『楽園レプリカ』 -絶食系男子とのMarried life-

北浦 吏桃

薄葡萄 -うすぶどう-

 まだ数回しか会ったことのない人と、今まさに腕を組んでヴァージンロードを歩いている私は。

 幸せでもないし、不幸でもなかった。

 ただただ、安堵していた。

 数回しか会ったことがないわけだから、お互いに恋愛感情なんてあるわけもなく。


 だけど私は、この人と結婚しなければならなかった。










 私の家は明治時代から続く小さな薬品会社を経営していて、数年前に新薬を発明したものの。

 その新薬開発に大金をつぎ込んだ結果、経営は傾き、新薬発表どころではなくなってしまったわけで。

 そんな時に大手薬品会社から、うちの会社を子会社にして新薬の開発も協力してくれるという話が舞い込んできた。


 しかしその話には条件があった。


 ①社長の交代。

 ②その社長はその大手薬品会社の息子。

 ③一人娘で次期社長候補である私は、今後一切、経営には関わらないこと。

 ④担保の提出。


 最初は父もこの条件に難色を示していたけど、そのうちそんなことを言っていられる状態ではなくなり、結局、全ての条件を呑むことになった。

 だけど問題は④の担保。

 会社の敷地も自宅も全て、銀行からの借入の担保になっているわけで、差し出す担保がもう会社には残されていなかったから。


 そして差し出されたのが、私、という担保だった。

 もちろんうちの親が差し出したのではなく、向こうからの提示なんだけど。

 うちの作った新薬をどうしても手に入れたかった大手薬品会社は、

 うちの父が裏切れないように、娘の私を人質に取りたかったんだろう。







 相手の大手薬品会社の三男である堂本楓氏とは、まだ3度しか会っていない。

 1度目は「お見合い」という名目の顔合わせ。

 始終、彼は退屈そうなしかめっ面で、そして何かにイライラしているみたいだった。

 要するに、この結婚が納得できないんだろう。


 2度目に会ったのは結納で。

 その時も彼は同じ様子でニコリともせず、挨拶が終わるとすぐに帰って行ってしまった。

 そして3度目が今日。

 結婚するっていうのに、私達はまだまともに会話も交わしたことがなく。

 今朝、初めて彼から話しかけられた言葉が、


「今日はよろしく」


 って、たった一言だけ。


 だけど、ちっとも「よろしく」なんて顔はしてなくて、憂鬱そうにすぐに立ち去って行ってしまった。

 一体、彼はこの時、何を思っていたんだろう。


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