第9話 弟子トハ師ヲ追ウコト
カーラの店……明けの帳は比較的大きな通りに面して居る。
そんな通りにを街の外側に向かって10分も歩けば俺が借りているアパートに着く。
街灯は通りにしか無く、アパートの玄関までは照らしてくれない。
入口の天井にある小さな電球だけが足元の小さな段差を照らしてくれている。
レンガで出来た外壁の古いアパートだが、今もしっかりと使えているだけあって造りはかなりいい方だと思う。
分厚い風は入口に立っただけで風から体を守ってくれる。
中には階段といくつもの扉があり、俺の部屋はその内の2階の角だ。
外壁はレンガと言ったが床は当然木張りの為、室内ならともかくこの通路の床は相当傷んでおり、ゆっくり歩いてもギシギシと軋む。
それは階段も同じで、2階に部屋がある身としては毎回不安に差せられてしまう。
「全く……寒くて仕方がないなぁ。」
鍵を取り出し、戸を開ける。
狭い部屋が3つとトイレ……これが俺のパーソナルスペースだ。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えるとそのまま部屋の真ん中にあるソファに腰を下ろす。
「………あー、明日めんどくせぇーなぁー。」
勿論、調査の事だ。
まあ、正直言ってギルバートも居るので危ないとか怖いとか……そんな事は一切考えてはいない。
単純に協会からの要請に応えるとゆう構図が嫌なのだ。
「……エルもそう思うんだろうなぁ。」
あいつは協会からの師の斡旋を断った理由に協会と軍部の繋がりを指摘していた。
昔の魔術士は本当に多様だった。
病にかかれば魔術士に、明日の天気を知りたければ魔術士に……
恋の悩みも魔術士に、商売の話も魔術士に……
だが、時代が進んだ今の魔術士に求められているのは戦闘力だけだ。
魔獣退治も立派な仕事だ……だがそれ以上に安定して、尚且つ多額の資金を提供してくれる団体が軍部なのだ。
協会=軍部の下部機関……そう言われても否定は出来ない、最も俺はするつもりなんて無いが。
「………なんか騒がしいな。」
何度でも言うがこのアパートは古いし安い。
多少の生活音ならともかく、ある程度の音漏れはどうしてもある。
俺の部屋は角部屋の為、気にする相手は片側の一室のみで、その一室には人が住んで居なかった。
だが耳を澄ませて見ると……ガタガタと物を動かす音と人の話し声が聞こえる。
「あー……挨拶とかしないとダメかなぁ。」
正直言うと邪魔だ。
自分の生活音が騒がしいとは思ってないが、今まで気にしてこなかった配慮をしなければいけないと考えると無条件で気分が下がる。
……でも、隣にすんでて挨拶も何も無いっていうのも………
「………いや、挨拶なんてしなくていいか。」
ソファから腰を上げ、小さなシンクに向かう。
戸棚を開け、中から小麦のパンとイチゴのジャムを取り出す。
パンにたっぷりとジャムを塗り、マグカップに牛乳を注ぐ。
カーラに作ってもらう朝昼食に比べれば貧相もいい所だが自炊なんて出来ないし、するつもりもない。
いっその事店の2階にある空き部屋でもを借りてしまおうかと思った事も有るが……あの店に住んでるのはカーラだけ、そんな状態に俺が転がり込んだら意識してない物も意識してしまう。
コッコッコッ……パンを頬ばろうとした時、ドアがノックされる。
話し声が聞こえるので、恐らく2人……隣に引っ越してきた住人だろう。
「向こうの方から来てくれるのか……気づかなかった振りでもするか。」
すぐそこに積んである皿を取り、パンを一旦上に置く。
「今出ま〜す。」
鍵を開け、戸を開く……
外開きなのでゆっくりと開き………
「お久しぶりです……あの時はお世話に、」
バタン………そして閉めた。
(……この人って……あの人だよなぁ?。)
チラッと見えただけたが、ロングの茶髪で落ち着いた雰囲気の美人……
あの時は凄まじく焦っていたが、確かに分かる。
「エルが戦っていた魔獣に石投げようとしていた人だよな……俺が手首を外た………。」
どう考えてもこの状況は不味いだろ………、
あの後しっかりと手首の関節を矯正したし、痛みを和らげ治りを早くする術式も掛けた……。
「ディノさーん、どうしたんですかぁー??。」
「なんで俺の名前知ってんだよォ!……別に元気そうじゃんかよォ……。」
