第五十三層目 ヒーローの帰還


 大阪、天神橋。

 かつては商店街が栄え、多くの人が行き交っていたこの地は、現在では立ち入り禁止区画となっている。

 ダンジョン現界によってこの地に生まれた『天神橋ダンジョン』は、誕生からまもなくして封鎖をされることとなった。理由は、内部に凶悪すぎる罠が多数出現したからだ。

 通常、ダンジョンはモンスターと罠が混在する。その比率はダンジョンによって変わってくるが、時に極端な構成のダンジョンも生まれることがあるのだ。

 『天神橋ダンジョン』は、罠の比率が100%という恐ろしいダンジョンである。まず、一番初めにあるギミックからして極悪だ。

 ゲームのジャンルの中に、『ローグライクRPG』というものがある。これは、マップやダンジョンに入る度に内部の構造やオブジェクトの位置が変わり、その都度難易度も変化するといったものだ。

 入る度に変化するそのゲーム性で、『何度でも遊べる』というフレーズが売りなわけだが、それが現実となれば話は別だ。

 入る度に構造が変化する。ゲームであれば、主人公は基本的に一人なので『入る度』というのは主人公自身に適用される。が、現実は主人公などというシステムは存在しない。

 誰かが侵入する度に構造がいきなり変化するという、先に入っている人間を完全に殺しに来ている罠である。

 地面設置型の罠が目の前にあった。それを踏まないよう十分に気をつけ、足を踏み出そうとした瞬間。別の誰かがダンジョンに入った事で床の位置が変化し、罠を踏み抜いて死んでしまうということが多発したのだ。


 そんなわけもあって、『天神橋ダンジョン』は封鎖をされることに決まった。モンスターもいないので『獣達の大行進オーバー・ラン』も起こらず、必要最低限の人員だけを配置する処置を日本ダンジョン協会大阪支部も出すことにした。


「ふふ……派手にやってくれてるじゃないか」


 そんな『天神橋ダンジョン』の入り口で、一人の男が立っていた。

 本来であればセキュリティの為に職員が数名、入り口に設置されている詰め所にいるのだが、現在詰め所にはいくつかの寝息の音だけが聞こえている。


「これは……ふむ、『催眠香』の臭いだ。あれは確か、『コロン・コロン』が使う能力だったな」


 富山のとあるダンジョンに出没するモンスター、『コロン・コロン』。戦闘力はほとんど無いものの、身に危険を感じると強烈な眠気を誘う臭い『催眠香』を発する事で有名だ。

 『コロン・コロン』自体には戦闘力は無いものの、一緒のフロアに出てくる『マガルリザード』という蜥蜴系統のモンスターが厄介で、『催眠香』への耐性があるので『コロン・コロン』が臭いを撒き散らした所へやって来て、眠った獲物を食べるのだ。

 そして、『コロン・コロン』はそのおこぼれを預かるという共生の形を取っている。


「さて……そろそろかな。おかえり、一輝君」


 ダンジョンの入り口から出てきた人物へにこやかな笑みを見せる男。

 まさか出迎えがあるなどと思ってもみなかった一輝は、ぎょっとした表情を受かべる。


「あぁ、そんなに警戒をしないでくれ。君とは一度話をしたかったんだ。どうだい? 急ぎの用事も終わったようだし、少しコーヒーでも飲まないかい?」

「……あなたは、誰なんですか?」


 一輝は『解析』を使い、その男の正体を探ろうとする。だが、いつもであれば詳しく見ることのできた相手のステータスが見えなかった。


「む……? この感覚は……君はなかなか面白いことが出来るのだな。鑑定系の能力まであるのか。だが、すまない。私は立場上阻害の魔導倶を常用していてね。いや、名前など隠すつもりも無いのだが。藤原ふじわら 源之助げんのすけ。これで判って貰えるかな?」

「藤原、源之助……? まさかッ!!」


 世界ダンジョン協会という国連主体の組織の中で、常任理事国と呼ばれる国が存在する。

 主に、国内に存在するダンジョンの数や稀少性、それに対しての活動等を評価され、リーダーシップをもってダンジョンについての未来を牽引できる事。それが常任理事国の資格である。

