いた。
そこには石造りで装飾の施された穴があり、地下へと階段が続いている。入り口には兵士がいて入場をチェックしているようだ。
傍らには建屋もある。きっと兵士の詰め所なのだろう。
「それじゃあ入ろうかの」
喜助さんが許可証らしきものを見せると、すんなり二人とも遺跡内部に入ることができた。
ってあれ? ここって入場に貢献度が必要なんじゃなかったっけ。
俺、開拓使のクエストを一個も受けてないから、貢献度なんてゼロなんだけど……。
不思議に思い、喜助さんに聞いてみた。すると……、
「ああ、1層の地下三階までならパーティ単位で入場申請ができるからの。朝、出際に庁舎でやっておいたわい」
喜助さんはなんてことないように言った。
「え!? でも貢献度が……」
「そんなもん、たいした額でもないし払っといたわ。気にせんでええ」
ぱたぱたと手を振る喜助さん。
「いやでも、それなら外で訓練すれば……」
言いつのろうとする俺に、喜助さんは階段を下りる足を止め振り向いた。
「外は無理じゃな。人目がありすぎる。おぬしもこれ以上騒ぎ立てられたくはなかろう? その点ここはインスタンスダンジョンやったかの? 他のパーティとはバラバラになるようになっとるから、邪魔がはいらん」
なるほど。確かにこれ以上掲示板に話題を提供したくはないからありがたいのだけれど……。
「それにのぉ、若いもんが細かいことを気にするな。ハゲるぞ。なんなら今日の弁当代とでも思っとけばええのよ」
喜助さんは、自身の禿頭をぴしゃりとたたく。
「そもそも、そんなこと気にするんじゃったらナイフの扱い方なんか教えようとせんわ。ワシはおぬしを気にいっとるから、勝手に教えるだけじゃ。それにワシは個人的におぬしに借りがあるからの」
借り……? そんなものあったかな。むしろ俺の方が借りがある気がするんだが……。
「……あー。“妖精のとまり樹亭”の宣伝をしたのおぬしだろうに? おかげでうまい飯にありつけたんじゃ。感謝もするわい」
喜助さんが俺の胸を、とんとたたく。
なるほど……、ただそれだと半分以上がユエちゃんのお手柄な気もするな。
でもまあ、そういうことならお言葉に甘えることにしよう。
「わかりました。お願いします」
頭を下げる俺を見て喜助さんは「それでええ」と軽く笑った。
そうこうしているうちに階段を下りきった。
下りた先の通路はまっすぐ続いている。壁がほのかに発光しているせいか、ある程度周りは見渡せるようになっている。
とはいえ、奥の端まで見通せると言うことはないが……。
「ふむ、ここからが遺跡かの」
喜助さんは立ち止まった。
「さて、ナイフの使い方と言っても色々ある。どんなものを教えて欲しいのよ?」
喜助さんの言葉に思い悩む。
「どんなと言われましても……。俺、クラスの関係上これしか持てないんですよね。なのでこれをうまく使いたいなぁと思いまして……」
懐からオリゴナイフを取り出し、喜助さんに見せる。
「そう言やそうじゃったな」
忘れとったと喜助さんは額をぴしり。
「それならまずは一般的なナイフの使い方を教えようか。最近のVRゲームの常として、リアルでの扱い方を知っておくのにこしたことはないからの」
ああ、確かに……。マーモットと戦ったときもナイフの扱いに慣れたらダメージが上がったものな。リアルでの扱い方を知っておくって言うのは大事かもしれない。
ま、このゲーム特有の動き、アーツの使い方を見せられても、それを覚えられない俺にはしょうがないって事もあるけど……。
俺の顔を見て何か思ったのか、喜助さんが話しかけてくる。
「そんな顔せんでも、あとでアーツを使った戦い方も教えてやるから心配せんでええ」
「え!? でも俺、アーツなんて覚えられませんけど……」
俺の言葉に喜助さんはふっふと含み笑う。
「そこで諦めるのは早計というものよ。見ておくにこしたことはないぞ? それに将来的に覚えられんとは限らんしの」
確かにそうだ。何よりせっかくの機会だ。時間の限り教えてもらおう。
「そうですね。よろしくお願いします」
俺は改めて頭を下げた。喜助さんも居住まいを正す。
「よしよし、それじゃあナイフの扱い方の一つ目。投げ方からいこうかの。ナイフはメインに使われる武器とは違って投げて使うことも多い。手放してもええからの。むろんオリゴナイフも投げて使える。とはいえ当然投げるために作られたナイフの方が扱いやすいし威力もでるからの、とりあえずこれを使うかね」
喜助さんが袖口から取り出したのは、手のひらサイズの先のとがった鉄の棒だった。
「いわゆる日本の棒手裏剣っちゅうやつよ。こう見えてもこのゲームじゃナイフの一種なる。そんでもってこれはこう使う!」
喜助さんは手のひらに隠すように持ったそれを、下手にすっと投げた。
「Gyoe」
通路の奥、暗闇から潰れたカエルのごとき声が聞こえる。
「おっと。うまい具合に当たったの」
