世界で一番美しい死体の夢を叶える話

火狩けい

世界で一番美しい死体の夢を叶える話


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 銀色の髪に薄い色素の瞳。爪は磨くと宝石のオパールみたいな虹色にきらめく。

 うちの姉は真珠になって死ぬ病気にかかった。

 体が石灰質に侵食され、白く硬化してく。最後は彫像みたいになるらしい。

 あまりにも希有な病気で、発症者は姉一人しか確認されていない。病名もなく、孤発性こはつせいで、遺伝することもない。貝原かいはら家では姉だけが発症し、おそらくその後も、このような病気に罹る者は出てくることはないとのことだ。だから国も積極的に彼女の治療法を模索することはしなかったし、姉もそれで良いと言っていた。


 東北の、少し街から外れた住宅地で、ひっそりと姉の闘病生活は始まった。


 姉の名前は貝原モエカ。

 十九歳で、大学に通っていたが、いまは休学している。

 そして通うことはもうないだろう。姉の体はこれからどんどん硬くなり、真珠のような光沢を帯びていく。体も脆くなる。車に乗ってガタガタ道を走ればヒビがが入って死んでしまうかもしれない。姉は壊れ物の様に丁寧に扱われた。


 姉は家の離れに住むことになった。というか隔離された。

 感染せずとも、耳慣れない症例は人に良い印象を与えない。近所に知られたら面倒だし、マスコミが騒ぎ立てるかもしれない。国立研究所の偉い人と相談し、私たちは姉を隠すことにした。座敷牢ざしきろうと言うと聞こえは悪いが、実際、姉が外出するのは難しかったと思う。この病気は進行が早く、体も硬化していくので、姉はこのとき既に長距離の外出が難しくなっていた。それに髪も瞳も歯も爪も真珠のように煌びやかなので、外を歩くだけで人だかりが出来てしまうだろう。

 それに写真を撮られネットにでも上げられたら面倒なことになりそうだ。この人間離れした見た目をどうにかしないかぎり、落ち着いて外出することもできない。


 最初、家族は大いに悲しんだ。余命もそこまで残っていない。その時間すらも自由に動くことができない。せめて外を歩けるよう爪にマニキュアを塗ったり、髪を黒に染めてみないかと提案したが、姉はこの見た目が気に入っているらしく、すべて断った。姉はこの姿を楽しんでいるようだった。


 一ヶ月もすると私たちも慣れてきて、あまり悲しまなくなった。そうなるとあとは普通の終末医療の患者と変わらない。治療法もないのでクスリもいらない。やることといえば、移動を手伝ったりするというごく一般的な介助くらいで、姉は手が掛からなかった。

 それでも未知の病気には違いない。皆、心のどこかで姉を恐れていた。なので病状が進んでくると、誰も離れに近づかなくなった。

 どうしてだろう。私はあまり怖くなかった。

 純白になっていく姉はとても美しかったから、その姿に惹かれていたのかもしれない。私は暇さえあれば離れに入り浸っていた。


 古い民家の扉を開けると、六畳ほどの小部屋があり、姉はいつも窓際のベッドの上で過ごしている。そして私が来ると嬉しそうに顔をほころばせるのだ。


「おはよう、真希ちゃん」


 窓から入る日差しが反射して、銀髪が虹を帯びた。

 銀の瞳は宝石のようにきらびやかな虹彩を宿し、白い肌と相まってか、どこか幻想的だ。

 古びた部屋がとにかく似合わない。どこかの王族をさらって監禁しているような気分にさせられる。


「こんな綺麗なのに外に出ないのは勿体ないよ」


 私が言うと、姉は笑ってベッドから立ち上がる。


「なにか作ろっか? お腹減ってない?」


「割れたら危ないし、いいよ」


「わかってるんだけど、でも体を動かしてないと、どんどん硬くなる気がしてね」


 このとき私は高校二年で、特に部活動もしていなかった。いま夏休みだけど、進学校でもないから夏期講習もない。少子化が進み仕事も減りつつあるこの国において、学歴はあまり役に立たなくなってきていた。どうせ私も高校を卒業すれば母国語の通じない国へと派遣され、発展途上国で労働することになる。この国で働けるのはごく限られた少数の人間だけで、私はそうじゃない。


