第五十二層目 鶏肉のダンジョンコアソース煮こみ


 そもそもコアはどんな味で、どんな食感なのか。

 疑問に思った一輝はコアへと手を伸ばす。だが、その時ベルゼブブから待ったの声がかかった。


「触れたら必ず、ダンジョンを閉じる事を選ぶのであーる」

「選ぶ? どういうことですか?」

「む? 覚えていないのであるか? そもそも、カズキはこのコアに一度触れているのであるが……」


 一輝は伸ばしかけていた手を引っ込めて考え込む。


(一度、触れている……? 俺は此処に来たのは初めてのはずだが……)


 じっとコアを見つめてみる。

 だが、当たり前の話であるがコアは何もしゃべらない。ただ、赤く淡い光だけを湛えながら静かに祭壇に収まっていた。


「ん? 待てよ……確かに、これを何処かで……………………あッッ!!」


 突然脳内に数ヵ月前の記憶が蘇る。

 初めてベルゼブブと出会った時の探索。その際に一年以上ダンジョン内をさ迷った一輝は、わけも解らないまま辿り着いた部屋で、ひとつの宝箱を見つけた。

 その中から現れた赤い珠に触れた瞬間。ダンジョンの入り口付近に戻されただけでなく、ダンジョンに潜っていた時間までねじ曲がってしまっていた。体感では一年だった遭難生活が、たった二週間となっていたのだ。


「カズキ……あまり時間がないから問答をするつもりもないが、ダンジョンとは巨大な……『願望器』なのであーる」

「願望器、ですか」

「そう。強く願い、望んだ者の求める事象を産み出す……まさに、願望器なのである。これ以上は残念ながら『ルール』で教えることが出来ないのであるが、それだけは覚えておくといいのであーる」

「……はい」


 遭難をした際、一輝は確かに願った。

 ダンジョンの脱出でもなく、誰よりも強い力でもなく、ただ……最愛の妹の顔が見たいと。

 一年にも渡るダンジョン生活は、『暴食の権能』のお陰もあって飢えることはなかった。だが、それでもただひたすらに同じ景色、同じモンスター、同じ食事の連続は一輝の精神を蝕んでいたのだ。

 最後の方など、もはやまともな思考力はなかった。そんな中で触れたコアに、時を遡る帰還の願いをしたのも無理はない。

 ただ、コアをしても万能ではない。なので、現実では本当に時を遡ったわけではないのだが……その事を一輝が知ることはない。


 その謎を解明する為のダンジョンは、この日をもって死ぬのだから。


「……ぶっつけ本番ということか。でも、やるしかないよな。取ります」


 再びコアへと手を伸ばす一輝。

 その指先が触れた瞬間、脳内に無機質な声が響き渡る。


『欲望を追い求めるものよ。汝、願いを乞うか。それとも、栄光を手にするか』

「願い……は多分、違うんだろうな。栄光を……ダンジョンの閉鎖を選ぶ」

『──一時管理者の命令により、崩壊システムプロトコル発動……ホストより許可。ただちにダンジョン崩壊が始まります。それに伴い、ダンジョンコア0991内に蓄積されたコアエナジーが解放されます』


 ピシリッと音を立ててコアに亀裂が入り始める。

 亀裂から漏れだす光は七色に輝いており、空中に散る様はまるで花火の様であった。


「綺麗……」

「美しいのであーる。人の願い、その結晶。願望器はただ慈善的に人の願いを叶えるのではない。器、すなわち、人の願いを集めて活動の為のエナジーとするのである。そして、人を集める為に願望器として撒き餌をするのである」


 それこそがモンスターであり、宝物なのだ。

 例えダンジョンに人が殺されても、世界中で全てのダンジョンを閉じてしまおうとはならない。

 危険とその対価を天秤にかけた時、現状ではあまりにも旨味が多すぎるのだ。特に、支配層にとっては。

 そして、そこに潜る探索師もまた、その欲望に魅入られた存在なのだ。


「さて、そろそろ食べようではないか! どの様に調理をするのであるか?」

「まずは少し味見を……失礼します」


 光が収まり、まるで死んでしまったかにも見えるダンジョンコア。

 その欠片を手にして、一輝は少しだけ噛る。


 パリッとした食感は飴細工を噛った時の様な儚さを感じた。

 しかし、フワッと口内をかける甘味と、後を追ってくる芳醇な薫りは決してか弱いモノではなく、むしろコアの持っていた数多の人の願いを受け止める器の大きさを想い起こさせる。

