ムツコロンさんは異世界特定外来種

学美ハズム

第1話 飛竜の少女

 ここは、流れ着く地。

 かつて。異なる世界より流れ着いたものが、土着し、在来種となった。


【外来種】もともと生息していない、異なる場所に運ばれて生息するようになった生き物。


 人もそうだ。我々もまた、かつていずこよりか流れ着いた。

人口の多いハイマンの他、森林に住まうエルフ、山岳に住まうドワーフ、農耕を主とするハーフリングらがこの世界で世代を重ね、「在来の人」となった。

 そこに新たにやってきた異邦人を、「異世界特定外来種(エトランゼ)」と呼ぶようになったのは、異世界外来種法が制定されてからになる。


 岩山を登る者たちがいる。動物学者の一行だ。

 彼女たちは、ある生き物の情報を得て、この岩山に来た。

 その生き物は、「異世界特定外来種」と呼ばれた。

 動物学者エニス・エンジュは、そうした異世界から来る生き物を研究していた。

 一匹の犬が、吠えてみせた。この犬は、「異世界特定外来種」の、この世界とは違う「におい」をかぎわける。どうやら、「当たり」だ。

 一行は見晴らしの良さそうな高台を登り切ると、一息つきながら眼下を見やる。この周辺は飛竜たちの縄張り。生息するのは主に小型から中型のもので、人の手に負えないような大型種の目撃情報は少ない。

「博士、あそこに飛竜が見えます」

 案内役を努めるシェルパが指さす。彼女は普段、女だてらに歩荷を勤め、山を越えてモノを運ぶのを生業としている。山の生き物にも詳しく、様々な意味で頼もしい同行者だ。また、同じ女性である点で、エニスにとっては心強い友人でもあった。

 博士と呼ばれた犬は、ワンと吠えた。

 眼下に小さく、飛竜が見える。距離を差し引いても、小型の飛竜であろう。

 飛竜は大型種ほど滑空に頼るが、羽ばたいて飛ぶこともできる。大型種でもその巨体を浮かせる羽ばたきの不思議。エニスはそれを、魔力の為せる技と考えている。竜族は大型になるほど高い魔力が検知される。飛竜の場合、それを飛ぶことに応用しているのでは、と。

 この岩山に棲む飛竜たちは、滑空しながら草原や森の様子をうかがい、獲物を探す。見つければ、急降下で狩る。あの小型の飛竜たちは、ちょうど獲物を見つけたらしく、視認できる範囲からにわかに消えていった。

 そのときだ。

「上です!」

 声に顔を上げると、天高く飛ぶ飛竜。大型種だ。

「あんなに高く!」

 思わず叫ぶ。

(あれほどの巨体で天高く飛ぶとは!)

 さぞ高い魔力を持った、優れた飛竜なのだろう。エニスの表情に、出会えた喜びの色が見える。しかし。

「博士、気をつけてください!」

 シェルパの声には、怯えの色が見てとれた。犬がうなり声をあげる。大型種の飛竜となれば、彼女らは狩りの対象になりうる。ゆえに武器を構え、警戒する。飛竜も人間に対しては警戒心を持っており、そう簡単には襲っては来ないものだ。しかし、油断しているとみればその限りではない。

 飛竜が、ひときわ高く舞い上がった。すると、急降下する。

「博士!」

 シェルパが前に立ち、剣を握りしめた。犬もまた威嚇の姿勢を取る。その脇を、飛竜が猛風をまといながらかすめて通り過ぎた。

「きゃははははは!」

 楽しそうな声。

「……え、今の!?」

 一瞬、通り過ぎる、その一瞬。人の声が聞こえた。飛竜の背に、誰かいなかったか。エニスの高鳴る鼓動は、ただ恐怖ばかりが理由ではない。

「今、なにか……」

 言うが早いか、飛竜がゆっくりと旋回し、近くに舞い降りる。その背から、人影が飛び降りた。

(少女だ!)

 少女は、飛竜の首を抱き、よしよしと言わんばかりに撫でた。

 他国では、飛竜を軍用動物として飼い、騎竜に使うところもある。元来は飼育に不向きで、騎竜には雛から飼い、育てる必要がある。まして騎竜隊を作るとなれば、世代を重ね、騎竜に適した種への改良を行わなければならない。そのことを踏まえると、人を乗せるこの飛竜は野生のものとは考えにくい。のだが。

 シェルパがささやく。

「ここ一帯の飛竜の主です」

 思わず本当か、と確認してしまう。この巨体は、確かに「主」と呼ばれるにふさわしい。であれば、野生の飛竜なのだろうか。

 ぐるぐると思いを巡らせているうちに、飛竜から少女が駆けてきた。小柄な少女だ。少女は頬を上気させ、何かを話している。わからない。

 わからない、ということは。

「異世界特定外来種(エトランゼ)!」

 エニスとシェルパは同時に叫んだ。

 この世界には、異世界より迷い込んでくる生き物がいる。そうした「異世界外来種」の中でも、知性を持った人型のもの、それを「異世界『特定』外来種」と呼んだ。彼らの第一の特徴は、何を言っているかわからないことだ。

 一匹の犬が、光り輝いた。その光の姿はやがて人の形となる。

 美しい、ハイエルフの女性。ショートボブの短い髪が、緑色にきらめく。

 博士と呼ばれていた犬。彼女こそが、エニス・エンジュ博士だ。動物への変化の魔法を駆使し、野生動物の研究に生かしている。

 飛竜の少女は目を見開いて、驚きを隠せない様子だった。

 戸惑う少女を他所に。

 博士は手袋を外し、人差し指で紋を切る。指が光った。その指を、少女の唇にあてがう。

 唇を指でなでられるにつれて、少女は頬を赤く染めていく。驚きの連続のせいか、されるがままだ。

 翻訳魔法。異世界特定外来種の専門家でもある、エニス博士の得意魔法だ。言語の壁を越え、意思疎通を可能とする。

 魔法を掛け終わり、博士は指を離す。

 そして、声を掛ける。

「こんにちは」

 これで、こちらの言葉も通じているはずだ。

 少女は真っ赤にした顔のまま、応じた。

「あ、あの」

 そして、思い切って声をあげる。

「あの、トイレ知りませんか!?」

 少女が必死の形相で訴えかける。

「……トイレ!?」

 一瞬の間を置いて、博士とシェルパは顔を見合わせ。

「くっ……あははっ」

 つい笑い声を噴き出した。



 帰路。彼女たちは互いに自己紹介をしながら、岩山を下っていた。

「私は、ムツコロンと言います」

 少女はそう名乗った。彼女の世界の文字では、陸奥心音と書くらしい。

 黒髪に、少し茶の入った瞳。土埃にまみれた姿であるが、器量が良いのは一目でわかる。そして、小柄だ。服装には見覚えがある。この世界に飛ばされた異世界特定外来種がたまに着ている、「セーラー服」と呼ばれるものだ。可愛らしく見える服だが、この世界の在来住人には奇異に映るだろう。エニスは着替えが必要だな、などと思いながら。

「私は、あなたのような人を保護するのが勤めです」

 なるべく安心させるよう、自分の役目を話す。

「この世界には、あなたのように異世界からやって来る人がいるの」

「異世界……」

 少女はうなずき、目を輝かせた。

「だから、見たこともない動物がたくさんいるんですね!」

 ぐいっと迫るコロンに、エニスはうなずいて見せる。

「そういうことになるわ。コロンさん、動物が好きなのね?」

 飛竜と空を駆けていた、あの姿が焼き付いて離れない。

 コロンは満面の笑みで肯定した。

「あの大きな子は、こっちに来て初めての友だちなんです!」

 友だち! 確かに、あの飛竜はコロンに懐いていた。

 エニスには動物への変化の魔法がある。しかし、動物の「友だち」になるなんて容易ではない。できるだけ警戒されずに近づき、敵と思われないようにするのがせいぜいだ。

(この子には、すごい能力があるのでは)

 話を聞けば、コロンはこの世界に来て十日ほど、動物たちと暮らしながらこの岩山や森で生き延びてきたらしい。普通、異世界特定外来種となった人は、誰か在来住人に保護されて、近くの集落でエニスのような専門家を待つ。コロンの場合は、「動物と一緒にいる少女がいる」という情報が寄せられて、近くの村に滞在していたエニスがそのまま保護のため派遣された。しかし、動物と暮らしていたとは。にわかには信じられない話だが、飛竜と仲むつまじい姿を見たエニスに、疑う余地はなかった。胸が、高鳴った。

「あなたと出会えたのは、運命かもしれない」

 そう言って、エニスは自分が動物学者であることを告げた。コロンの笑顔が花咲く。

「エニスさんも、動物がお好きなんですね!?」

「そう、大好き。この世界の動物も、異世界からやってくる動物も。だから」

 エニスは、コロンの両手を、その両手で包み込む。

「私にもその『好き』を分けて欲しいの」

 コロンが、目を見開いた。エニス自身も、自分の言葉に驚いている。出会ったばかりの人、それも異世界から来たばかりの少女に、何ということを言っているのだろう! これが恋であれば、一目惚れと呼ばれたのかもしれない。つい、エニスの口から自然とこぼれ落ちたのだ。

 コロンは、笑顔で答えた。

「はいっ!」

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