第20話 主人公のはなし

 佐崎京助。

 年齢は15歳。誕生日は7月7日。

 血液型はAB型。それも特に珍しい型だという。


「誕生日に血液型まで把握してんのか」

「本人が言っていたから。一応メモしているわ」


 一姫は無地の黒い手帳に目を落としつつ、不本意そうに返す。


「ぞっこんだな」

「仕事だからよ。続けるわよ」


 彼女が不機嫌なのは晶の態度が気に障るからだ。

 一姫自身、佐崎関係の任務については依然として乗り気ではないのだから。


「佐崎君が通っていた中学は京見ヶ浜の隣、稲原町だったみたい。家もそこにあるんですって」


 現在は電車通学だが、自転車で通えないこともない距離らしく、切り換えを検討しているとのこと。

 彼に引っ付いている美空は幼なじみで、幼稚園から一緒だったらしい。


「同じ中学からの知り合いは彼女だけね。けれどそれ以外にも交友を増やしているみたいよ。2組の明星さんとか、3組の東三条さんとか」

「ひがしさんじょう……」


 あまりに聞き慣れない名字に、晶は頬をひきつらせつつ指折り文字数を数える。名字だけで8文字というのは、なにかと面倒もありそうだと思いつつ。


「知り合い?」

「なわけあるか。俺の交友関係なんて友利さんくらいだ」

「私がいるじゃない」

「学内の話をしてんの。あん中じゃ俺とお前は他人みたいなもんだろ」

「むぅ…………そうかもしれないけれど」


 事実ではあるが、一姫としては素直に頷きたくなくて、つんと視線を逸らす。


「にしても流石はラブコメ主人公。交友関係は美少女ばっかってところか」

「なんでも生徒会長からも声を掛けられているみたい」

「生徒会長?」

「入学式の時挨拶していたでしょう。一応、いえ、もちろん彼女も美少女よ」


 一口に美少女と言われても、晶はピンと来ない。

 入学式は寝ていたし、そもそも神夜高校には美少女と呼ばれそうな少女が多く存在するからだ。

 佐崎に近しい存在として今まで名前が挙がった人物はもちろん、目の前の一姫、そして彼が僅かに交流のある汐里もそうだ。


 ただし、佐崎は美少女と仲良くなりたい願望が希薄らしい。

 世間一般にチャラ男と呼ばれるような、女性関係にアグレッシブなタイプではなく、むしろ草食系男子と区分されるような、女子との関りに消極的なタイプだと一姫は言った。


「それでも女の子が寄ってくるっていうのは不思議な話だけれど」

「特別な美少女を引き寄せるのも特異点だからなのかもな」

「そういう能力があると?」

「さぁ。ただ、特異点であるのは先天的な才能とも言える。後天的に形成された性格は関係無い。もしも、特異点的才能で幼い頃から美少女に囲われる生活をしてきたなら、むしろ女性関係に疲れを感じるようになっていても変な話じゃあないだろ」


 晶はそう長々と答えつつも、頭の中では別のことに意識を取られていた。

 佐崎と妖魔の関係性についてだ。


(佐崎が隣町の住人っていうなら、そっちには何か影響は無かったのか?)


 先ほど相手をしたレインコートの男も、この京見ヶ浜においては雑魚もいいところであったが、日本全体で見た時には強力な妖魔に分類される力を持っていた。

 それこそ、RPGにおける最初の町周辺とラストダンジョンに出てくるモンスターぐらい、力の差があった。


 しかし、それは佐崎が神夜高校に入学する以前からずっとだ。四月から如実に起きた変化もない。

 それに稲原町で強力な妖魔が発生したという話も晶は聞いたことがなかった。

 担当する退魔師たちとも面識があるが、1人を除けば凡庸なものばかり。何か異変が起きれば晶に話が来るようになっている。

 対応を押し付けられると言ってもいいが。


(何の影響も無い程度なら、わざわざ御堂が監視者として派遣されてきた理由がつかない。お偉いさんが本気でこいつに俺の抑止となれるなんて期待しているとは思えないし)

「……なに?」

「なんでも。あー、後好きな食べ物とか色とかは?」

「好きな食べ物はラーメンって言っていたかしら。色は知らないわ」

「普通だな」

「そうね」


 僅かばかりの沈黙が流れる。

 そして、2人は示し合わす訳でもなく同時に立ち上がった。


「コンビニ行くか」

「そうね」


 完全に2人の中で、主題が佐崎京助からラーメンに移った瞬間だった。


「監視者殿、アンタはここで待っててもいいぞ」

「嫌よ。怖いし。それに自分で選びたい」

「この時間にその恰好は目立つだろ」

「貴方だってそうでしょ」

「俺はちゃんと着るから……」


 さすがにパンツ一丁で外出するほど世間知らずなわけもなく、晶は呆れるように溜め息を吐く。

 問題は一姫の制服だ。もう随分と夜も更け、当然高校生が出歩いていい時間じゃない。そんな中でわざわざ制服を着て出歩くのは、補導してくださいとアピールしているようなものだ。


「しゃあねぇなぁ……」


 一切留守番する気のない一姫に対し、晶は早々に折れると、クローゼットからロング丈のダッフルコートを出し、投げ渡した。


「それ上から着ろ。ちと暑いかもしんねぇけど」

「これ、貴方の?」

「そうだろ。この部屋にあんだから」

「なんだか意外。こういうの着るのね」

「そりゃあ着るだろ。冬とか。寒いし」


 そう言いつつ、適当なTシャツとズボンを拾い上げて着る晶。

 一姫は少しの間渡されたコートをじっと見ていたものの、動き出すと素早く、ばっと立ち上がり、さっとコートを身に纏った。


「とんこつ味噌ってあるかしら」

「なんだかニッチな味チョイスするなぁ」

「別に変な味でもないでしょ。晶は何味が好きなの?」

「んー……塩」

「なんだか、らしいわね」

「好きなラーメンの味にらしさなんかあんの?」


 そんな、中身があるようで大してない会話を交わしつつ、2人は部屋を後にする。

 既に佐崎京助のことは微塵も頭に残っておらず、ただ求めるのはカップラーメンの味だけだった。

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