 小さな島国でありながら、多くの有能な探索師を排出、育成してきた日本もその国の一つだ。そして、それら探索師をまとめる一大組織『日本ダンジョン協会』の会長であり、屈指の育成校である『私立ルーゼンブル学園』の学園長を勤める者。それこそが、藤原源之助その人だ。


「さて……少しここではまずい。そろそろ職員も起きてしまいそうだしな。場所を変えよう」




 ◇◇◇◇◇◇



『御覧くださいッ! ダンジョンが、ダンジョンの入り口が崩れていきますッッ!!』


 カメラに撮される、馴染みのある光景。

 ただ、そこに起こっている内容は現実味のないものであった。



 約一時間程前。

 多くの報道陣や人がつめかけた旧墨田区サブ・ダンジョンの周辺は、車が通れないほどの大渋滞となっていた。

 途中までタクシーで向かっていた恵も、一向に進む気配のない事に痺れを切らし、徒歩で向かう事にした。

 その道中で見ていた生放送。

 浅川といういけ好かない探索師の放送で、そのおちゃらけた様なしゃべり方にストレスを感じつつも、いまの旧墨田区サブ・ダンジョン内の様子が見られると言うことで我慢をしていた。

 しかし、放送内容は急展開を迎える。

 突如現れたオルグというモンスター。一体一体がかなりの力を持つモンスターで、浅川達も苦戦を強いられた。そして、あわや大惨事となりかけた、その時。


 黒い影が躍り出た。


「……え?」


 次々と倒されていくオルグ。

 映像でも捉えきれない速さの影は、大量のオルグの死体を作りながらその姿を消す。

 突然の救いの手に救助隊はなんとか体勢を立て直した。そこに脱出してきたパーティーも加わって、なんとか人間側の勝利で幕を閉じることが出来たのであった。


 そしてつい先程、救助隊と共にダンジョンから出てきた兄の姿に、恵はタブレットを胸に抱いてその場で座り込む。


「よかった……本当に、よかった……」


 ボロボロと溢れる涙もそのままに、ぼんやりとタブレットの映像を見つめる。安堵でなにかを考える事が難しかったのだ。

 だが、そんな恵の思考は、放送されるニュースの映像によって引き戻される。


『こちらが、突如現れた黒い影の正体です。江川さん、こちらは……人の様にも見えますが……』

『どうでしょうかね……あれだけの速さで動ける人などいるのでしょうか?』


 スロー映像で映し出された黒い影の姿。

 あまりの速さに捉えきれてはいなかったのだが、ボヤけて映るその姿に恵は見覚えがあった。


「う、そ……一輝……?」


 映像にある黒いボディスーツは、昼に大阪で見た幼馴染みが纏っていたものだった。

 だが、そんな訳がない。大阪から最速で戻って来た自分がまだダンジョンの入り口にも到達していないにも関わらず、向こうに置いてきた一輝が……あの最底辺と呼ばれる一輝が、鬼神の如く強さでモンスターを葬りされるわけがないのだ。

 しかし、ボブは言っていた。


 『儂オリジナルのボディスーツ』だと。


 もしも、そうならば。そうであれば……。

 恵の胸の中に、言葉に出来ない想いが浮かぶ。


 と、ちょうどその時。

 ニュースの映像が切り替わり、救助された人たちの姿が映されていた。その中で一人、リーダーとしての責務を果たさんとカメラに応える兄の姿があった。


『もうダメだ……そう思った時、彼は来てくれました』

『彼とは誰の事でしょうかッ! いま話題になっている黒い影の正体なのですかッッ!?』

『そうです……彼の名は、弾虎ダントラ。俺たちの、ヒーローですッ……!』


 結局、待てども弾虎なる人物はダンジョンから出てくることはなかった。

 中で崩壊に巻き込まれたとも、実は救助隊に紛れ込んで逃げたとも言われているが、その真偽は今のところは不明とされている。


 だが、ヒーローの生存を恵は確信していた。ちょうど今、大阪にいるはずの幼馴染みから『俊哉さん、無事でよかったな!』という、何とも気が抜けるようなメールが飛び込んできたからだ。


「ありがとう、一輝……お兄ちゃんを助けてくれて、ありがとう……」


 恵は嬉しさに再び涙する。

 自分にとっての『ヒーロー』が帰還したという喜びに。

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