 舌を撫でる苦味は決して不快なモノではなく、味に深みをもたらす。


「美味しい……なんだろう、あんまり一杯食べたことはないけど、高級なチョコレートみたいだ。でも、デザートか……」


 一輝は悩んだ。一応調味料や道具は持ってきているが、いままで食べるモンスターといえば焼いたり煮たり、揚げれば食べられるものばかりだった。

 しかし、今回の素材は調理をするにしても、単純な調理では旨味を出せないと感じたのだ。


「ん……? うわ、手の熱で溶けるのか。本当にチョコレートみたいだな。時間が掛からないで作れるチョコレート料理……そうだ、アレがある! ベルゼブブさん」

「ん? なんであるか?」

「鶏肉とかって何処かにありますか? それと、トマトなんかもあると良いのですが」

「その程度であれば、この『暴食の貯蔵庫』に入っておる」


 ベルゼブブがマントを翻すと、まるで手品でも見せられているかのように突然食材の山が現れた。


「す、凄い……あれ? でも、その食材があれば俺は食事が摂れたんじゃ……」

「そうなればコアを食わないであろう。私はコアを所望しているのであーる!!」

「そ、そうですか……でも、助かります」


 一輝は調理道具を出して、鶏肉を受けとる。きちんと血抜きをしてから保存されており最高の状態だ。

 大きさで言えば鶏よりも遥かに大きく、解析で見れば『ベア・コカトリス』という名前が見えた。が、一輝には何の問題もない。


「では、まずはこの鶏肉を食べやすい大きさに切ってからコショウを振っておきます。次に玉ねぎやキノコ、トマト等の野菜をスライスし、にんにくは細かく切っておきます」


 次にコンロを取り出し、深底のフライパンを熱しながらオリーブオイルを入れていく。


「鶏肉に焼き色をつけていきます。焦がしすぎるとと苦味等がでるので、強火でさっと表面を狐色に焼いてメイラード反応の香ばしさをつけます。次に、水、香辛料、カットした野菜、コンソメスープ……は今回作っている時間がないので、固形の物で我慢してください。そして次に……コアを入れます」

「むっ!? コアはチョコレートの様な味ではないのか?」

「そうです。なので、その味と風味を活かした煮こみ……メキシコの料理『ポジョデモーレ』、鶏肉のチョコレートソース煮を作ります。煮こみといっても、二十分も煮れば出来ます。本当は赤ワイン等もあればなお良いのですが……」

「あるのであーる!」

「おぉ……では、煮込みに加えて……もう暫くお待ちください」


 ダンジョンの最奥。そこで繰り広げられるこの奇妙な光景を見る者があれば、間違いなく泡を吹いて即倒してしまうだろう。

 至宝と言われるダンジョンコアを砕き、あまつさえそれを調理して食おうというのだ。正気の沙汰ではない。

 だが、そんな事などお構いなしにと、部屋には食欲をそそる香りが充満していく。


「非常に良い香りなのであーる」

「ダンジョンコアのお陰ですね。普通はチョコレートはカカオ成分の多い物を使ったりするんです。そして、一口噛ってみて感じたのは、ダンジョンコアは少しだけですがフルーティーな香りもあるんです。肉と果物って結構相性が良くてですね、きっと旨いと思いますよ」


 そんな風に和やかな会話を繰り広げる二人。

 しかし、既にダンジョンの崩壊は始まっており、あちらこちらが崩れ始めていた。が、そんなものは旨い飯の前では些事ッ!


 そして、三十分後。


 旧墨田区サブ・ダンジョンの最奥の部屋は完全に崩壊をするのであった。

 芳醇なチョコレートとスパイスの香りを残して……。

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