第六十五層目 お前は誰だ


 試験が始まってから既に一時間が経った。

 試験官として源之助から要請を受けた弾虎といえば……暇を持て余していた。


(実技試験が午後からなら、俺こんなに早く来る必要なかったのでは……?)


 中央棟の屋上で一人日向ぼっこをしながら、そんなことを考える弾虎。

 筆記試験中は流石に受験生の気を乱してはいけないと、瑞郭達も職員室で待機をさせられている。だが、そんな場所に弾虎が混ざるのも良くない。

 先程はなんとか誤魔化すこともできたが、瑞郭は弾虎と一輝を同一視しかけた節があった。弾虎としてあまり交流をするべきで無いと考え、こうやって一人過ごしているのだ。


(いっそ、午後までスーツ脱いどくか。収納プロセスっと)


 手首に装着されている端末を操作すると、ボディスーツが溶ける様に端末へと吸い込まれていく。これは先日のスーツの故障を受けて、ボブが搭載した新技術『ナノ・マギカシステム』だ。

 ナノ・マギカシステムは、ナノマシン技術と魔工学を融合させた技術で、魔粒子を加えた超極小の機械を大量に用いてひとつの物体を構成するものだ。破損した際には魔力を充填することでマシン内の『自己治癒』効果が働いて修復し、魔粒子を持つので強度も優れている。

 これはモンスターが従来の兵器では太刀打ちできず、それ故に開発された対モンスター弾の『DMシリーズ』の理論から着想を得たものだ。


 『DMシリーズ』のコンセプトとして、モンスターの体を構成する物質に含まれる魔粒子を分離させるというものがある。強制的に魔粒子を空気中に還元させることでモンスターの体から一時的に魔粒子を取り除き、その強度を下げるというものだ。

 なので、これを用いた砲弾は大阪カニ騒動の際に現れたグランド・シザースの甲殻を軟化させ、破壊に持っていくことが出来た。だがその反面、空気中の魔粒子濃度が著しく上昇。付近の魔力汚染や通信障害が発生してしまった。


 弾虎のスーツに組み込まれたナノ・マギカシステムは、この仕組みを逆利用した形だ。

 空気中に含まれる魔粒子を取り込む事で装着する者の負担を軽減し、更にはモンスター同様の強度を実現する。そして、魔粒子を排出することでナノマシンの体積を縮め、収納性も実現するとうまさに夢のスーツだ。

 ただし、これは試作段階の金食い虫であり、量産はまだまだ実現できそうにないのが最大の難点だが。


「収納……よし、っと」


 手首にある端末には、スーツとマスクが収納出きる程の小さなマジックバッグが搭載されている。知らない人からすればちょっとカッコいいウェアラブル端末の様にも見える。

 容量的にはスーツとマスク、それから『天照』と『月詠』の二つのデバイス程度しか入らない。容量を増やせばどうしても大型化は免れないのだ。


 指定の学生服姿になった一輝は、静に階段を下りて中央棟を探索する。普段はあまり用事の無い場所であり、何か面白いものはないものかと気になっていた。

 教員はそのほとんどが試験官として出払っているし、見つかる心配もない。もし見つかっても、午後の実技の手伝いと言えば済むことだ。


「とは言っても、やっぱりあんまり面白いもんは無さそうだな......ん?」


 しばらく歩いていると、学園長室の前まで来てしまっていた。源之助はいま瑞郭達と一緒に職員室にいるし、誰もいないはず。


 なのに......。


(誰か居るッ!)


 耳を澄ますと、部屋の中から何者かの声が聞こえてくる。話している声の数的に二人。


(掃除の人......ってことは無いよな。今日は学校自体は休みだし。さて、どうしたものか)


 先ず考えたのが、源之助に報告をすること。だが、その場合は恐らく瑞郭達も一緒に来てしまうだろう。そうなるとまたややこしい話になる。

 弾虎として出会えば『何故こんな場所に』となるし、一輝として出会えばそのまま連れていかれて、弾虎になるタイミングを失ってしまうかもしれない。


「やってみるか......」


 一輝はそっと窓際に移動すると、慎重に外を見渡す。そして誰も居ないことを確認すると、窓の外へと身を乗り出した。


「よっと。出来るだけ静かに、静かに......」


 窓から外へ飛び出した一輝は、壁の出っ張りに指をかけながら学園長室側の窓まで伝っていく。そして、そろっと顔を覗かせて中の様子を覗う。すると、中にいたのは意外な人物であった。


(なんで、早織が? それに......どういうことだ!?)


