ことりの帰る、その場所は
秋本そら
小鳥は何処へ
「はい、
「はーい」
二枚の紙切れにシャチハタを押し付ければ、朱色に染まった「秋汐」の文字が浮かび上がる。伝票を渡し、そのまま荷物を受け取った。
「はい、ありがとうございますー。そういえば秋汐さん、飼ってる小鳥はいなくなっちゃったんですか?」
さらっと投げかけられた問いに、「目を離したすきに逃げちゃって」と答えつつ、どうしてそんなことを訊いたのか、尋ねてみた。
「ああ、不審がらせてすみません。ここのおうちはいつも小鳥の声が聞こえますから。その声にちょっと癒されてたんで……今日は鳴き声が聞こえないなと思って、つい。見つかるといいですね」
「ありがとうございます。では」
「はーい、失礼しまーす」
郵便配達員がいなくなるのを確認して、玄関の戸を閉める。鍵をかけて、リビングに向かうと、荷物をどさっと床に下ろした。
そら宛てのものは、段ボール箱。実家からの仕送りらしい。とりあえず、そらの荷物はここに置いておいていいだろう。わたし宛のものは、ネット通販で頼んだ、ちょっといいウイスキー。これはダイニングキッチンに持って行こうか。
そんなことを考えながら、窓辺に吊り下げられた、空っぽの鳥かごを見上げる。
この小さな家の主――メロディがいなくなったのは、数日前のことだ。
夜に就活から帰ってきたら、先に帰宅していたそらに「ごめん……」と謝られたのだ。
「ベランダに出ようと思って窓を開けたら……餌をやった時にちゃんとかごを閉められてなかったみたいで、メロディが逃げちゃったんだ……」
もちろん逃げてしまったものは仕方がないから、とそらを咎めることはしなかった。
けれど、そらはやけに申し訳なさそうにしていたな、なんてことを思い出した。
もしかしたら、メロディが飼育放棄された小鳥であったことを気にしているのかもしれない、と思った。
前の飼い主に捨てられて怪我をしているメロディを拾い(飼い鳥だと分かったのは、古ぼけ色褪せた水色のリボンが足に結び付けられていたからだった)、動物病院に連れて行ったのは、そらだったから。この子がかわいそう、と泣いていたから。絶対にこの子を幸せにする、怪我なんてもうさせない、と言っていたから。だから、そらは――。
「……メロディ、戻ってきたり、しないかなあ」
呟いて、窓を開けてみる。五月の風が吹き込んできて、潮の香りが漂う昼下がり。ここから海は見えないが、少し離れたところにある山ならよく見える。けれど、小鳥の姿は見渡す限りなかった。特に、古ぼけ色褪せた水色のリボンを付けた鳥は。
「ただいまー」
夕飯の準備中に、そらの声が聞こえた。作業をいったん中断し、手を洗う。そして、ダイニングキッチンにやってきたそらを迎える。
「おかえり」
「ただいま」
そっと軽く、唇を合わせる。ちょっとくすぐったくてあったかい、一瞬の幸せ。
「そら、実家から仕送り来てたよ。リビングに置いといた」
「ありがと、月葉。なにか手伝う?」
髪を揺らしてこてりと首を傾げるそらに、今は大丈夫だと答えを返した。まな板にもう一度向かい合い、夕飯の材料を包丁で切っていく。
ふと顔をあげると、そらはダイニングテーブルで課題に取り組んでいた。教科書には『図書館概論』の文字。そういえば、大学二年生になったから司書資格のための講義を取り始めた、と言っていたっけ。わたしも何か資格を取っとけばよかったかなあ、と思うけど、大学四年になった今ではもう遅すぎる。出来ることは、就活を頑張ることと、そらのことを応援することくらいだ。
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