二章 大阪カニ騒動篇
第三十六層目 力のあり方
「それでは、各自ちゃんと復習しとけよー。日直」
「起立ッ! 礼ッ!!」
午後最後の授業を終えた皆の顔は明るい。それが週末であるなら、なおの事である。
それぞれが仲の良いメンバーで集まり、二日間の休みをどう過ごすかを話し合っていた。
そんな中、ドドドドという足音が教室に響き渡る。
「ケーちゃーん!」
180cmを越える高身長のメガネ少女がクラスメイトの机へと突撃をして見せる。周囲の者はいつもの事だと、サッと机を下げて少女の進路を作って知らんぷりを決める。
「ちょ、誰か止めなさいよー! ぎにゃーーッ!!」
そして突進をかまされたツインテールの少女は吹き飛び、担がれてしまった。
「恵ちゃん! ダンジョン行こッ! ダンジョンッ!」
「楓、あんたねぇ……いつになったら話聞いてくれるの!? 普通に来なさいよ!」
肩に担がれるように座らされたツインテールの少女、恵。ひときわ身長が低い恵だからこそやれることではあるが、端から見れば某妖怪兄弟だ。弟の様に楓が100%中の100%になるなんてことはないが。
「まぁいいけど……そう言えば一輝は……あれ? 一輝?」
恵は自分の隣の席の主、一輝に話を振ろうとした。が、既にそこに一輝の姿はなかった。
「一輝ならさっき誰かに呼ばれてたぜ?」
「誰だっけ? あれ」
「特待クラスの連中じゃねえか?」
「げっ! じゃあ渡辺絡みか……」
口々に話すクラスメイトを他所に、恵は楓の肩から飛び降りると走り始める。
楓もそれについてダッシュを決めるのだが……。
「「せめて机下げてからにしてくれませんッ!?」」
勢いよく吹き飛ばされる机達。
嵐が過ぎ去った教室に残された者は、その日常にため息を吐きながら片付けを済ませていく。
◇◇◇◇◇◇
私立ルーゼンブル学園はその広大な敷地にいくつもの校舎や施設が乱立している。これはそもそもルーゼンブル学園が出来たきっかけや場所に起因するものだが、それは一旦置いておこう。
そんな数多く点在する施設棟の一角。人気の無いその場所に、数名の青年達が集まっていた。
「てめぇ……舐めてんのかッ!」
こめかみに青筋をたてて、ひ弱そうな男子学生を怒鳴りつける大柄の青年。周囲の者も同じように目を吊り上げ、罵詈雑言を浴びせている。
「べ、別に俺は君たちと争いたいわけじゃないんだ……だから、このままそっとしておいてくれないか?」
困ったように眉尻を下げ、出来るだけ丁寧な言葉を選んで懇願する男子学生。しかし、その態度がかえって癪に触ったのか、怒声はヒートアップしていく。
「その態度が舐めてるっていってんだろ!! あぁん!? それに、てめぇはいつから俺に頼み事出来る立場になったってんだ一輝ぃ!!」
(はぁ……なんでこうなったよ)
強気に断ってもダメ。丁寧な対応でもダメ。じゃあどうすればいいんだと、胸ぐらを掴まれた一輝は内心でため息をつく。
これから休みを跨いでダンジョンに潜るつもりだった一輝は、急に呼び出された上にこんな状況になってしまったことに嘆きの声を出しそうになる。
(いっそ、この場で痛い目に合わせたほうがいいのか……? いや、それはダメだ。この力はあくまでも早織の為に使うんだ。じっとしていれば嵐は去るものだし……)
ツイントゥースドラゴンとの一戦後、一輝はもはや以前までのひ弱な探索師見習いの青年ではなくなっていた。
腕を振るえば風が起こり、叫べば窓が割れる。彼の肉体はもはやひとつの兵器と化していたのだ。
しかし、一輝はそれをわざわざ誰かにアピールするつもりは毛頭ない。瑞郭のアドバイスもあり、まだ当面能力については秘匿にしていく方針であるし、余計な悪目立ちはしたくなかったのだ。
それに、もしもこの力を思うままに振るったらどうなるか。確かに渡辺程度であれば話にもならないだろう。しかし、それで打倒したところで、妹に胸を張ってその話を出来るだろうか。
