知っているから
風に湿気が混ざり始めて、梅雨がすぐそこに来ていることを知らせている。
けれど、空は綺麗に晴れ渡っている。わたしの気持ちをそのまま映したかのように。
「就活終わったーっ!」
自室の中で小躍りして、スマホを取り出すと真っ先にそら宛てのメールを打ち始めた。就活終了の報告、どんな会社に就くことになったのか……そんな内容だ。
――送信。
スマホを机の上においても、感情の高ぶりは止まらない。どんなに抑えようとしたって口角が上がり、笑い声があふれ出す。嬉しくてたまらなくて、自室を出てリビングへと駆け出した。
「メロディ、仕事が決まったよ!」
言ってから、窓辺に吊り下げられた空っぽの鳥かごが目に入った。体の芯が一気に冷え、ふわふわとしていた気持ちはどこかへ行ってしまう。
「……そうだ、逃げちゃったんだった」
そらが家にいないときは、メロディに話しかける。その習慣はまだ抜けきっていないみたいだ。仕方がないとは思うけれど、これにも慣れなきゃいけないんだよな。
でも、そんなこと、できる気がしない。
今日も、窓を思い切り開けて、小鳥の姿を探す。
やっぱり、どこにも見当たらない。
分かっている。多分、メロディは帰ってこない。
小鳥を飼うにあたっていろいろ調べた時にも、外には放してはいけない、と書かれていたのを何度も見た。外の環境に敏感で、家の場所がどこか分からなくなってしまうから、ということらしい。いや、それ以前に、人に馴れた鳥が自然の中で生きていけるとも思えない。もしかしたら、わたしたちの知らないところでもう、息絶えているかもしれないのだ。
それでも、戻ってきてほしいと願っている自分がいる。
窓を閉めて、一つため息をついて。
音楽でも聴いて気を紛らわせようと思い、自室に戻る。そして、スマホを手に取った、その時。
通知が、一件。そらからだ。
胸がときめく。深呼吸をして、メールを開くと。
そこにあったのは、祝福の言葉。わたし以上に就活が終わったことを喜び、一字一句に気持ちを込めて送ってきたことが分かるくらい、あたたかなメッセージだった。
そらが恋人でよかった、と心から思える瞬間。
こんな風に、相手にそっと寄り添えるそらのことが、わたしは大好きだ。これまでも、今も、これからも。
「――ありがとう、そら」
自然とこぼれ落ちていく言葉を、ゆっくりと拾い上げ、スマホに打ち込んで、そっと送り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます