第10話 ラブコメ主人公の日常
神夜高校はごく普通の高校である。
当然それが世間を忍ぶ仮の姿ということもなく、通う学生たちは国の命令で秘密裏に集められた退魔師としての素質を持つ子供達だなどということもない。
そのため、佐崎京助という妖魔を引き付ける“特異点”が京見ヶ浜にあるこの高校に入学することになったのは、全くの偶然だった。
「偶然じゃなきゃ、良かったのになぁ……」
窓の外に目を向けつつ、実際にはそこに反射して映る教室の景色を眺めながら、五条晶は小さく溜息を吐いた。
「京助ーっ! 宿題見せてっ!」
そう甘えた声が教室内に響く。
美空未来。入学から2週間程度ですっかり名前と顔が学校中に知れ渡ったスーパー美少女である。
誰に対しても分け隔て無く接する明るく、社交的な性格……だが、そんな“好き嫌いの無い”彼女でも特別視する相手がいる。
それが佐崎京助だ。
「未来、宿題って? 何か出てたっけ」
「出てたよ。五限、数学」
「えっ、嘘、マジっ!?」
美空と、そんなフランクな会話を事も無げに交わす佐崎に対し、クラスにいた男子たちから嫉妬のような視線が集まる。
本人は気がついてなさそうだが。
晶も実際に目にして初めて知ったことだが、佐崎京助はそれなりにモテるらしい。
べらぼうに顔が良いわけではないが、存在感は確かにある。
誰彼かまわずでなく、誰もが注目する美少女達からのみ好かれているところから、入学後早くも周囲からは陰で“ラブコメ主人公”などとあだ名を付けられているようだ。
(ある種特別な美少女達を惹きつけるのも、特異点故かもしれないな)
生得的に身につけた、不可視の才能。
それは磁石のように、良い物も悪い物も分け隔てなく引き寄せる。引き寄せてしまう。
佐崎京助の意志に関わらず。
(監視者殿も大変だ。まぁ、彼女も外見なら遅れを取ることは無さそうだけど)
佐崎達の向こう側、廊下側の前方の席に座る一姫に目を向ける。
日本人生来の黒髪を惜しげもなく腰元まで伸ばした大和撫子。全身黒を基調とした神夜高校指定のセーラー服と合わされば、どこか不吉な雰囲気も感じさせるが、怜悧な顔立ちの美少女であることは間違いない。
彼女も、その意志に関わらず、美空同様入学直後から注目を集める生徒の一人だ。
「一姫っ」
と、丁度晶が一姫に注目していると、佐崎も彼女に声をかけた。
気安いファーストネーム呼びからも分かるとおり、既に一姫と佐崎は友人と呼べる関係性になったらしい……と、晶は認識していた。
「……なに」
佐崎の呼びかけに、一姫は視線を落としていた文庫本からそちらに移しつつ、不機嫌そうに応える。
これだけだと彼女が佐崎を嫌っているようにも思えるが、誰に対しても基本彼女はこの態度だ。
そういうブランディングなのかは分からないが、晶からしてみれば、彼と二人でいる監視者モードの方がアグレッシブに感じられる。
「あのさっ。五限の数学、宿題出てたろ! 見せてくれない……?」
「嫌よ。やっていないのが悪いんじゃない」
と、佐崎からの要請をあっさり断る一姫。
だがそんな冷たい返しにも佐崎側は慣れたもので、
「お願い~! 一姫ちゃん~!」
「ちょっと美空さん、抱きつかないで……」
「最悪京助はいいから、あたしだけには見せて~!!」
「ちょっ!? 裏切るのかよ、未来!?」
そんなコミカルな会話を、クラス中に聞こえる声量で堂々と展開している。
一瞬、一姫の視線が晶の方に向く。
さすがに窓の反射越しに見られているとは気がつかなかったようだが。
「頼むっ、一姫! 今度なにか奢るから!」
「あたしからもお願い~!!」
「わ、分かったわよ。分かったから離れて……!」
一切引かない佐崎たちに、一姫もとうとう折れる。
まるでドラマで描かれる、医者が賄賂を受け取る前の問答のように、テンプレ化したやりとりである。
(さり気なくデートの約束を取りつけるとは、中々やるなぁ、監視者殿は)
監視者の、監視者として以外のミッションへの取り組みを見届けた晶は、視線を外し、腕を枕に顔を埋める。
今まで睡眠に使っていた日中は学生生活によって大幅に圧迫されることとなった。
ほんのわずかでも睡眠を確保することは彼にとって、“ラブコメの傍観者”でいるよりも遙かに重要なのは間違いなかった。
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