ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~

いくらチャン

第一部 一章 暴食の権能篇

第一層目 最弱の日常


 ダンジョン。

 それはある日突然、世界中に現れた場所の事を指す。

 ダンジョンはひとつとして同じものは存在せず、ゲームや漫画にで出てくる様な洞穴だけでなく、塔や神殿など様々な形の物もある。

 そして、ダンジョンには必ず『ダンジョンコア』というものが備わっており、それを手にした者は大いなる財宝が手に入ると言われている。

 ただ、そんなお宝が簡単に手に入るなんて旨い話もなく、ダンジョンの中はモンスターや罠があって、多くの人が犠牲になっていった。

 それでも、人は夢を求めてダンジョンに潜るのだ。


 『探索師』として。



 ◇◇◇◇◇



「はぁ、はぁ、はぁ!」


 薄暗い石壁の通路を、一人の青年が息を切らしながら、必死の形相で走っていた。

 その手には松明と、柄の部分から折れた小剣が一本。

 逃げる青年の背後へと迫るのは、幼児ほどの大きさの蟻である。

 大きな顎をガチガチと鳴らしながら、青年に食らいつこうと脚を必死に動かしている。


「ひぃぃぃいっ! 助けてえぇぇ!!」

一輝かずき! しゃがんで!!」

「わぁぁああぁぁぁ!!」


 ちょうど曲がり角を通過したところで、一人の少女が杖を振りかぶっていた。

 その姿が目に入った一輝と呼ばれた青年は、少女の射線上から逃れるように、スライディングをする。と、同時に、少女の持つ杖の先が光輝く。


「エクスプロージョン!!」


 少女が気合いを込めて叫ぶと、蟻の眼前が突如爆発を起こし、その体を炎が包み込む。


「ギイィィイィィィィ!」


 爆発の衝撃で吹き飛ばされ炎に身を焦がされた蟻は、苦しみもがきながら、やがてパタリと動かなくなった。

 その様子を地べたに座り込みながら、一輝は半泣きで見つめる。


「大丈夫? 一輝」

「あ、う、うん……ありがとうけい……いでっ!?」

「もー! いい加減探索師になるのを諦めたらどう? あんた、ハッキリ言って才能ないんだから!」


 杖で頭を小突かれた一輝は、恨めしそうに少女を見上げる。だが、少女の言っていることが至極真っ当な事は自覚しており、反論をすることができなかった。


「おーい、大丈夫かぁ? 一輝」


 通路の向こう側から数名の足音が聞こえてくる。

 現れたのは、一輝の幼馴染みであり恵の兄でもある、九条くじょう俊哉としやと、そのパーティーメンバーであった。


「俊哉さん……すみません」

「いや、無事だったらいいんだけど……なぁ、一輝」

「……はい」


 俊哉はスッと一輝の目の前にしゃがみこむと、頭を撫でながら諭すように語りかける。


「お前が探索師を目指しているのは知っているし、その為に努力をしていることも、ここにいる『シルバーファング』のみんなだってわかってる。だが……」

「……すみません、俊哉さん」

「…………ダメ、か。まぁ、もう何度も言ってきた事だしなぁ」


 ダンジョンは危険が多い。内部を跋扈するモンスターは勿論の事、理不尽な罠もある。そして、それらが決してゲームや漫画の世界の話ではなく、現実であるからに、本当に命を落としてしまう。