ノックは次第に激しくなり、もはや扉を叩きつけているような音がし出す。
(知らない知らない……あれは然るべき対処で協会も理解してくれ……、)
正直に言うと、あの人が持っている石と同じくらい都合のいい物を探すのが面倒くさかった所は有る……。
もっと言えばより面倒ではあるが投げ物無しからでもあいつは倒せただろう……。
(……む、無理だ……敗訴しちまう。)
罰金刑、懲罰刑、
降級……いや、術士の称号剥奪も………。
今より遥かに生きづらい未来が脳裏を過ぎる。
もうパンとジャムを貧相なんて考えれないかもしれない………、もうベッドで体を横にする事も出来ないかもしれない……
もうカーラと会う事も……無いかもしれない……。
胸から湧き上がってくる、怠惰な自分への後悔・後悔・後悔………。
(……あぁ、いっそ森の中でひっそりと暮らそう……。)
そんな事すら考えた時……、カーラともう1人後悔が残る人物の……澄んだ声が聞こえた。
「ディノさん?……具合でも悪いのですか??。」
「え?………エルか?。」
鍵を掛け直した状態でフリーズしていた体が、その声でスっと軽くなる。
再び鍵を開け、恐る恐る扉を開く。
細い扉の隙間から見えた色素の薄い金髪と青い瞳の少女……。
「ディ、ディノさんってそんな声出せるんですね。」
笑う少女は間違いなくエルだった。
エルの隣には先程の女性、その表情は少し申し訳なさそうだ。
「………あ、知り合いだったんですね……自分なりに完璧な治療を施したつもりだったのですが……。」
「い、いえ……私の方こそお嬢様を助けて貰ったのにお礼の1つも言えてませんでした……。」
女性にしては長身のその女性は、腰からぺこりとお辞儀をしてきた。
つられて俺も頭を下げる。
「ディノさんには紹介してませんでしたね。こっちはメイドのメリーです。やはり弟子は師の傍に居るべきと思い隣に越させて貰いました!!。」
「あぁ、そう。隣に来たのはエルだったのかぁー…………えぇ(困惑)……。」
顔を上げると満面の笑みを浮かべたエルが居た……、見るからに嬉しそうだ。
エルなら赤の他人より気を使わなくて良い……逆に言えばエルと接点を持ったばかりに隣に来られたわけなのだが。
「そもそもどうやってここが分かったんだ?。協会にはこの住所で登録されてない筈なのに……。」
「聞くのも忍びないと思い、先日後を追わせて頂きました!。」
その無垢な非常識さに軽い放心状態になる。
メリーさんのことをメイドと言ってる所や、そのメリーさんはエルをお嬢様と呼んでいる所、所作や言葉遣いから察するにエルの家はそれなりの名家で有ることは確かだ。
大切に育てられたが故に『ストーキング』とは全く無縁……自分がする側になったとしても疑問すら持たないわけか……。
とはいえ来てしまったものは仕方ない。師や弟子の在り方なんてどうでもいいが、今更帰れと突っぱねるのも可哀想だ。
「あっ、ディノさん。今から私が夕食を用意するのですが御一緒にどうですか?。」
「えっ……夕食………。」
冷たいパンと既製品のジャムを思い浮かべる……、
俺の定番の夕食で、今部屋の皿の上に乗っかっている物だ。
メリーさんは見るからにメイドだ……身の回りの世話全てのプロ、当然料理も上手いに決まっている……。
「……お願いします……。」
「では完成しましたらお呼びしますので……一旦失礼致します。」
そう言うとメリーさんはぺこりとお辞儀し、隣の部屋に戻って行った。
「ディノさんと夕食を御一緒出来るなんてとっても嬉しいです。いつかカーラさんも一緒の4人で食べたいですね。では私も1度荷物の整理に戻りますね。」
「あ、あぁ。また後で。」
そしてエルも部屋に戻る……。
流石に男が俺1人で他3人が女とゆうのも気まずいが……、男の知人で飯を一緒に出来るなんてギルバートくらいだし……。
何より夕食まで暖かいものを食べられるとゆう事が嬉しい。
「……そー考えるとアリかもなぁ……弟子が隣に来てくれるのも。」
そして俺も部屋に戻り、メリーさんに呼ばれるのを嬉しさ半分、怖さ半分……そして何故か懐かしさも感じながら待つ事にした。
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