第二十一層目 騒がしい日常
一輝が私立ルーゼンブル学園へ編入した頃、旧墨田区サブ・ダンジョン。
一輝からもたらされた情報や、その後の調査によってサブ・ダンジョン内に伝説の悪夢とも呼ばれるモンスター、ツイントゥースドラゴンが生息している可能性が出てきた。
そこでダンジョン協会は、選りすぐりの一級探索師で構成された調査隊を結成。旧墨田区サブ・ダンジョンの詳細な調査を行っていた。
レイドパーティーのトップは一級探索師であり、普段はメイン・ダンジョンである『新宿メガ・ダンジョン』を主に探索している『蒼の光』というA級クランのリーダーの
彼は若干26歳という若さで一級探索師に合格。そこからメイン・ダンジョンを主な活動の場としており、四年経った今では若手随一の探索師として注目をされている。
「そろそろ第21層目ですね。あと2階層で最深部に到達します。一旦ここで休憩をとりましょう」
真壁の提案に無言で頷くメンバー達。その面子は探索師を目指すものなら一度は名前を聞いたことのある者ばかりで、日本政府とダンジョン協会が共同で呼び掛けたドリームチームである。
(サブ・ダンジョンならばこの程度だろう。しかし、本当にツイントゥースドラゴンが
協会からの報告書は何度も目を通しているし、実際調査の段階でツイントゥースドラゴンの食い散らかした跡も確認していた。
しかし、旧墨田区サブ・ダンジョンの内部はそこまで大きいわけではない。既に調査を開始して三週間。その間にツイントゥースドラゴンそのものを確認できていないのはおかしいと真壁は考えていた。
(だが、ダンジョンは特異点でも発生しない限り、入り口も出口も一つだけ。仮にツイントゥースドラゴンが外へ出れば、大事になるだろうし……)
「リーダー」
(いや、よそう。仮説を自分の都合のいい方向に持っていっても、それはただの現実逃避だ。今は調査に集中……)
「リーダーッ!!」
突然耳元で爆発した怒声に真壁は目を白黒させる。
見てみれば、声の主は同じく『蒼の光』から参加していた
「もー! また一人で考え込んでる! はい、これッ!」
桜が真壁の口に無理矢理食料を詰め込んでくる。だが、真壁も嫌がる素振りもせず、それをもごもごと咀嚼していく。
「リーダーは目の前の事に集中してると、飯も食わなくなるしなぁ」
「だな。この間はあんまり集中しすぎて、二日くらい食ってなかったんだっけか」
周囲のメンバーが笑い声をあげた。
真壁の最大の持ち味が、その思考の深さである。
物事には、必ずなんらかの理由が存在する。それは例えどれほどに小さな事であっても。
それらの謎を追い求め、探求する集中力こそが、真壁が一級探索師になることが出来た秘訣なのだ。
だが、それが良い方向へと導くこともあれば、逆に考え込んでしまってそれ以外の事が目に入らなくなり、自分の生活でさえ疎かになることも多々ある。
なので、真壁のクランメンバーは、それを止める役割もあるのだ。
「ごめん、桜。ありがとう」
「もう! 少しは休んでくださいよ、リーダー」
「そうだぜ、真壁さん。俺たちはあんたらみたいな立派なクランじゃねえが、それでも少しは役に立ちてえ。なんでも言ってくれよ!」
「皆さんも、ありがとうございます」
三週間の探索で、複数のクランで構成される調査団の仲は深まっていた。
時には意見がぶつかる事もあったが、それでも同じ目的の為に共に手をとりあっている。
そうして、和やかな休憩時間は過ぎていく。
彼らから少し離れた場所に、微弱な空間の歪みが発生しつつあることを知らずに。
◇◇◇◇◇◇
ところ変わって、私立ルーゼンブル学園。
十階建ての中央校舎の三階に、一輝が編入する一年B組の教室はある。
一度高校を中退している一輝は、一般的な教養に関して学習の遅れがある。それに加え、ダンジョンについての座学も学んでいく必要があるので、二年生ではなく一年生への編入となったのだ。
さて、そこで一つ大きな問題にぶち当たってしまった。
「…………」
「…………」
朝のホームルームも終え、一限目までの小休み時間。
教室では土下座をする編入生と、それを睨みながら口をへの字に曲げるツインテールの少女という、とても奇妙な光景が広がっていた。
そこに居合わせたクラスメートは、いったいぜんたいこれはどうしたものかと両者の動向を固唾を飲んで見守る。
「えっと、け、
「フンッ!」
『あんたの話なんて聞きたくもないわ!』。言葉にしなくても、それが聞こえてきそうな恵の態度に、皆は苦笑いを浮かべる。
なんとか謝ろうとする編入生に、若干同情的な空気すら漂っていた。
「黙っててすみませんでした……」
「……やって」
「え?」
「どうやってあんたが此処に入れたのよ! おかしいじゃない!」
「えっと、それは……また後程お話するということで……」
「なによ! 幼馴染みにも話せないっていうの!?」
一輝と恵の発言で、ようやくなんとなく皆は察することが出来た。
恐らく、一輝は恵にルーゼンブルへ編入してくることを言っていなかったんだと。
だが、これは仕方のないことでもあった。
一輝がルーゼンブルへの編入を決めたタイミングは、ちょうど恵は長期間ダンジョンに潜っており、連絡がつかなかったのだ。
何だかんだと忙しい日々が過ぎ、一輝も連絡の機会を失ってしまっていた。
そうしている内に転入の日になり、恵が久しぶりに登校してみると、居るはずのない人物がホームルームで自己紹介していたのだ。
「けーちゃん。そろそろ許してあげなよ~」
「わっ!? ちょ、ちょっと
「ほれほれー。おこりん坊はこうして~」
「あ、ちょ、だめ! あっはははははは!!」
怒り心頭の恵の背後へと近寄って来たのは、おっとりとした口調のメガネを掛けた楓と呼ばれた少女である。少女はそのまま恵の脇に手を差し込んで持ち上げ、グリグリとこしょばし始める。
身長147cmの小柄な恵に対し、楓は180cmは越える高身長の持ち主だ。まるで大人が子供を高い高いするような格好であり、恵は逃げることができなかった。
「じゃあ、カズくんを許してあげなよー」
「そ、それとこれとは話が別、あははははは!」
「むー、これでどうだー。うりうりー」
「あっはははははは!! ぎ、ギブ! ギブアップ!!」
楓の腕を必死で叩く恵。
ようやく解放された恵は、息も絶え絶えで一輝を睨み付ける。
「……昼御飯、あんた持ち!」
「あ、あぁ……」
「一週間ッ!」
「それは長くないか!?」
「なに? 文句あんの……って、楓は止めなさい!」
身の危険を感じ取った恵は、自分の体を抱き締めながら楓との距離を取る。
そんな恵を追い詰めるように、楓は指をワキワキと動かしながら近づく。
と、その時。
「おーい、授業始めるぞー」
教室のドアが開き、無精髭を生やした猫背の男性が入ってきた。
「ん? あぁ、そう言えば今日から編入生が来るんだったか。俺の名前は
気だるげに授業を始める猫田。
一輝と恵は、それぞれ違う内容ではあるものの、お互い助かったと安堵の息を吐くのであった。
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