 それが故に、ダンジョンに潜る探索師とは、知識や判断力、そして何よりダンジョンにも負けない『力』が必要なのだ。

 そして、その力が得られるかどうかは、運によるところが大きい。


 世界中にダンジョンが現れた時から、人々は不思議な能力に目覚め始めた。

 ある者は剣の腕前があがり、またある者は魔術を使える様になったり。

 人々はダンジョンに初めて足を踏み入れたとき、体の奥底に眠っていた力が『覚醒』するようになったのだ。


 しかし、それは万人が得られるモノではなかった。

 様々な研究の結果、『覚醒』が得られたのは三割。その中でも、ダンジョンの攻略に使えるような能力に目覚めるのは僅か一割にも満たない程度なのだ。


 俊哉を始め、『シルバーファング』のメンバーは全員が何らかの攻略に役立つ『覚醒』を得ている。

 さきほど恵が見せた爆炎の魔術もそうだ。

 そして、実の所を言えば一輝も『覚醒』を得られていた。しかし、得られた力は『調理』という、そこそこには役に立つけれど必須ではない能力だったのだ。

 何故なら、現代においては携帯食料など溢れるように存在する。わざわざダンジョン内で調理をする必要などないのだ。


 だが、『覚醒』が得られたがゆえに、一輝は諦めきれずにいたのだ。探索師の道を。

 もしも、なんの力にも目覚めなければ、諦めもついたのだろう。しかし、なまじ能力を得てしまったが故に、ダンジョンという浪漫を諦めきれないのだ。

 そして、己が定めた目的の為にも。


「だがなぁ、一輝。さっきもそうだったが、お前その内に命を落としてしまうぞ? 幸いダンジョンの外でも使える能力に覚醒出来たんだ。それを活かして生きるのもありじゃないのか?」

「……おい、リーダー。もう行こうぜ。こいつには何度言っても無駄だ。こいつはダンジョンに囚われちまってる」


 体格の良い坊主頭の男が、二人の会話に割り込んでくる。しかし、男の意見には恵以外全員が同じ考えな様で、皆一様に一輝にあまり好意的ではない視線を向けている。


「まぁそう言ってくれるなって、トム。一輝は俺の弟みたいな奴なんだ」

「それなら尚更だ。おい、一輝。お前が人一倍頑張ってることは知ってる。だがな、人間出来る事と出来ない事があるんだ。いい加減お前もそれがわかる歳になっただろう? これ以上リーダーや恵に迷惑をかけるなら、俺が直々に探索師になれねえ体にしてやろうか?」


 日本人とアメリカ人のハーフであるトムに睨まれ、ゴクリと唾を飲み込む一輝。その迫力はダンジョン内のモンスターも目ではない。


「はいはい、そこまで。トム、あんまり怖い顔してると、モテないわよ~」

「うるせぇ! 余計なお世話だ!」


 トムを押し退けるように出てきたのは、短髪を真ん中から赤と青に分けて染めている細身の男性。

 女性の様な口調であるが、彼はれっきとした男である。


「一輝ちゃんも。トムみたいなキツいことは言わないけど、そろそろ諦める事も肝心よ? みーんな、一輝ちゃんの事を知ってるからこそ、厳しく言ってるんだからね?」

「……はい、ありがとうございます。マサルさん」

「ふぅ……さぁ、皆切り替えて行きましょう! 一輝ちゃんはこのままちゃんとダンジョンを出ること。良いわね?」

「はい」

「よろしい。じゃあ、行きましょう。リーダー」


 『シルバーファング』のサブリーダーであるマサルの呼び掛けに、メンバーは表情を引き締めて通路を歩いていく。

 一人残された一輝は、うなだれつつも先ほど恵が倒したジャイ・アントの死骸から素材の剥ぎ取りにかかる。

 本来であれば、倒したモンスターの素材は倒した本人に得る権利がある。しかし、『シルバーファング』にとってはE級モンスターであるジャイ・アント程度は、剥ぎ取る時間と手間さえ無駄であり、そのまま捨てていったのだ。

 しかし、そんなジャイ・アントすら倒せない一輝にとっては、得難い物である。


(くそ……情けねぇ)


 黙々と解体作業を続ける一輝の視界が、ぼんやり歪み始める。

 自分の目標と目的の為とはいえ、こんな死体漁りの様な事をしなければいけない自分の惨めさが、涙となって溢れ出したのだ。


「くっ! こんなもの!!」


 そんな自分に嫌気がさした一輝は、解体用のナイフを振り上げてジャイ・アントの死骸に八つ当たりをしようとする。が、無闇やたらに傷をつけた素材は価値が下がることを思いだし、振り上げた腕をそっと下ろす。


「はは……八つ当たりすら、出来ねえのか……」


 そう独りごちた一輝は、袖で顔をグイッと拭ってから、再び解体を行うのであった。

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