「じゃあ何か作ってよ」


 私がそう言うと、姉は嬉しそうにキッチンへと向かう。

 狭くボロボロの台所で、焦げがこびり付いた真っ黒なガスコンロを点火した。

 換気扇がカラカラと危うい音を出す。


「真希ちゃん、ご飯食べる?」


「さっき食べるって言ったよ」


「ごめんね。また忘れちゃった」


 最近、姉の物忘れが酷い。少し前にCTを取ったら脳の一部分が石灰化してることが発覚した。このまま脳の石灰化が進むと、姉は目覚めなくなるらしい。


 このとき、姉の余命は早くて一ヶ月。遅くとも二、三ヶ月と言われていた。

 料理が好きだった姉は、硬くなった手を動かし、手際よく野菜を切っていく。てっきり私はパスタか何かだと思っていたので、焼き魚とサラダが出てきて驚いた。


「どう? 美味しそうでしょ」


「美味しそうだけど、お味噌汁作ったんじゃないの?」


「作ったわよ? それくらいは覚えているわ」


「でもテーブルにないよ」


「あれま、うっかりしてた」


 姉の物忘れは、何と言うかちょっと可愛らしい。私は噴き出してしまった。すると姉もくすりと笑う。不謹慎と言われるかもしれないが、変に同情しても仕方ない。これが私と姉の関係なのだ。飾らず心地よく。それでいい。

 姉はご飯を食べながら部屋に置かれたオリーブの鉢植えを見ていた。

 オリーブは二本あって、ルッカとマンザニロという品種らしい。姉が母にねだって取り寄せたものだ。植物でも見れば気も紛れると思ったのだろう。

 姉は暇さえあればオリーブのお世話ばかりしていた。


「なんかジジくさ」


「そう? 可愛いくない」


「見た目はね。よく喫茶店とかにあるし」


 オリーブの銀葉は確かに綺麗だ。それに実もなっていた。姉はこの実をとても大事にしている。秋になると食べられるらしいが、姉はその頃には死んでいるので、この実は妹の私に譲ってくれるらしい。塩漬けにしたり蜂蜜漬けにすると美味しいと嬉々として言われたが、その胸中は複雑だ。


「樹木葬って知ってる?」


「しらない」と私は答えた。「なに? 死んだら木の下に埋めて欲しいの?」


「木の下に埋めるというより私の上に木を植えるんだけどね。ま、そうかな。それが一番いいかも」


「えー、なんか嫌じゃない? 変っていうか。普通のにしなよ」


「変かな? 可愛いと思うんだけど」


「可愛くはないでしょ。あと無気味っていうか。よく桜の木の下には死体が埋まってるとかって言うし」


「そう言われると少し怖いかも」



 姉は少しずつ色々なことが出来なくなっていった。

 ベッドから一人で立ち上がるのが難しくなったり、トイレに行くのにも介助が必要になった。その都度家族で交代しながら姉をサポートした。夏休みで私が一番暇だったので、半分くらいは私一人でやっていたと思う。

 平気なふりをしてしゃべっていることが、時折辛くなることがあった。

 衰える姉を見るのが嫌で、私は離れから遠ざかるようになった。

 でも、姉に頼まれごとをされているので、定期的に部屋に行くしかない。


「真希ちゃん、オリーブはね、一本じゃだめなの。実をならせるには、二本育てないといけないのよ」


 オリーブの世話をする私に、姉は何度も同じ話をする。


「ルッカ、マンザニロ、ミッション、色々な種類があるの。お姉ちゃんは実はオヒブランカが好きなんだけど、ホームセンターだとあまり見かけなくてね。でもルッカとマンザニロも良い品種なのよ。マンザニロはスペイン語で小さなリンゴって意味があるの。実もコロコロしていてとても可愛いらしいの」


