第六十六層目 ヒーローへの道
学園長室は既に『シークレットモード』が作動され、外部からの盗聴、盗撮、魔術的介入などが出来なくなっている。
そんな中で弾虎と源之助の二人に睨まれる一輝の偽者。とは言っても、既にその化けの皮は剝され、素顔は明らかになっているのだが。
「君はどうしてあんなことをしたんだ。言え。言わんと......」
拳を振り上げる弾虎。その姿は正義のヒーローというより、完全に悪役のそれだ。
だが、これでも弾虎は抑えている方だ。最愛の妹に傷をつけようとしたその報いがこの程度なのだから。もしも、一ミリでも刃先が早織の首筋に当たっていれば、罪を背負って生きることを選んでいたかもしれない。
「しょ、正月にあの子の姿を見てから......一目惚れだったんだッ!」
「......は?」
「初詣の時にあの子を見かけて、それで気になってたら今日偶然にも入試で見つけて......う、運命だと思ったんだッ! だから声をかけようと思ったんだけど、ゆ、勇気が無くて......それで思い出したんだ。初詣の時にお兄さんらしき人がいたから」
「......その、兄に化けたってことか?」
「う、うん......あの時、ルーゼンブルの制服着てたし、丁度いいと思って......」
弾虎は当時の記憶を思い返す。確かに、あの日はそのまま寮に戻るからと制服のまま早織と初詣に行った記憶がある。
「む? そういえば君の事は見たことがあるな......確か、二年生だったか」
源之助の声に驚きの表情を浮かべる偽者。
「え、会長、生徒の顔覚えてるんですか? 全員? 怖ッ!!」
「弾虎君、私を舐めてくれるなよ。これでも一応は学園長だ。そう、君は確か
「『完全模倣』? なんです、その物騒な名前の能力は」
「読んで字の如くだ。一度見た人物の姿形、声色、仕草を模倣できる。コピーみたいなものだな。まぁ能力なんかは真似できないが、これでなかなか有能な能力だ。だが......」
目くばせで弾虎に意思を伝える源之助。弾虎も疑問に思っていた所があったらしく、再び真治を締め上げる。
「なるほどな。お前がストーカーなのはよーくわかった。だが、どうやってこの部屋に入った。しかも、早織を連れて」
いくら人は少ないとは言え、まったくゼロではない。しかも、早織の言うには連れ出したのは試験前。まだそれなりに人は残っていたはずだ。
そんな中で中学生を連れまわしている奴がいれば、不審に思われても仕方がない。
そして、学園長室は不在の時は基本的に鍵が掛かっている。決して厳重なものではなく、極々一般的なものだが......それでも、ただの学生が潜り込むには難しい。
「そ、それは......」
「......ん?」
「いかんッ! 弾虎ッ! 彼を気絶させろッ!!」
「ッッ!!」
突然ガクガクと体を揺すりながら、虚ろな目をする真治。明らかに異様なその姿に、弾虎は一瞬ためらいつつも能力を放つ。
「『パラライズショット』ッ!!」
弾虎の指先が真治の腕を貫く。多少の血が出るが、今はそんなことを言っている場合ではない。傷は後から治せる。
『パラライズショット』を受けた真治はビクッと大きく体を跳ねさせ、そのまま四肢を弛緩させて倒れた。蜂型モンスターの『ウル・ビー』から得たこの能力は、非常に強力な麻痺効果がある。
致死性は無いがその分即効性があり、かつ長時間持続効果のある毒なので、ダンジョンで食らうとかなり危険な技だ。
なお、ウル・ビーそのものは海老と蟹の中間の様な味で、非常に旨かった。
小型犬程に大きな体を持つウル・ビーはフライにして食べたが、腹部はトロリとした甘いソースの様で、翅を動かす筋部分がプリっとした触感なので相まって美味である。
ただ、針の部分は若干舌触りが悪く、かつ毒のせいか舌が痺れる感覚があったので、一輝の中で̠マイナス評価になった。翅はパリッと良い触感だが、それだけで旨味はない。
身の部分だけならA級の旨さ。それがウル・ビーの評価である。
そんなウル・ビーの食評価はさておき、床に転がる真治の襟首を弾虎は二本の指で掴み上げる。
「おいおい、もっと丁寧に扱ってあげてくれ」
「早織に害をなそうとした奴の扱いなんてこれで十分です。しかし、さっきのはいったい何でしょう?」
「私にもわからんが......どうも、精神を破壊する系統の能力の様だったな」
「ここに能力で攻撃を?」
