第三十八層目 堺の街
大阪都、新大阪市中央梅田区。
三度にわたる住民投票の結果、大阪府から大阪都へと変わったこの地は、僅か二年後にダンジョン現界という災厄に見舞われた。大阪都構想の実現という混乱に更なる拍車がかかり、日本の中でも復興が著しく遅れた場所でもある。
当時の首長やその所属政党は軒並み住人達による排斥が行われ、都構想自体も白紙に戻りかけた。が、一度そうすると決めたのは自分達であり、それに今さらちゃぶ台を返すのは如何なものかと、結局はその名残から大阪都という名前と、再編成された市町村区画だけが残った。
そして、日本政府もまだ建て直しが出来ていない状況で、自分達の街を更に混乱を招くわけにはいかないと、大阪の地に古くから商いを構える企業が立ち上がり、特別行政対策院『堺衆』を結成。
政府と行われた幾度もの交渉の結果、大阪はひとつの独立行政特区へと移り変わったのだ。
なので、大阪の地は日本にありながらも、日本には無い独自の制度がいくつもある。が、それを語るのはまた後日。
中央梅田区は、都構想の再編成において行政や経済の中心となるようにと、都庁を構える一番の繁華街となった。
普通は行政区となればお堅い施設が立ち並ぶのが常なのだが、そこは商いの街。お堅い施設で働く者を取り込もうと、様々な店や屋台が立ち並んでいた。
「もうすぐ着くよ」
ダンジョン協会の大阪支部に顔を出した一行は、和葉の案内で梅田の街を歩いていく。ジェイは以前にもこの街に来たことがあったので落ち着いているが、一輝はキョロキョロと辺りを見回す。
「なんや、カズ。そない珍しいもんでもないやろ?」
「あ、えっと、いや……なんとも美味しそうな店がたくさんあるなーっと」
空港の喫茶店で軽く食事をしていた一輝だが、それでもこれだけソースや醤油の香りが漂うと別の話。更に言えば、『暴食の権能』が自然とそれらの匂いにつられ、一輝に「早く食えッ!」と命じているのだ。
「にゃはは、まぁね。でも、ここいらの店はあくまでも自前の店を構えられへん二流や。もっとうまい店は別にある」
「おいッ! 和葉! 二流とはご挨拶やんけ!」
和葉の言葉に反応して、屋台から強面の大男が現れる。
「そんなん、おっちゃんかてわかっとるやろう! それともなんや? 東京から来たお客におっちゃんのたこ焼き食わせる気か?」
「あん? なんや、東京からか。それやったらあかんな。ちゃんとしたもん食わせな。俺の店のもん食うたら、大阪の印象が悪なるわ」
屋台の主人の言葉に、辺りで騒ぎを見守っていたいた人たちはドッと笑い声をあげる。
その様子に一輝はどうしたものかと頬を掻いていた。
「あー、すまんなカズ。まぁこの街はこういうところやから」
「えっと、別にあの屋台でもいいんですけど……」
「にゃっはは、おっちゃんには気ぃ使わんでもええよ。この辺りの屋台とかは、ほんまに金儲けの為の屋台やし。ほら、だいたい他所から来た人はここに来るやろ?」
和葉の言葉に、一輝は納得の表情で頷く。
確かに、観光で来る人間はそもそも情報を仕入れてくるので、旨い店をある程度知っている。地元民にしてみればそれもフェイクなのだが。
それに対して、行政区に来る様な者は大方が仕事でやってくる。いまの一輝の様に、我慢できなくなって買う人間が多いのだ。それでも粗悪品というわけでもないけれど、味は少し落ちるし何より高い。
「ちゅうわけでや。カズの装備を買うのもジェイせんせぇの見とるパンフレットはぽーい」
「ん!? お、おい、和葉君!?」
「地元紙ならまだしも、全国紙に載っとる店は広告料をめっちゃ払っとるだけや。それに釣られて客が来て、さらに広告をうつ。やから、高くて並みの物しか買えん」
「なるほど……では、先輩のおすすめを教えてくれるんですね?」
「正解! うちだけやなくて、大阪支部の強者がお勧めする店や。まぁカズにはいっつも旨い飯を作ってもろうとるから、そのお礼ってことで」
ニカッと笑う和葉に、一輝は頭を下げる。
基本的に部屋では各々が自分の食事や洗濯などをするのだが、一輝が食事を作っているとその匂いに誘われて、和葉とアーニャがたかりに来るのだ。
『調理』の能力を持つ一輝の料理はもはや魅了と言っても過言ではなく、すっかりと二人は餌付けされてしまっているのだ。その代わりと言ってはなんだが、和葉は勉強面、アーニャはダンジョンの知識について一輝の力になっていたりする。
そうして歩くこと一時間。
大通りからかなり離れた裏路地を三人が歩く。
お世辞にも綺麗な場所とは言えず、店も徐々になくなって来ていた。
「先輩……本当にここに?」
「まぁまぁ。もうすぐやから」
その台詞は一時間前にも聞いた気がする。
そんな事を思ってる一輝の目に、一軒のガレージが飛び込んできた。
「着いたで。おーいッ! ボブじいーッ!」
ガレージに向かって大声を出す和葉。
しかし、いくら待てども返事は無い。
「ありゃあ? まさか、死んでないやろうなぁ?」
物騒な事を言いながらガレージに入る和葉。
勝手に入っていいのかと躊躇う一輝だったが、ジェイも着いていこうと頷いたので恐る恐る足を踏み入れる。
するとガレージの中央に横たわる一人の老人を発見した。
「だ、大丈夫ですかッ!? ジェイ先生、救急車を!」
「あ、あぁ!」
「和葉先輩は……和葉先輩?」
あわてふためく一輝が和葉を見ると、何故かぷるぷると肩を震わせていた。
「ぷっ……くっくっくっ……にゃーっはっはっはっはっ!」
「……まさか、こんな古典的なもんに引っ掛かるとはのう」
ムクリと起き上がる老人。
騙された。その事に気がついた一輝は、ガクッと肩を落とす。
「そういう冗談はマジでやめてください先輩……」
「いやぁごめんごめん。ボブじいが一回やらせてって言うからさぁ」
「すまんのう、若いの。あんまり和葉がお前さんを電話で誉めるから、ちょっとからかってやりたくなってのう」
「ちょっ、ボブじい!」
ホッホッホと笑い声をあげるボブじい。
なんだこの弛い空気はと一輝がげんなりとした表情を浮かべていると、今度は隣にいつジェイがぷるぷると震えだした。
「せ、先生? ちょ、落ち着いてください! ね? おじいさんのちょっとした冗談で……」
「まさか……孤高の名工、ボブ・ルーラー、なのか……!?」
一輝はからかわれた事で、ジェイが怒ったのかと勘違いをしていた。だが、ジェイが震えているのはそんな些細な事ではなかった。
孤高にして、至高の名工、ボブ・ルーラー。
元はアメリカ軍の空軍整備員として日本に来ていたところ、ダンジョンが現界。その後紆余曲折あって、そのメカニック技術を応用した魔導倶開発の第一人者として、世界にその名を轟かせた。
しかし、ある日を境に突然行方不明に。彼の作る魔導倶は武骨ながら性能が高く、その実用性から世界中にファンがいるほどだ。
ジェイの持つ『ダーインスレイヴ』もそのひとつであり、ジェイもまたボブの大ファンであった。
「おぉ? それは第拾弐式反応炉搭載型じゃねえか。また懐かしいもん持ってるのう」
額につけていたゴーグルを装着し、ジェイが取り出していたダーインスレイヴをまじまじと見つめる。
「ふむ……いいメンテがされておる。大事に使ってくれとるようで、儂も嬉しいわ。どれ、あとでそいつもメンテしてやろう。まずは和葉の言っておった、そっちの若いのを仕立てようかのう」
そう言ってボブじいは道具箱を取りだし、和葉がよく見せるニカッとした笑い方をするのであった。
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