「大きい実のはないの?」


「あるわよ。ゴルダルとか。ジャンボカラモタとか」


 木の成長が思ったより早かったので、私は姉を庭に連れ出し、オリーブを一つ大きな鉢に植え替えることにした。


「土にね、こうやって石灰を混ぜてあげるの」


「こう?」


「そうそう」姉は嬉しそうに笑う。「お姉ちゃんの一押しは、カキ殻石灰よ。これ、松島の牡蠣カキで作ってるのよ。それをあげるとオリーブがとても喜ぶの」


「牡蠣? オリーブって貝が好きなの?」


「そうよ。オリーブはアルカリ性の土を好むから、貝がすきなの。だからオリーブも、お姉ちゃんのことが好きかもしれないわね」


 おそらく真珠化する自分の材質と掛けたギャグのつもりなのだろうが、あまり面白くない。でも久しぶりに庭に出た姉は楽しそうだった。

 姉のオリーブ好きは、昔住んでいた所にオリーブ畑があったかららしい。だいぶ物忘れが酷くなっているのに、オリーブのことだけは全部覚えていた。


「あ、貝殻を使った石灰の作り方も教えないと」


「え、いいよ別に。買えば良いだけだし」


「それはダメ」


「どうして?」


 訊ねると、姉は微笑んで空を見上げた。


「あとで、役に立つかもしれないから」


「そうは、思えないけど?」


「いいから、やるわよ。道具と、入れる袋の場所も教えておかなくちゃね」


 私は渋々穴を掘らされ、貝殻を焼いて砕く工程を学ばされた。


 部屋に戻り、姉をベッドに寝かしつける。

 すると、パキン、という音がした。


「あれま。耳が取れてしまったわ」


「え、嘘でしょ……ヤバくない!? てか結構、簡単に砕けるんだ……」


「ここは真珠化が進んでた部位だったからね。もうそろそろかなって思ってたのよ」


「いや、笑えないよ……てか、なんで笑ってられんの……」


 姉はクスクス笑いながら取れた耳を手のひらに乗せ、眺めていた。

 耳はまるで白い彫刻のようだった。砕けた断面が虹色に光っている。

 オパールか何かの宝石のようだった。


「これはね、真珠層っていうの。螺鈿細工とかでよく使われてるのを見ない?」


 姉は髪を搔き分け、頭の側面を見せてくれた。

 耳のあった場所も同じように綺麗に輝いていた。私は不覚にもそれを美しいと感じてしまった。

 銀色の睫毛に縁取られた姉の瞳が微かに細まる。まるでこの世の物でないかのような、耽美な彫像を彷彿とさせた。少し前まで大学生をしていた姉の姿はどこにもなかった。


「わっ、ちょっと……」私はびっくりして姉を睨んだ。「なんで私の手に耳を乗せるわけ? てか、重っ……」


「不思議でしょう? 耳に当ててごらんなさい。波の音が聞こえるから」


 私は半信半疑でそれを耳に当ててみた。「本当だ。貝殻みたい」


「砕いてオリーブの肥料にしちゃおっか」


「それはおかしいって」


 姉が笑う。さすがにブラックジョークが過ぎると私は思った。


「でも、オリーブが喜ぶかもしれないでしょう?」



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 姉の遺体は研究所が引き取ってくれるらしい。

 別に姉が死んだわけではない。姉はぴんぴんしている。だがかねてから遺体問題について疑問を抱いていた私たち家族は、それを聞いて少しだけほっとしたのである。

 盆の月であったので、親戚一同が私の家に集まった。姉が死ぬ前に会っておきたいと、それはもう沢山の人が家に押しかけてきた。

 彼らは姉の病気について同情よりも興味の方が勝っているようだった。姉の肌に光を当て、欠けて真珠層が見えている所を見つけては、驚嘆の声を上げる。姉は少し複雑そうな笑みを浮かべていた。見世物ではないのだから、と私と母が怒ると親戚の人たちは文句を言いながら母屋おもやの方へと戻っていく。