 中で話していたのは、いまは試験を受けているはずの早織。そして、何故か『一輝』が居たのだ。


「これは飛び込んでいい案件だよな......? でも、一応弾虎になっておくか」


 腕のデバイスを起動させてスーツを身に纏う。弾虎の姿になった事を確認した一輝は、学園長室へと飛び込む。


「動くなッ! ここで何をしているッ!!」

「「!?」」


 驚きに目を見開く早織ともう一人の一輝。弾虎の姿を見るや否や、もう一人の一輝は早織を盾にして隠れた。


「う、動くんじゃねぇ! こいつがどうなってもいいのか!!」

「に、兄さん!? 何をするんです!?」


 どこからか取り出したナイフを早織に押し付け、ニタリと下卑た笑みを浮かべるもう一人の一輝。だが、弾虎は怯むことなく近づいていく。


「こ。こっちに来るんじゃねえ! こいつがどうなっても......」

「その程度で俺が止まるとでも思ったか?」

「お、俺は本気だぁ!」


 早織の首筋にあてたナイフに力を込めるもう一人の一輝。だが、その刃先はいつの間にか綺麗に無くなっている。

 そして、いつの間にか目の前まで近づいてきていた弾虎の手に、折られたナイフの刃が握られていた。


「お前は俺を、怒らせたッ!!」

「ひっ、ひゃぁぁあああああ!!」


 怒気がまるで湯気の様に立ち上る弾虎。その姿に偽者は恐怖で顔を引きつらせる。

 弾虎は極々手加減をして偽者の顔面に拳を突き出す。それも寸止めで。

 それでも拳によって生まれた風が偽者の顔を叩き、衝撃を生み出す。


「ぐぇ」


 もしも当てでもすれば、早織を前にスプラッタが繰り広げられてしまう。それだけは避けたいと思った弾虎最大の手加減である。

 だが、一般人にはそれで十分すぎる。恐怖と衝撃に気を失った偽者は、そのまま気絶してしまった。


「大丈夫か、君ッ!!」


 偽者が手放した早織を抱きかかえる弾虎。『解析』の能力で無事とは判っていても、気が気でない。


「は、はい、大丈夫です。あの……ありがとうございます」

「いや、無事ならそれでいい。だが、見たところ君は試験を受けに来た中学生だろう? 何故こんなところに?」

「えっと、試験が始まる前に何故か兄さんが呼びに来て、あちこちを連れ回されたんです」

「…………君は、おかしいとは思わなかったのかい?」

「え? だって、兄さんの言うことは絶対ですし」


 弾虎は頭を抱えたくなった。

 以前から早織の自分に対する思いが強い事は自覚していた。だが、それがこの様な危機意識の欠如に繋がるほどとは思ってもみなかったのだ。


「いいかい? こいつは偽者で、君のお兄さんではない」

「え!? そ、そうなんですか?」

「君のお兄さんは、君の事を盾にするほどゲスなのかい? それと、大事な試験を控える妹の邪魔をする男か?」

「そんな事は……無いです」

「何でも疑えば良いというものではないが、それでも時と場合によっては確認することも大事だ。今回の件は俺が会長に掛け合ってみるから、とりあえず君は試験に戻りなさい。まだ時間は間に合うはずだ」


 弾虎は通信機を作動させ源之助に連絡を入れる。

 ほどなくして到着した係りの者によって、早織は試験場まで連れられていくこととなった。


 そして、学園長室では……。


「話を、聞かせて貰おうか」

「下手な事を言えば、どうなるかわかるね?」

「ひ、ひぃぃ……」


 弾虎と源之助。二人の化け物に睨まれながら、一輝の偽者は体を小さくさせるのであった。

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