「いや、恐らくは予め葉隠君の頭に仕掛けていたのだろう。ふむ......目的はわからんが、賊が忍び込んでいる可能性がある、か」
開けることの難しい学園長室の鍵が開いていたこと。自白させようとした途端に真治の精神が破壊されかけたこと。この状況から考えるに、既に賊は何らかの形で学園を狙っているのが判った。
「なんだったら、まだ近くにいる可能性もありますね......いや」
弾虎は先ほどの真治の言葉を思い出す。
『初詣で見たときから』。それは、本当に
あまりのも、偶然が過ぎる。しかも、よくよく考えれば今日の入試試験での手伝いは基本的に三年生の仕事であり、二年生がいるはずがないのだ。弾虎の中身である一輝は学園長から呼び出されているという設定で登校しているが。
「もっと以前から……俺たち兄妹の方が、狙われていた可能性がありますね」
「ふむ......となれば、君の正体を知っている『教会』か。だが、あからさま過ぎるな」
「そうですね......ん? なんで会長が、教会が俺の正体を把握しているの知ってるんですか? 俺、言ってないですよね?」
「私の情報網を舐めて貰っては困るよ弾虎くぅん......」
「うっ、嫌な顔だ......でも、本当に教会でしょうか?」
もしも教会であれば、この様な回りくどいことなどしなくとも弾虎を葬る事は出来るだろう。流石にあの時の様な失態は犯さないとしても、『天使』が二人でも来れば詰みだ。
「今は考えても仕方ないことだ。警戒を引き上げて対応するしかあるまい」
「え? 入試の中止とかしないんです?」
「しないな。この程度のイレギュラー、対応出来んようではルーゼンブルの学生足りえん。私は探索師として生存力を上げたいと思っていても、甘やかすつもりはないのでな」
たったいま、目の前で一人生徒が精神崩壊しかけたのだけれども。
そんなツッコミを入れたい弾虎だったが、別に弾虎とて本当の正義の味方というわけではない。勿論、救える命は出来るだけ取りこぼしたくないのは本心だ。だが、それ以上に重要なのが早織である。
しかも、今回はどうやら狙いは自分たち兄妹であるのが判った。ならば、炙り出して撃退するという手もありだ。
若干、源之助の対応が教育者として失格にも思えるが、そもそも今に始まった事ではない。学生の自分に命を張らせているのだから。
「わかりました。ですが、俺は出来るだけ早織の近くにいるので」
「いや、それは駄目だろう。君は午後には実技試験の......」
「い・ま・す・の・でッ!!」
「むぅ......仕方ない。実技試験を魔工学科の試験場の近くにするとしよう」
魔工学科は学力テストに重きを置いているとはいえ、実技試験が無いわけではない。事前に『覚醒』を得ているかなどを見るためだ。
しかし、それはあくまでも魔工学科の試験であり、実力を見る為の探索師学科の試験とは趣が異なる。なので、ゲストの瑞郭や弾虎は魔工学科の実技には参加しない。
「1.5秒以内に駆けつけられるなら大丈夫です。あ、校舎が壊れても許してくださいね」
「まぁそれで間者を捕らえられるなら儲けものだ。ただ、殺すなよ? 後が面倒くさい」
それは、決して弾虎......一輝が殺人を犯してしまうことを危惧しての発言ではない。世間体的に、弾虎が殺人を犯すのがまずいのだ。しかも、学舎という場所であ。
そもそも探索師たるもの、その『覚悟』は持っていないと務まらない。時にはダンジョン内で同じ探索師が敵になることもあるからだ。
法治国家である日本において、市民が殺人を犯すことは稀だ。だが、決してないわけではない。
弾虎も源之助も経験はしていないが、いつか来る時がある覚悟だけは常に持っている。
ダンジョンが現界したこの世界では、様々な事柄が変化した。
それは物的なものだけではなく、こういった人々の生き方、姿勢にも及ぶ。
世界は残酷と悲しみで満ち、救いは祈りの手から溢れ落ちる。
されど、それでも人々は生きていかなければいけない。
そして、その救いを求める手をつかむことこそが、ヒーローの仕事である。
こうして、水面下で始まったミッション。これが公になる事はない。
誰にも気づかれず、褒められることなく、人を救う。
本人も気がつかないまま、彼はその『ヒーロー』としての道を歩むのであった。
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