わがままな隠し事
雨が降り続く、ある朝のこと。
「……ねえ、月葉」
「なに?」
こんな天気の中、大学のために家を出ようとするそらが、突然声をかけてきた。
「あのさ……紙、見てない?」
その言葉に、頭が真っ白になる。
「――かみ?」
「そう。A4のやつなんだけど……落としちゃったみたいで。見てないかな、って思ったんだけど。知らない?」
間違いない。わたしがついこの間拾った、留学案内だ。
そう分かっているのに、首を横に振る。
「ごめん、知らない」
そらの探し物を隠すなんて、なんて意地悪なんだろう。あれは早くそらに返すべきなのに。わたしが持っていていいものじゃないはずなのに。
そう分かっていても、なぜかあの紙をどうしたらいいのか、決めきれなくて。
わたしは、嘘をついてしまう。
「そっか……分かった。行ってきます」
わたしの演技に気づかなかったのか、それとも気づいていて見逃してくれているのか。それは、分からない。けれど、一つだけ分かっていることがある。
そらは決して、わたしに「本当に知らないの?」なんて問い詰めてきたりはしない。わたしの言葉を、そのまま受け止めてくれる。本当か嘘かを考えて、疑ってはいるかもしれないけれど、それを伝えてくることはない。
優しいそらに、甘えているのは重々承知だ。
「行ってらっしゃい」
今日の見送りのキスは、なんだか苦い味がした。
リビングで窓の外を眺めながら一人、考えていた。
「なんでそらが留学したがってるっていうのが、嫌なんだろう……」
あの紙を見つけた後、時間を置いて考えた。あの混乱の理由を。案内を自室に持ち帰ってしまったわけを。
そしてたどり着いた結論が、そらに留学してほしくないからだ、ということだった。
じゃあ、それはどうしてなのか。
分からない。
窓の外から響く雨音が、思考をかき乱そうとしている。
空っぽの鳥かごが目に入って、こんな天気じゃメロディは空を飛べないんじゃないか、なんて思って。
こんなとき、メロディがいてくれたらな、と呟いた。
今まで、なにか一人で悩んでいることがあれば、メロディに語りかけて相談していたのに。嬉しいことも悲しいことも、逐一報告していたのに。一緒に歌って遊んだこともあったのに。
「一人じゃ寂しいよ、メロディ」
思わず口に出して、その言葉にはっとした。
そうだ、寂しいからだ。
そらの留学が嫌な理由は、三か月間わたしが一人ぼっちになることが嫌だからだ。
本当に、自分勝手だ。そんな自分の感情には蓋をして、留学に行ってくればいいとそらに言うべきだろう。どう考えたって、それが正しい。
でも……でも、一人には、独りにはなりたくない。
――いま、みたいに。
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