第三十七層目 日本の玄関口
ダンジョンがこの世に現れる前は、日本の玄関口と言えば羽田空港であった。さらに以前には成田空港がそう呼ばれていたこともあったが、いまではその両空港が存在しない。それは、『獣達の大行進』事件によって、首都圏が一時壊滅状態になったのが原因だ。
『
いまだその全貌は明らかになっていない。が、一説によればダンジョンの抱えていられるモンスターの数が飽和状態を迎えると起こると推測されており、実際に事件以降、積極的にモンスターを狩ることで、同じ事件が起こることはなくなった。
なので、探索師とはただダンジョンの宝や素材を獲る為に潜るだけでなく、モンスターを狩ることで人々の生活を守るという重大な責務もある。
故に、探索師達は特権が与えられ、人々から尊敬と畏怖、両方の念を送られているのだ。
さて、羽田・成田が無くなった今、日本の玄関口は東京ではなく京都に存在する。
日本に発生したメイン・ダンジョンが東京、大阪、福岡という大都市であり、そこに国の中枢機関を置くことが出来ない。東京都はあくまでも東京都として残ってはいるが、首都ではなくなったのだ。
そこで新たな首都として制定されたのが、京都であった。とは言え、京都もいつダンジョンに飲み込まれるかわかったものではないのだが。
なので、実質国の舵取りをする機関は、全国あちらこちらに点在している。
それでも首都のある京都は、人の賑わいも多く見られる。
『舞鶴国際空港』。以前は様々な理由から空港の建設が出来なかった京都に作られた、舞鶴港内に設置された人工島にある国際空港だ。
現在の日本の玄関口はこの舞鶴国際空港の事を指す。
そんな舞鶴国際空港に降り立つ二人の男。
一人は浅黒い肌に白いスーツを纏う中年の男性。しかし、スーツを内側から押し上げる筋肉の隆起は、傍目から見ても堅気の者には見えない。
それとは対照的に、隣に立つ青年は至って平凡な……あえていえば、その立ち振舞いはいやに堂々としているというところだろうか。
そんな二人はタブレット端末の地図を眺めながら眉間にシワを寄せる。
「……一輝君。これは、どうやって使えばいいものか」
「……わかりません。俺もタブレットなんて良いもん使った事がないので」
ジェイと一輝のコンビは、今回とあるダンジョンが目的でこの京都の地に降り立った。
それに際し、彼らを案内する者をダンジョン協会は用意していたのだが……当日になって担当者が風邪をひいてしまい、仕方なく二人は直接ダンジョンのある大阪まで向かうことになったのだ。
そこで協会の人間から渡されたのが、いま二人がにらめっこをしている総合情報端末型魔導倶──通称『タブレット』と呼ばれるものなのだが、残念な事にこの二人には扱いきれるものではなかった。
そもそもジェイはこういった機械の類いは苦手である。仕事上必要だからとスマホを持たされているが、使うのは電話とメールくらいだ。それに対して一輝はある程度は使えるのだが、いかんせん普段使っているスマホは型落ちもいいところの中古品。
最新型の魔導倶であるタブレットを見てもちんぷんかんぷんだった。
「致し方ない……こうなれば先方に連絡して、迎えに来て貰おうか」
「その方が良いですね……」
そうして日本ダンジョン協会大阪支部に連絡を入れてから二時間後。
空港内の喫茶店で寛いでいた二人のもとに、スーツ姿の職員が駆けつけてきた。
「えろう遅れてすんません。って、カズやないか! それにこっちはジェイせんせぇやんけ」
現れたのは、黒いスーツ姿の女性であった。長い黒髪を後ろでアップにまとめ、赤い簪を刺している。まだ少しだけ少女の面影もあるその女性を一輝は知っていた。
「えっ!?
