第3話 エルとの遭遇
部屋に戻って時計を見ると八時半。そしてゲームの開始は九時。
やばい、あと30分しかないのに、何の準備もできていない。
いや、言い訳をさせてくれ。これには理由がある。仕方なかったんだ。
しなね屋を出た後、木屋橋姉弟に軽く町を案内してもらいつつ、買い物をして叔父さん宅に帰った。ここまではよかったんだ。
遅ればせながらサプライズで歓迎会をしてくれることになったらしく、帰ったらたくさん料理が並んでた。
ミニトマトにバジルとチーズを挟んでオリーブオイルかけたやつ。なんかの貝の上にマリネか? 野菜がのったやつ。生春巻きにラムチョップ、ローストビーフ、その他諸々。
俺が昼から外に行ってる間に、叔母さんとくだんのメイドロボのアミーさんで用意したそうだ。
目が不自由なんじゃないのと思ったけど、どうやら問題なかったらしい。
自宅に配備したカメラ映像をバイザーからリンクさせて云々とアミーさんが説明してくれたが、改めて科学の発展ってすごいんだなとしかわからなかった。
……料理の味?
いやもう、ほんとおいしくて時間がたつのも忘れて食べてしまうぐらいだったよ。ちなみにデザートのパンナコッタもたいへんおいしくいただきました。
叔母さんやアミーさんは何でもないことのように言ってたけど、これだけのものを用意するって相当大変だ。
それを俺なんかのためにやってくれるなんて、本当にありがたいことだ。
ああそうそう、今日は
昔よりは感情が顔に出るようになっただろうか。だとしたらうれしいことだな。
その後、作務衣について聞いたら、それは忘れろと怒られた。なぜだ、かっこよかったのに。……解せぬ。
ついでに、今夜やる予定のβテストについて叔父さんに話してみたが、快諾してくれた。
許可なんて取る必要ないよとは言ってくれたけど、まぁ最初くらいはね。一応学用に用意してくれたものなのに、初めての使用が遊びなんだから。
初ゲームがリエージュのゲームじゃないんだって苦笑はしてたけど。
ちなみにそこでも暁ちゃんに怒られた。なんでもっと早くゲームをやることを教えないんだって。
そうはいっても決まったのが今日だし、何より18歳未満は保護者同伴じゃないとこのゲームはやれないんだから、そもそも一緒にゲームできない。俺が保護者になるというわけにも行かないしなぁ。
そう答えたら無言で部屋に帰ってしまった。
ちょっと言い過ぎたかな。後でフォローを考えておかないと……。
叔母さんは、暁ちゃんは今日色々頑張ってたのが空回りしてちょっと興奮しただけだから、すぐ元通りになるって言ってくれたけど、心配である。
「料理の準備もしたかったのに、今日は忙しくてそれもできなかったから……。そういうのも重なったのかもしれないわね」
叔母さんは頬に手を当て、困ったものねとつぶやいた。
その後は叔父さん叔母さんと、暁ちゃんへのフォローの方法や、この十年のうちに起こった暁ちゃんの面白事件を写真を交えて話したり、大学生活について聞いたりと、楽しい時間を過ごしていたら、あっという間に時が立ってしまった。
叔父さんに言われて時間に気づき、慌てる始末である。
「何も気にすることない。自由に楽しむといいよ」
最後にそう声をかけてくれた叔父さんに、ありがとうございますと頭を下げ、急いで部屋へと向かった
そうして今に至る、というわけだ。
時計を見ると8時35分。ちょっと考え込んでる間に5分も過ぎてる。やばい。
とりあえず昨日のうちに配線だけは終わらせておいたから、後は専用の椅子に座るかベッドに横になるかだけど、今回は初めてだし横になるか。
そうしてベッドに横になりスイッチを押し、トリアルナの世界に旅立った。
そう、俺の人生を決定づけることになる長い長い三時間の、VRの世界へと……。
◆
気がつくと書庫にいた。少しアンティークな味わいのある本棚が俺を囲うように並んでいる。
目の前には書庫に不釣り合いの大きな姿見がある。そして周りの棚にはぎっしりと本がつまってるけど、背表紙に名前がついているのは一冊しかない。
そこには『ヴァルホルサーガVR~夜明けの開拓者達~』とあった。
ああ、そういえばこれがこのゲームの題名だったな。そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
「おー、まだキャラクター設定を始めてない人がいたとは驚きだよ。2陣目当てにしても遅い気がするなー」
振り向くと三頭身の小さな人形? が宙に浮かんで話しかけてきていた。どことなく体験ムービーで見た戦乙女をデフォルメ化した感がある。
……かわいい。
デフォルメ人形は俺の視線に気づくと、くるりと舞ってウィンクした。
「おおっと。僕についてなんか知ってる風だね。さては体験ムービーでパーフェクトな僕を見たクチかな? どうだい、すっごくかっこよかっただろう」
確かにかっこよかった。ただまあ目の前にいるこの子は、明らかにかわいい系だ。
断じてかっこいい系ではない。なのでどうしてもこっちの見た目に引っ張られてしまう。
「むむむ。何やら異論がありそうだね。時間がないだろうと思って、せっかく急いでやってきたってのに……」
頬を膨らますデフォルメ人形に、俺は慌てて答えた。
「ごめんごめん。確かに体験ムービーの戦乙女
「うんうん。そうだろうそうだろう」
デフォルメ人形は自慢げに胸を反らせ……、反らせすぎて縦にくるんと一回転した。
「おっとっと。失敗失敗」
ずれた額当てをなおすデフォルメ人形。仕草がかわいいのはいいのだが、あいにくとそれをのんびり見ていられるほど時間はない。
俺は気を一新し尋ねた。
