第三十一層目 ファースト・ワン


 グラハムは二丁の拳銃をツイントゥースドラゴンに構え、足場を次々と跳躍ながら近づいていく。

 さすがのツイントゥースドラゴンも危険度が高いと感じたのか、一輝からターゲットをグラハムへと変える。

 しかし、それを見逃す一輝ではない。


 一輝は一目見たときから、現れた二人組が誰なのか理解していた。

 『金色夜叉』、グラハム・アーサー。

 『原初の刃』、法皇寺 瑞郭。

 この特級探索師の師弟コンビを知らない者はモグリだ。それに、一輝はいち早く『解析』によって二人のステータスを覗いていた。

 なので、いまは二人に協力し、目の前の怨敵を打倒することが先決だと判断した。 


「せいりゃあぁッ!」


 ツイントゥースドラゴンの股下へと潜り込んでからの、強烈な蹴りあげ。僅かばかり身体が浮き上がり、ドラゴンはバランスを崩す。

 倒れまいとたたらを踏むドラゴン。しかし、今度は大太刀を抜いた瑞郭が、結んだ髪の毛を揺らしながら鼻先に降り立つ。


「ねんねの時間じゃ、蜥蜴の坊主」


 神速の刃。それこそが瑞郭の代名詞であり、彼の力を体現したものだ。

 一瞬の内に六回の斬撃をに放つ奥義。それは速さの向こう側に存在する、只人では決して踏み入れることの出来ない領域の技だ。

 りんッと大太刀の柄にある鈴がひとつなると、ドラゴンの顔面に六本の赤い筋が浮かび上がり、一瞬遅れてから血が吹き出す。


「む? なんとも頑丈なやつじゃ。以前のドラゴンよりも力を持つ個体かのう? じゃが、これで仕舞いじゃ」


 瑞郭がドラゴンの鼻先を蹴って身を引くと同時に、その背後から破壊の光を携えた黄金色の眼光が現れた。


「とっとと、死んどけやぁ!」


 放たれる赤と青の光。

 先程は距離もあったので避けることができたが、この至近距離ではそれも叶わない。

 特級探索師の力とはこれほどまでなのか。二人の戦いを目の当たりにした一輝は、ゴクリと唾を飲み込む。

 それと同時に、今の自分でもまだ二人を圧倒できないと悔しさを抱く。


 三人の戦いを遠くから眺めていた正宗も、決着の刻が来たと安堵の表情を浮かべた。

 それは無理も無いことだ。二十年探索師をしていても、ツイントゥースドラゴンの様な化け物に遭遇することなど無い。それに加えて特級探索師二人に、どういうわけかそれに匹敵する力を持つようになった一輝の戦いを見ていたのだ。緊張しない方がおかしい。


 グラハムから放たれた二つの光がツイントゥースドラゴンを穿ち抜く。

 しかし、一切避けようとしないドラゴンの様子に、一輝は違和感を覚える。


「いまの……避けれなかったんじゃなく、避けなかったんじゃ……?」


 強い光によって白んだ視界は、ドラゴンの表情を隠してしまう。

 だが、どうにも不安に思ったのだ。

 ドラゴンが、笑った様な気がして。


「グラハムッ!!!」


 湖に浮かぶ足場に降り立ったグラハムは、湖畔全体を揺らすほどの瑞郭の声に驚く。

 そして、一瞬の迷いもなく足場を蹴って逃げようとしたグラハムであったが、腰から下が一瞬にして蒸発をしてしまった。


「え……?」

「ちぃ……これはちっとばかし、まずすぎるわい」


 吹き飛ばされたグラハムの上半身は、そのまま湖へと吸い込まれていく。

 だが、そんな事など気にも止めないと、瑞郭は再び大太刀を構えた。


「そこの童! 名は?」

「か、一輝です!」

「あい、わかった。一輝よ、ほんの数分でいい。稼げるか?」

「なッ……」


 瑞郭の要請に、一輝は驚きを隠せない。

 それは天上人と言っても過言ではない瑞郭の頼みであることもそうだが、特級探索師であるグラハムでさえ一瞬でやられてしまったのだ。

 反射的に『無理だ』と言いかけた。だが、その言葉は内から湧き上がってくる『臆病』と共に飲み込む。


「やります……やれますッ! やってみせますッッ!!」

「ん。いい笑顔をしておる」


 瑞郭の言葉に、一輝は無意識に笑っている自分に気づく。

 それはもしかすれば、今にも死んでしまいそうな恐怖で気が狂ってしまったのかもしれない。だが、そうではないのだ。

 では、憧れの存在に頼られた喜びか?

 それも違う。

 

 一輝を突き動かす衝動。それは、『食欲』であった。

 基本的に、強いモンスターほどその肉は旨い。であれば……。


 これほどまでに強いのであれば、このドラゴンの肉はどれ程に旨いのだろうか。


 死よりも、仇よりも。ただそのあくなき『暴食』の本能の赴くままに、一輝はツイントゥースドラゴンへと飛びかかる。


(さっきグラハムさんを吹き飛ばしたのは、恐らくグラハムさん自身が放ったあの強力な魔導倶の力。もしかして、ツイントゥースドラゴンは反射の能力をもっているのか?)


 もしもそうであれば、魔力による攻撃は控えた方が良いと一輝は考えた。最大火力で放ったものがそっくりそのまま返ってきては、自爆もいいところだ。

 だが、それと同時に、先程見たドラゴンのステータスにそれらしき能力がなかった様に思えた。


(謎の能力でいえば、『憤怒の権能』と『神喰かむい』ってやつか。どちらもありそうなんだよなぁ……それに)


 一輝は手数でツイントゥースドラゴンを圧倒しつつも、その実は攻めあぐねていた。

 ベルゼブブから貰った専用の包丁では傷がつけられても、刃渡りの関係上致命傷にはならず、せいぜい鱗数枚を切り落とすのが限度だ。

 決定打にかける攻撃。その事に気がついたツイントゥースドラゴンは、一転して攻勢の構えをとる。


 巨大な口を何度も開閉し、一輝を噛み砕こうとする。しかし、戦技の光がないことから、それはツイントゥースドラゴン自身が単純に一輝を喰おうとしているだけだ。それでも、これだけのステータス差があれば下手な戦技よりも致命傷を負いかねない。

 当たれば大ケガは必至。一輝は間一髪の回避を決めていく。

 だが、ドラゴンはそこに加えて爪と尾のコンビネーションを繰り出す。


 これには一輝も堪らないと身を捩って避ける。が……ツイントゥースドラゴンの身体が一瞬ぶれた。


「ぐわぁあああっ!!」


 一輝の動きを見据えたツイントゥースドラゴンは、その身体能力だけで即席のチェンジ&ペースをやって見せたのだ。そして回避のタイミングをずらされた一輝の左腕を鋭い牙が噛みきる。


「一輝くん!」


 慌てて駆け寄ろうとする正宗。

 しかし、一輝はそれを手で制す。


「だ、大丈夫だ正宗さん……おい、この蜥蜴野郎!」


 腕を持っていかれたにも関わらず、一輝の目から闘志の炎は消えていない。


「俺からの贈り物だ。釣りはいらねぇ……とっときなッ!!」


 一輝は心の中で念じて、能力を発動させる。


 『暴食の権能』で得られたモンスターの能力は、そのモンスターの身体的特徴に準拠したモノとなる。

 そして、強力無比な『消化液・極』を持っていたスライムは、全身がその消化液で覆われているのだ。


「喰らって、死ねッ! 『消化液・極』ッ!!」

「──ッッッ!!!!」


 ビクンッと身体を仰け反らせたツイントゥースドラゴンが、声にならない声を発する。

 喉を通過していた一輝の腕が、消化液となってその喉を焼いたのだ。


「ギャアアアァァアアアァァアアッッ! あああ、あ゛あ゛ア゛ァ゛ぁ゛ア゛ァ゛あ゛あ゛!?」


 悲痛の叫びをあげながらのたうち回るツイントゥースドラゴン。

 ドラゴンの身体にとって、一輝の腕など爪楊枝ほどでしかない。だが、それは例えるなら雪の上に灼熱のマグマを垂らすのと同じだ。たった少量であっても、広範囲の雪を徐々に溶かして行ってしまう。


 いくら何でも食べられる『暴食の権能』とはいえ、『消化液・極』を消化できるのは自身の胃袋に到達した時だ。その過程で様々な器官が焼かれるのは、一輝自身が体験済みである。

 そして、あの時とは大きく違う点がある。それはツイントゥースドラゴンにとって、致命的なものだ。


 『暴食の権能』が食べて能力を得られるのは、対象の体の半分以上を食べた時である。


 つまり、いままで一輝が食われた部分は腕が三本。しかも、スライムの能力を得た後だとまだ一本であり、到底届くことはない。

 なので、一輝がスライム戦で見せた粘り腰での能力獲得は出来ないのだ。


「今ですッ! 瑞郭さんッ!」

「腕一本の仇、必ずとってやるぞい。奥義……」


 大太刀を背中に這わせて大きく振り回し、瑞郭はぬらりと刃を滑らせる。


一夢迅いちむじん


 一見すると、スロー再生の様にゆっくりとした動き。

 しかし、その瑞郭の動きを知覚できる者はいない。


 瑞郭が太刀を納めたとき、既にツイントゥースドラゴンの腕は地に落ちていた。しかし、それでも誰もその事に気がつけないのだ。ツイントゥースドラゴン本人でさえ。


 斬ったという事実の後に、瑞郭の斬撃が放たれる。


 それこそが日本における……否、世界に誇る最初の特級探索師ファースト・ワン、法皇寺 瑞郭の究極奥義であった。

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