「でもよかったな。引き取り手があって」


 その夜、叔父が酒を呷りながら言った。


「だって、もし普通に葬儀をするとなったら葬儀社の人になんと説明すればいいか困るだろう?」


「その場合は、火葬になってたのかしら」


「そりゃ、そうだろ」


「でも遺体は彫刻みたいになるのでしょう? 焼けるのかしら」


「あー、たしかに」


「売れたりして」


「なるほどな。真珠層ってのは、いわば真珠みたいなものなんだろ? 売れたりしないのか? 宝石みたいに綺麗だし、それこそオブジェみたいに家に飾ってもいい」


「不謹慎が過ぎるわよ」



「国立研究所が一千万で買い取ってくれるそうよ」



 母がそう言った瞬間、場が静まり返り、皆の目の色が変わった。


「検体標本として、保管したいって言われたの」


「ま、まあ……綺麗だもんな」いとこの男がヘラヘラした顔で言った。


「あんたの言う綺麗は、美人って意味でしょ」


「バレたか。でも割とガチで、いまのモエカは前より綺麗だよ。人間ばなれしてるっていうかさ。人の上位互換みたいな? そんなオーラがある」


 それについては私も同意だった。

 私は姉の遺体を想像してみる。

 その亡骸はとても美しい気がした。パール色に輝く彫刻を彷彿とさせた。大理石で彫っても姉ほど綺麗にはならないだろう。

 彼女の遺体は、研究所よりも美術館に安置されるほうが似合う気がした。



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 病気が終末期になると、姉の真珠化がだいぶ進み、どんどんとその美しさを増していった。爪を研磨すると表面が濃い虹色を帯びるようになった。歯もそうだ。歯磨きをした後、歯を見せるとピカピカで、ちょっと笑える。皮膚がボロボロになって、ゆで卵の殻みたいに剥がれてくると、その下から綺麗な宝石のような輝きが姿を現した。体も重くなった。ものすごく重くなってベッドが壊れそうになった。

 床に伏せって殆ど歩けなくなった姉は、窓の外を眺めるだけになった。それでも私がいくと、姉は思い出したように色々な話をしてくれた。


「どこか、行きたい所でもあるの?」


 あまりにも外を眺めていたので、私は訊ねる。


「田代島に、戻りたいな」


「昔住んでた所だっけ」


 私が幼少の頃、姉は体が弱く、島で療養生活を送っていた。


「……どんな島だったの?」


「良い所よ。島全体がオリーブ畑になっているの。風が吹くと、オリーブの銀葉が靡いて、とっても綺麗で、海も透き通ってる。あと島の教会の庭に、樹齢一〇〇年を超えるオリーブがあるのよ」


 それは凄い。でも、


「どうして島の名産がオリーブなんだろ」


「……どういうこと?」


「東北って、昔は寒かったんでしょ。小豆島とかならわかるけど、樹齢一〇〇年のオリーブが宮城にあるなんて、変だよ」


 すると姉は優しく微笑んだ。


「一〇〇年以上前に、東北で大きな地震があったのは知ってる?」


 私は首を振った。

 それは、車が自動運転になるよりも前の話だという。

 大地震が東北を襲った。

 沢山の人が死んで、美しかった海際の景色も津波のせいで跡形もなく消え去った。

 壊滅的な被害だったという。数年が経過しても土地は荒れ果てたままで、町が蘇ることはなかった。

 だから人々は、そこにオリーブを植えることにした。

 復興のシンボルとして。再興を願いながら。

 そして時が経ち、島はオリーブ畑で埋め尽くされるようになった。温暖化が進み、かつて育てられていた作物は育たなくなり、代わりにオリーブや蜜柑が名産品となったのにはそういう経緯があったらしい。


