第八十六層目 煌めく願い星


「う、うぅ......一輝、君......だめだ、その力を使っては」


 下半身を毒と炎の吐息に焼かれ、瀕死の重傷を負ったジェイは、仲間の支えを借りながら体を起こす。その視線の先には、いまだ黒い感情の靄に取り囲まれている一輝の姿があった。


「ジェイさんッ! 無茶はいけねぇ!」

「無茶の一つ通せずして、何が大人かッ! 何かは判らんが、あの力は駄目だッ!! 直ぐに、一輝君を止めねば......」

「ほっほっ、それこそ無茶じゃよ、ジェイ。お前さんだって解るだろう。一人の男子として......いや、一人のヒトとして、退けない時があるってことを。いまは祈ってやろうではないか。一輝が無事に生き残れることをのう」

「瑞郭さん......くッ!」


 ジェイとしては一人の大人として、教師としては一輝を止めねばいけないと思っている。だが、瑞郭の言うように時には無茶の一つ貫き通さなければいけない時は、生きていれば一度や二度はあるものだ。


「ジェイの旦那......」

「ドン・勝本......生きていたか」

「あぁ、何とかね。だが、多分長くはないさね」


 体の右半分を焼かれた勝本の顔色は紫色になっていた。これでも常人に比べれば抵抗力は凄まじいものなのだが、それでさえ貫き通す赤竜の毒。

 お互い、息を切らしながら一輝の方へと視線を向ける。


「歯がゆいな。オレたち大人が何も出来ないのは」

「そうだな。だからこそ、生きて子供たちを導かねばならない。勝本。この戦いが終わったら、ルーゼンブルで教鞭を振らないか?」

「......考えとくよ」


 お互いに死の毒を浴び、いつ死んでしまうかも判らないのに明日の事を語るなどとは。そう思った勝本だったが、同時に少しだけ思い描いてしまう。

 自分が子供たちの前で腕を振るう未来を。


「あぁ、悪くないね。そういう未来も」


 勝本の胸元から白い光が現れ、一輝へと吸い込まれていく。

 いまだ黒い靄の方が集まってはいたが、それでもちらほらと白い光も混ざり始めていた。



 ◇◇◇◇◇◇



『では、神園さんは本当に最弱の探索師だったのかい?』

『違うぜ、如月さん。アイツはルーゼンブルに入るまでは探索師でも無かった。探索師見習いだ』


 モニターの向こう側で如月という記者の質問に答える渡辺という少年。両者ともに面識のあった源之助は、驚きと共に体をガタガタと振るわせる。


「アモディグスト......私は、私は次にどうすればいい......私は『知らない』のだ。こんな、この様なシナリオは」

「えぇ、私もですよ。久方ぶりの未知とは、なんとも甘美な味わいで、なんとも恐ろしいものでしょうかねぇ」


 体を小さくして震える源之助を横目に、アモディグストは内心で騒ぎ立てる『恐怖』を抑え込もうと必死になっていた。

 幾度も世界を繰り返し、その果てに自分達『プレイヤー』はほとんどのシナリオを観てきた。それこそ、気の遠くなるほどに何度も。だからこそ『既知』を破壊し、『未知』を求めてきたのだ。

 しかし、あまりにも長い時間の中で『既知』に曝され続け過ぎた。気がつけば、自分たちは『既知』に守られてきた、否、依存していたのだ。


(この状況を打開できる手は......日本で言う所の、相手に塩を送ることになるでしょうが、それでも私は見てみたい。この先に来る未知の向こう側、『未来』を)