「それで、君が急いでやってきてくれたのは、キャラメイクのためってことでいいのかな?」
「おっとそうだった。よしよし、早速キャラクター作成にいくとしよー。まずは自己紹介! 僕の名前はエル、十二番目だからL。安直な名前だよね~」
デフォルメ人形改め、エルは肩をすくめる。
「さあ、次は君の番だ。名前は何にする? あ、名前と言ってもプレイヤーネームじゃなくてキャラクターネームの方ね。後、姓名両方考えてもらうよ」
むむ、姓名両方なのか。それじゃあ、ゲームでよく使ってる名前と、後は予備で考えていた名前をくっつけてっと。
「コダマ・パサド、で大丈夫かな?」
「ん……」
エルは軽く目を閉じた後……、指を小さく丸の形にした。
「おっけ、大丈夫だよ。それじゃあ次は世界観の説明とかなんだけど、時間がないからキャラクターを作りながら聞いてもらうことにしよう。あ、そうだ。このシリーズのゲームって今までやったことある?」
エルがふよふよと本棚まで飛んでいって、取り出した一冊の本。それは唯一題名がついていたヴァルホルサーガの本だ。
「そのゲームなら一作目から全部やってるよ」
わりと好きなシリーズの一つだ。
「おー、えらいえらい」
エルがこちらにふよふよとこちらに飛んできて、頭をなでてくれた。ううむ、気恥ずかしいな……。
「それじゃあ世界観の方はそんなに必要ないかもね。ざっくり言うと正史ルートの後の世界。魔族の住む宵闇の大陸と呼ばれる場所を開拓するお話だよ。コダマ達プレイヤーは開拓団に属するエインヘリヤルだね。エインヘリヤルはわかるよね?」
「えっと、戦乙女の祝福を受けた不死の戦士だったっけ?」
確か死んでも、戦乙女の加護のおかげに生き返ることができるって設定だったはずだ。
考えるにMMO向きの設定ではあるな。
「そうそう、その通り」
腰に手を当て大きく頷くエル。
「ま、今回は戦士に限らず専業生産職でもエインヘリヤルになれる仕様だけどね。さて後注意事項はっと……」
エルは顎に手を当て考え込み、そうしてぽんと手を打った。
「あ、そうだ。今回のヴァルホルサーガはプレイヤー同士のスコアを競う形になるんだけど、所属している勢力の影響力も個人スコアに加味されるから気をつけてね。後はねー、所属する国によっては、前作やってたらにやりとする場面もあるらしいよ」
内緒だよと唇に指を当てるエル。あざといな。
それはともかくスコアか……。確かにこのゲーム。初のスコアアタックVRMMOってあおり文句をつけてたけど……。
ランキング上位をとると何か特典でもあるのかねぇ。
「ランキング特典はゲーム内で発表するね。……ホントはねー、ほかのゲームへのキャラ移行特典とかある予定なんだけどねー」
エルはぐるりと本棚を見回す。
「ご覧の通り、どの本も白紙……。今後はここに、アルヒシステムのVSOSを下敷きにしたVRゲームがずらぁぁっと並ぶ予定なんだ。だけどまだ一作目の、しかもβテストってことでこの一冊しかない。他はただの張りぼてってわけさ」
俺の目の前に持ってきたヴァルホルサーガの本を、こつりとつつくエルだったが、俺の視線に気づくと慌ててかぶりを振った。
「べ、別にさみしいわけじゃないよ。えっと…。そ、そう。ここにいっぱい本が増えたら忙しくなるからいやだなって思っただけ! そう、ただそれだけだよ!」
別にさみしそうとか言ってないんだけどなぁ……。
「そっかそっか。よしよし」
わたわたと手を振るエルがかわいくなって、つい頭をなでてしまった。
「う、うう~~」
困った目でこちらを見上げるエルがかわいくて、なでる手が止まらない。加えてさっきの仕返しも多分にある。俺も恥ずかしかったんだ。エルも困るがいい。
なおもくりくりと頭をなでていると、突然ポンとエルの姿が消えた。
驚き辺りを見回す俺の目の前に、ふわりとエルが現れた。
腰に手を当て、小さな指を俺に突きつけている。
「も~。子供扱いするなよー。こう見えてもれっきとした乙女なんだからなー」
おこである。
だがそのぷりぷりと頬をふくらます様に、迫力はない。
「何笑ってるんだよー。もうあまり時間ないんだよ!」
いかんいかん。そうだったな。
「ごめんな。エルがかわいいからつい意地悪しちゃったんだよ。エルは立派なレディだよ。仕事も忘れてないし、えらいな」
「む、むぅ。……それなら仕方ないか」
エルは不承不承頷いた。
いや、いいのかそれで……。おにいさん、エルが誰かにだまされないか心配になるわ。
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電撃トリアルナ通信より
アルヒシステムの発表した“ヴァルホルサーガVR”。
ヴァルホルサーガシリーズ16作目となる作品で、初めてのVR作品となる。
またこの作品において、同社はとても意欲的なシステムを搭載することを発表した。
その名はバーサタイルシステム。
詳細は定かでは無いが、このシステムを下敷きにしたVR作品を複数展開し、使用キャラクターのコンバートを可能にするという話だ。
アルヒシステムの広報によると、同社の人気シリーズのいくつかはバーサタイルシステム展開が決まり、開発も進んでいるらしい。
筆者の好きな、そして皆さんの好きなシリーズもバーサタイルシステム展開されるかもしれない。
その時のためにも、この“ヴァルホルサーガVR”でいいランキングをとらなければ!
ランキング上位報酬には、バーサタイルシステム上のゲームでのキャラメイク特典があるという話しだから……。
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