通路の奥へと足を進める喜助さんを追いかけると、そこのは喉元に棒手裏剣が突き刺さった緑色の子鬼――ゴブリン――が倒れていた。
ほどなくゴブリンはその姿を虚空に消す。かわいた音を立てて床に落ちる某手裏剣を拾い、喜助さんは解説を続けた。
「ま、こんな具合よ。棒手裏剣は暗器の類いじゃからの。隠すように投げたが、オリゴナイフはそうもいくまい。まっとうな投げ方も見せておくかの……」
喜助さんが、今度はポーチの中からナイフを取り出す。だがそれはナイフと言っていいのだろうか、奇異な形をしている。柄から出た刃が三つに分かれて、まるで卍のような形をしているのだ。
「こいつはウォシェレというアフリカの部族が使っていたという投げナイフでな。こんな見た目で意外と投げやすい」
喜助さんはおもむろにそれを振りかぶり、すばやく振り下ろす。喜助さんの手から離れたウォシェレは、確かに意外なほどまっすぐ回転しながら飛んでいく。
「Gi、i」
通路の奥から声がした。どうやらまた罪無きゴブリンが仕留められたらしい。
喜助さんは奥へと進み、先ほどと同じようにナイフを回収している。
「投げナイフはのう。こうやって後で回収せんとコストがかさむのが玉に瑕じゃ。メインじゃ使いづらいの。さて次じゃが……」
あれ、おかしいぞ? そう思い、話を続けようとする喜助さんを慌てて止める。
「ちょっと待ってください喜助さん。俺オリゴナイフしか使えないから、そんな特殊なナイフばっかり見せられてもお手本にしようが無いんですが……。もしかして自分の持ってるナイフを自慢したいだけじゃないでしょうね」
俺の言葉に喜助さんはわざとらしく天を見上げ、ぺしぺしと自身のつるりとした額をたたく。
やっぱりか……。なんか変だと思ったんだよな。
「……ばれたかの。だってしょうがないんよ。せっかくのゲーム、普段扱えん様な武器を色々作ってもらったのに、真理恵も孫もいーっさい興味をもたんのやもの」
喜助さんがだだをこねる。やめて、その無駄に発達した筋肉でそのポーズはやめて……。
「どうかのお。授業料だと思ってあと一本だけ見てくれんかのぉ」
いっそ哀れみさえ覚える声で頼まれると、嫌とは言えない。
授業料がわりと言われると反論しづらいしな。あと実は、喜助さんの見せてくれたナイフに心動かされた自分もいる。
あの、ウォシェレってナイフ、どうにも俺の中二心をくすぐるんだよな。
「わかりました」
俺が頷くと、喜助さんは一転嬉しそうに笑った。
「そうかそうか。それじゃあ最後はファンタジー定番の一本にするかの」
喜助さんのポーチから取り出されたのはくの字型に湾曲したナイフだった。ナイフと言って良いのだろうか、結構な大きさであり、刃は内側にのみ付いている。
「おなじみのククリじゃよ。造ってくれた鍛冶屋が凝り性でな、ちゃんとチョーまでつくってある」
刃の根元にある溝をさわりつつ、喜助さんは遺跡の奥に足を進める。
それを見て追いかける俺の感想は、(あ、ククリってこんな形だったんだ)だ
いや、名前自体は知ってたけどもさ、実物見たのは初めてだよ。
だが、そんな俺をよそに喜助さんは解説を続ける。
「見ての通り刺すには向かん形をしておる。その代わりこの形が切るのには向いておっての。こんなこともできる」
――シッ
間抜けにも曲がり角から顔を出したゴブリンの首をめがけてククリを薙いでいく。
「な!?」
俺が驚く間もあらばこそ、さくりとゴブリンの首は断たれ地面に落ちる。
ゴブリンが自分が攻撃されたことに気づいていたのか、それすらも疑問に思える早さだった。
「ま、レベル差もあってだがの。うまく扱えばゲームの中でもこんなことができるのよ」
喜助さんが振るうククリの下で、ゴブリンが消えていく。
「他にも色々あるが、それはまあ次にするかの」
次があるのか……。いや、俺としては割と願ったり叶ったりなんだけど。
喜助さんはいい笑顔を見せている。
どうやら自身のコレクションを披露できて満足したようだ。
「よしよし、それじゃあちゃんとしたナイフの使い方を教えるとしようか」
喜助さんが歩みを進める。
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ヴァルホルサーガ年代誌 夜明けの開拓者たち編より
オールドーの遺跡。それは宵闇の大陸の開拓団がベースとし、そのうえに町を増設した遺跡だ。
前出の通り宵闇の大陸は、魔王となりし勇者が魔族を率い支配した大陸であるが、オール―どーの遺跡はそれよりも古く、これもまた宵闇の大陸に先史文明が栄えていたことを示す証左となっている。
ではその先史文明はどうなったのか、先史文明の人々はまだ存在するのか。その疑問への答えが出るまでは、今少しの時間が必要である。
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