 アモディグストは懐から専用の通信機器を取り出すと、直ぐに聖光教会の本部へ繋ぐ。


「私です。直ぐに、この回線を全世界の主要回線に繋ぐのです。私の声を......二十億の信徒の下へ」


 ヒトの願いが力となるのならば、用意をしてやろうではないか。

 二十億。その膨大な数の生み出す、『奇跡』への願いを。



 ◇◇◇◇◇◇



 赤竜は何とか少しずつではあるが、体が動くようになってきていた。

 最初は突然現れた自分の大事な体の一部に驚いてはいたが、よくよく考えればそれもおかしい話だ。むしろ、いまこそ取り返すチャンスなのだと思い直した。


「シャァアアァァァァッ!!」


 毒と炎の吐息を再び噴き出す赤竜。

 しかし、それは立ち上がった生き残りの探索師達と、なんとか部隊を再編制して駆けつけた自衛隊の人々によって阻まれた。


「弾虎を守り抜くぞッ!」

「気合を入れろよ、お前たちッ!!」

「応ッ!! 鍛え抜いた自衛隊魂、見せてやんゼッ!!」


 普段はお互いにあまり関わり合いを持とうとはしない探索師と自衛隊員。別に個人個人で何かがあるわけではないのだが、持つ者と持たざる者で別たれた壁は厚く大きい。

 しかし、ことここに至っては、その壁は不要無用。共に一つの目的、『弾虎を守る』というものへと歩みを進めていこうとしていた。


「子供が命張って頑張ってるんだ。俺たちだって、やってやらあッ!!」

「正樹......父ちゃん、頑張るからなッ......!!」


 胸元に隠してあるペンダント。そこに貼られた息子の写真に誓う一人の自衛隊員。彼の息子は、テレビでの活躍を目にし、弾虎や探索師へのあこがれを持つようになった。いち自衛隊員としてはそれは面白くない話であり、つい昨日もその事でちょっとした喧嘩になり、それがここに来るまでの最後の言葉となってしまっていた。

 愛する者の為に、生きて帰る。その強い想いは、白い光となって一輝へと飛んでいく。


「総員、生きて帰るぞッ!! 攻撃開始ぃッ!!」


 それぞれの部隊から多くの銃弾が放たれる。通常兵器では大した効果がないのも事実なのだが、それでもまったく効果がないわけでもない。あの超巨大なグランド・シザースでさえ、足止め程度は出来ていたのだから。

 自衛隊の必死の攻撃と共に、探索師達も一斉に攻撃を始める。


 そんな中、一輝は胸の奥から爆発しそうになる衝動と戦っていた。


「く、ぉお、お」


 うっかりと手放してしまえば、直ぐに暴走を引き起こしそうになる破壊の衝動。

 いまは何とか僅かばっかり集まって来る白い光の力で保ててはいるが、それが尽きるのも時間の問題の様に思えていた。


「クソぉ......負ける、ものかぁッ!!」


 がくがくと笑う膝に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。が、直ぐにガクッと大きくバランスを崩してしまい、片膝を地面へとつける。


「兄さんッ!」

「早織......」

「兄さん......私にも、その辛さを分けてください」

「な、やめろッ!!」


 一輝の右手に自分の手を添える早織。すると、溢れてきていた黒い衝動は少しだけ軽くなり、その代わりに早織の体を蝕み始めた。


「あぁあぁああぁぁッ!!」


 超人である一輝ですら耐えることで精一杯のそれを、ただの一般人である早織が受け止められるわけがない。

 早織の左腕は、ミシミシと枝を折るかのような音を立てて捩じれていく。


「止めろ、早織ッ!!」

「うぅうう、ふううぅうッ!! い、や、ですッ!! 私だって、兄さんの力になるって、決めたんですッッ!!」

「そうよッ! だから、私にもそれ、寄越しなさいッ!!」

「恵ッ!?」


 今度は恵まで一緒になって、一輝の腕を掴み始めた。当然同じように恵の腕も蝕まれ始め、黒く染まっていく。


「キッツ、いわね、これッ!!」

「二人とも、もうやめるんだッ! これ以上は体だけじゃなく、魂までやられてしまうぞッ!!」


 自分の一部となっているからこそ理解できる。この力はヒトの身で使いこなすことは出来ず、ベルゼブブが言っていた様に魂や存在の力すらを代償にしなければ、行使することのできない『奇跡』の力なのだと。


「あんた、一人でだめなら......私達三人なら、少しは楽になるでしょう?」

「そうですよ、兄さん。でも、ちょっと辛いので、早めにしてくれる、ぐぅう......助かり、ます」

「ふッ......三人よりも、四人ならどうだ?」

「五人なら、もっと行けるだろう?」

「ワシもいーれーてッ!!」


 背後から回ってきた三本の腕。その持ち主の正体は、仲間に体を支えられながら立つジェイと勝本、そして瑞郭であった。


「三人ともッ! その体ではッ!!」

「余計な事を考えるなッ!! 神園一輝ッッ!!」

「ッ!!」

「いまは、目の前の事に集中をするのだ。いいね?」


 ふっと表情を緩めるジェイ。その温かさが、腕から溢れる衝動と痛みを和らげてくれる。

 いまなら、なんとか抑えきれる。そう思った矢先。


「......え?」

「......なんだ、これはッ!!」


 ふと顔を上げた一同。

 先ほどまでは黒い靄ばかりが集まってきていた空に、まるで星を敷き詰めたかの様に白い光が瞬いていた。

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