「どんなに物忘れが酷くなっても、あの風景だけは忘れないわ」


 でも、姉はそこに行くことはない。

 彼女はもうすぐ死ぬ。そして遺体は研究所に送られる。


「……行きたくないな」


 ぽつり、と姉がそう呟くのを、私は聞こえないふりをした。

 だがその日の姉は少し食い下がった。


「ねえ真希ちゃん。残りの時間を、田代島で過ごせないかしら」


「無理だよ。……その体でどうやって行くっていうの?」


「布団とかで、ぐるぐる巻きにして、ちゃんと梱包すれば」


「馬鹿じゃないの。てか目立つし。とにかく、今の容態で島に行くとか無理だから」


「名案だと思ったんだけどなあ」


 不憫だとは思う。けれど、こればかりはどうしようもない。



 看病のため、毎晩、誰かが姉の離れで寝るようになった。


「オリーブは土に石灰を混ぜて育てるの。アルカリ性の土が好きだから」


 明かりの消えた部屋で、姉はベッドの上で仰向けになったまま、そう呟く。

 付添で部屋に布団を敷いていた私は「そうなんだ」と相づちを打つ。


「外国の土はアルカリ性が多いから、酸性土壌の日本の土はあまり好きではないの。だから牡蠣殻を撒いて調整してあげるの。宮城は牡蠣が良く採れるから相性が良いのよ。それに牡蠣殻石灰はアルカリ度が低いから、そのまま木の根元に撒けるし便利だわ」


「お姉ちゃんさ、それしか話すことないの? オリーブ以外の話はないわけ?」


「それしかないのよ。私には」


 切ないことを言ってくれる。

 姉には私もいるのに。家族だって。

 でも姉は何もないと言う。


 窓から月明かりが差し、姉の白い肌がきらきらと燐光を放つ。


 その美しい姿を見て、私は胸を締め付けられる。



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「相続税は掛かるのかしら?」と言ったのは母だ。

 父も口を開いた。「遺体がなくとも葬式はするんだろ? 何円掛かるか計算しないとな。葬祭会館に積み立てもしてないから、家のローンを返すだけの金が残るだろうか……」

 うちはあまり裕福ではないから、一千万もの大金が転がり込んでくるとなれば、それなりに心は躍る。それがたとえ姉の命と引き換えにもらえるものであっても。

 嫌なこともあった。

 叔父さんは「あの時、便宜を図ってやったのは誰だ」と怒鳴り散らして帰っていった。

 叔母さんは「来年、娘を大学にやらないといけないの」という心底どうでも良い話を一時間もして帰っていった。菓子折は持ってこなかった。

 家では定期的に怒鳴り声が響くようになり、親戚の出入りも激しくなった。姉の看病に加え、親戚の撃退もしなければならない。私はうんざりしていた。こんなことになるならお金なんて無くなった方がいいとさえ思った。

 新しい車が欲しい。何を買いたい。ローンを前倒しで払ってしまおう。日に日にエスカレートしていく家族の会話に、私は辟易していた。

 姉はただの財産で、家族ではなくなっていた。

 離れに行くと怒鳴り声聞こえていたのだろう、寝たきり状態の姉が「ごめんね」と謝ってきた。私は返事をせず、ベッドに乗っかった。


「お姉ちゃんさ」


「なあに?」


「まだ田代島に行きたい?」


 姉は少しだけ考え、それから、首を振った。


「でもお姉ちゃん、だいぶ重くなっちゃったし」


「そうなの?」


 そうよ、と姉は苦笑する。


「それに体も硬くてあまり動かせないの。だから車の荷台に載せるのにも一苦労だと思う。そこまでの迷惑は掛けられないわ。あと体もだいぶ割れやすくなってるから」


「お姉ちゃん、いま何キロくらいあるの? 一〇〇は超えてる?」


「ちょっと、失礼なこと言わないでよっ」


 それから姉は小声で「八九キロよ」と答えた。

 姉がクスクスと笑い出す。私も釣られて笑った。こんな絶望的な状況でも笑える自分が可笑しくて仕方なかった。


「なんだ、まだまだ元気そうじゃん」


「そうよ?」姉が得意げに胸を張る。「意外と歩けたりもするんだから。もしかしたら走れるかもしれないわね」


「うっそだあ」


「どうかしら?」と姉は茶目っ気のある笑みを浮かべた。


 翌日、姉は朝になっても目を覚まさなかった。

 そのまま姉は六日間眠り続け、そして――

 