強い力を手にいれたからと、それを誇示すればやっていることは渡辺と同じである。
過ぎ足る力だからこそ、出来るだけ人前での行使は避けるようにしたのだ。
「やべぇ! ナベちゃん! 恵が来たぞ!」
「ど、どうする渡辺さん!」
「気にすることはねぇ! それよりいい機会じゃねえか。恵にこんなモヤシ野郎なんかじゃなく、俺の強さをだな……」
「ダメだ! 楓も居るッ!」
「よしッ! 逃げろッッ!!」
まさに蜘蛛の子を散らしたとはこの事か。
楓の姿を確認した渡辺達は、脱兎の如く速さで逃げ出した。
『覚醒』によって優れた能力を得た渡辺達『特待クラス』の人間は、基本的に身体能力に優れている。しかし、中には一般試験を合格してきた者の中に、恵や楓の様な『特待クラス』でもおかしくない力量の持ち主が紛れ込んでいることもあるのだ。
「こらーーッ! まちなさーいッ!!」
ツインテールをブンブンと振り回しながら全力疾走の恵。そのツインテールがバシバシと当たっても、隣の楓は気にする様子もない。
「はい、ケーちゃんストーップ!」
「ふんぎゃぁ!?」
「いまはカズちゃん最優先だよー。カズちゃん、大丈夫ー?」
後ろから襟首を掴まれ急ブレーキをかけられた恵は白目を剥いていた。
一輝は自分よりも恵の方が大丈夫なのかと心配そうに顔を覗き込む。
「心配ありがとう……けど、大丈夫なのか? 恵は」
「んー? 大丈夫、大丈夫! ……たぶん」
「すっごく不安になる回答ありがとう。それにしても、よくここがわかったね?」
「ケーちゃんのカズちゃんセンサーは凄いからねー。でも、本当に怪我はない?」
そう言って一輝の前髪を手で押さえ、顔をまじまじと見てくる楓。
突然迫ってきた楓の顔に、一輝は思わずドキッとしてしまう。
「だ、大丈夫!」
「ほんとー? なんか赤いけど……風邪とかひいてなーい?」
「も、勿論さ! っと、ちょっとごめん、用事があるから……恵にはよろしく言っといて!」
一輝はポケットの中で音を立てながら震えるスマホを押さえつつ、急いでこの場を立ち去る。
残された楓は笑顔で手を振って見送り、チラリと小脇に抱えた恵を見やる。
「寝たふりしていけないんだー」
「……なによ。別にいいじゃない」
「気になるなら聞けばいいのにー」
「べ、別に一輝が誰と電話してても知らないわよ!」
「ふーん……あ、そう言えば、壱番街に新しいクレープ屋さんが出来たんだって。行ってみる?」
「ほんと!? 行く行くッ!」
パッと顔を明るくする恵に、楓はなんとも単純な友だと苦笑いを浮かべる。
「もしもし。すみません、ちょっと立て込んでまして」
『あぁ、かまわんよ。大方、いつもの『特待』の連中だろう?』
「よくも飽きないもので……」
『あまりうざったいなら、雌雄を決する場を用意しても構わんが?』
「……やめときます。俺の力は、誰かに見せびらかす力じゃありませんから。それにしても……ジェイ先生が連絡をくれたということは……」
『あぁ、見つかった。グランドシザース……あのモンスターの出現情報が入った』
グランドシザース。
一言で言ってしまえば、巨大な甲殻類のモンスターだ。ただし、その大きさは常識を遥かに越えるものであり、以前東京で確認された時は、いまは存在しない東京スカイツリーをハサミで切り取って振り回したという記録がある。
「でも、よくあんな巨大なモンスターがいましたね。確か、全長1000mを越えるんですよね?」
『それがな……驚くことに、でかくなりすぎたグランドシザースそのものがダンジョンを化してしまったらしい』
「え、えぇえ……?」
『ひとまず私と一輝の入場許可はとっている。明日の朝一でそちらを立てば、昼には到着するだろう』
「と言うことは、遠征なんですか?」
『あぁ。ダンジョンの場所は、大阪だ』
大阪ダンジョン群。
東京と並び、日本の三大ダンジョン群に数えられる場所であった。
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