斎藤和葉。私立ルーゼンブル学園三年の生徒であり、一輝の生活する部屋の住人でもある。
ルーゼンブル学園の寮は男女に分かれてはいない。理由は、探索師となれば男女分け隔てなく寝食を共にすることは当たり前であり、その際に必要な意識の切り替えを普段の生活から出来るようにという方針だ。
ただ、それは別にそういった環境下で、男女の関係を持つ事を否定したり推奨したりするものではない。勿論、ときたま間違いも起こるが、そんなものは共に過ごしていなくとも起きるものである。
それよりも、いざと言うときに妙な羞恥心でパーティー運営が回らない事の方が、命の危険性に直結しうるのだ。
そんな訳で、和葉は一輝と同じ号室の住人である。しかし、二人ともソロでダンジョンに向かう事が多いので、接点と言えばダンジョンに潜っていないときの食事くらいだが。
「なんで先輩がこんなところに?」
「あー、そういや言うてなかったか。うちの親父が大阪支部のお偉いさんでな。休みとかで帰ってきたら、こないな御使い事させられてん」
「なるほど。そういえば、和葉君のお父さんは支部局長だったか」
「そうそう。けどまぁ……二人でダンジョンに潜るとか、仲良しやなぁ」
「俺は他の人よりも遅れてますから。こうやってジェイ先生に指導してもらってるんです」
「ふーん……」
和葉は狐目をさらに細くして一輝を見つめる。
どうにも居心地が良くない。そう一輝が思っていると、ジェイが席を立ち上がった。
「さて、今日は行くところもたくさんある。すまないが、和葉君。案内を頼めるか?」
「任せてください。このあたりはうちの庭みたいなもんですから」
そう言って薄い胸を叩く和葉。
身長が高いので、その線の細さは余計に際立っている。と、そんな事を思っていた一輝に、和葉はジトーッとした視線を向ける。
「……カズ、いま何か失礼な事考えんやったか?」
「え? あ、いえ……はは」
「まぁ正直者やさかい、許したるけどな。あんまりそういうの、顔に出さん方がええよ」
「面目ないです……」
頭を掻いて謝る一輝に、和葉は笑って背中を叩く。
「にゃっははは! すまん思うんやったら、今晩はカズの奢りで飯にしようか」
「え!?」
「む、それは丁度良かった。一輝君には夕方伝えようと思っていたが、今日は少し古い友人との約束があってね。一輝君を連れていってもよかったが、おっさんばかりではつまらんだろう」
「ちゅうわけで、決定な! カニ行こう、カニ!!」
「わ、わかりましたよ! もう……」
強引な決定に苦笑いを浮かべる一輝。
部屋でも何かと騒がしい和葉に振り回されることはあったが、それでも何処か憎めない彼女の事は一輝としてもあまり嫌ではなかった。
「夜の事は良いとして……とりあえず大阪支部に顔を出したら、一輝君の装備を整えるとしよう」
「俺の、装備ですか?」
「あー、そりゃあ確かに急ぎやんな」
「ど、どうしてですか!? 俺には愛用のボディスーツが……」
「え? マジで気がついてへんの? カズのスーツ、もう着てても意味ないで?」
中古のスーツを何度も修繕し、繰り返しで使われていたスーツ。
ツイントゥースドラゴン戦ではいよいよ手足の部分がなくなったのだが、それでも一輝は修繕して使い続けていた。
「ベランダに干されたアレ見る度に、はよう成仏させたってって思っとったんよ……あのアーニャでさえちょっと悲しそうにしとったし」
「えぇえ……?」
アーニャはもう一人の住人であり、普段から何を考えているのかわからないくらい無口な少女だ。あまり人とのコミュニケーションが得意ではないようで、やはりソロでダンジョンに潜っている。
「と、言うわけだ。一輝君。この機会に買い換えようじゃないか」
「えっと……はい……」
断りきれない雰囲気を察した一輝は、しょんぼりしつつも頷くしかなかった。
自分が初めてダンジョンで手にいれたボディスーツ。出来れば着られなくなるまで使ってやりたかった。
そんな事を考え、しんみりしたな気分になる一輝。
一行を乗せた車は、大阪へと向かって走り始めた。
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