 忽然と姿を消した。



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 姉はいつまでたっても見つからなかった。

 警察の捜索も空振りだった。数週間たっても、何の手がかりも見つけられなかった。

 なので私たち家族は自力で姉を探すことにした。

 なんせ一千万が懸かっているのだ。

 研究所に遺体を引き渡せないとお金がもらえなくなってしまう。


 暑い夏の日だった。


 風鈴の音を聞きながら縁側で涼んでいると、父が立ち上がった。


「ちょっと古物商に当たってみる」


「どうして?」私は半笑いで訊ねた。


「彫像と勘違いされて市場に流れている可能性がある」


 私は噴き出した。


「その場合ってさ。盗難と行方不明、どっちになるのかな」


 夏空の下で、私が言う。


「馬鹿なこと言ってないであんたも探すのよ」


「でもどうやって探すの?」


 訊ねると、母は難しい顔をして口元に手を当てた。


「モエカは重いから遠くまで運ぶのは苦労するはず。もし誘拐なら金銭目的のはずだけど、身代金の電話もない。なら売り払ったというお父さんの考えは正しいかもしれないわ。犯人は、モエカの病気のことを聞きつけた外部の人間か、親戚……」


「なんか探偵みたい」


 私は苦笑しながら炭酸飲料を飲み、額の汗をぬぐう。

 暑い日差しが照りつけ、背中に汗が滲んでいた。

 雲一つ無い青空で、からっとした良い天気だ。


「私は海にでも行こうかな」


「あんたね……真面目に探しなさいよ」


「はいはい」私はやる気無く立ち上がる。「ねえ、お母さん」


「なによ」


「車借りてもいい?」


「いいけど、どこいくの?」


「田代島に。お姉ちゃんが行きたいって言ってた所だったから」


「あんな遠くにいけるわけないでしょ」


「ま、一応ね」


 私は車の扉を開け、自動運転制御装置に行き先を伝える。


「田代島まで」


 海岸通りを走り抜け、石巻市本土と島を繋ぐ海上道路を通過する。


 島に到着した私は、オリーブの林をくぐり抜け、坂道を登る。そして丘の上の教会が管理するオリーブの庭へ辿り着く。その昔、姉が住まわせてもらっていた建物だ。

 中庭に一つだけみずみずしいオリーブの木があった。樹齢百年を優に超える古木で、太い幹から、沢山のひこばえが伸びている。

 根元には石灰が撒いてあるのか、白い粉が散らばっていた。


「あっ」


 貝殻の欠片が光に反射する。

 私はしゃがみ込み、それをつまみ上げる。

 綺麗な真珠層だった。少し焼きがあまかったのかもしれない。


「おや、真希ちゃん」


「あ、神父さん」


「貰った石灰、ここに撒いたんだけど、これで大丈夫だった?」


「はい、良い感じです」


 私は立ち上がった。スマホが振動したからだ。


「どう、島の方で手がかりは」母が詰問調で問いかけてくる。


 私はオリーブの木を暫く見つめた後、首を振った


「ううん。空振り。てかお姉ちゃんが一人でこんな所に来られるわけないじゃん」


「そうよね」


「そうだよ」


 私は笑って電話を切った。

 丘の上から景色を眺める。

 凪いだ海原と、一面のオリーブ畑が見えた。

 重さは中々のものだが、細かく砕いて持って行けば、そこまでかさばらない。

 焼けば質量も減る。


 運ぶのは、そう大変なことではなかった。


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