if... 自殺少年と世界線の章とエピソード
@SchwarzeKatzeSince2018
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僕は学校の屋上、フェンスを乗り越えて重力に身を委ねた。
恐らく、僕の勝ちだ。話しかけてきた男の残念そうな顔がゆっくりと見える。
五階建ての校舎の屋上から身を委ねた僕の身体は、まるで時がスローモーションになったかのように。ゆっくりと五階、四階と校舎のガラスに僕の姿を映し出す。
死の間際。
時間が延びると言うけれど、それかもしれない。
走馬燈。
それかも知れない。頭の中に今までの記憶がたたき込まれる。
もう忘れていたはずの生まれたときに見た、父の顔と母の顔。母に抱かれて温かかった温もり。幼馴染みだった女の子の笑顔。友人とバカやってた記憶。
まったく。
死の間際に優しい記憶だけが過ぎるなんて。
神様が居るのであれば。
こんな時に見せなくてもいいのになんて、恨みをぶつけたくなる。
そして。
僕の身体は、地面に溶けていった。
------
僕は学校の屋上に居る。
高校の三年間。僕は卒業式の日を選んだ。
この学校とも。
くだらなかった十八年間とも。
僕は卒業する。……そう、僕は死に場所をここに選んだのだった。
高校生活で受けたイジメ。それに併せて成績の低下。受験の失敗。
就職の失敗。親子の不仲。
僕はもう生きる希望を無くしてしまったのだ。
ただそれだけ。
世界からこのちっぽけな僕が居なくなるだけなのだから。
現在では約百億人になった人口の一雫でしかないのだから。
僕がこの世界から居なくなって嘆く人はいるか? ……ひょっとしたらいるかも知れない。幼なじみのあの子とか。不仲な両親ももしかしたら。昔仲良かった友達も……。
でも、生きていればきっと記憶は風化していき、僕の事なんて忘れるだろう。きっと、僕が居なくなれば、世界の歯車は円滑に回るんじゃないか。そうとさえも思えてしまう。
結局の所、死ぬ理由なんてちっぽけなのかも知れない。
でも、僕にとってはそれはとても大きい。
生きていくだけでも辛いのだから。
生き地獄なのだから。
生きてるだけで、針の筵を着せられているような。そんな心の痛さがあるのだから。
結局なんだろう。
自殺に理由なんて必要なのだろうか?
強いて言うなら、生きていくことに絶望した。
ただそれだけだ。
もしも、イジメが無く、希望の大学に入れたら?
もしも、両親と仲が良かったら?
もしも、心の支えになってくれるような友達が居たら?
もしも、彼女なんて居たら……。
もしも、もしも……。
この現状は変わったのだろうか?
……分からない。
もう、御託はもういい。
僕はこの世から消えることを望んだ。ただそれだけなのだから。
僕はフェンスに上ろうとした。
その時にふと見知らぬ声がかかった。
「お兄さん。これからどうするんだい?」
僕は困惑した。さっきまで誰もいなかったはずなのに。
風貌は僕の父ぐらいの年齢……だろうか? 白衣を着た科学の先生の様にも見える。
けど、ここは学校。こんな教師なんて知らないし、ましては学校の生徒であるはずもない。
卒業式にこんな不審者を入れる学校の警戒態勢を疑ってしまう。
僕はしばらくその白衣を着たおじさんを見つめていた。
しばしの沈黙を切り、僕はおじさんに話しかける。
「誰?」
「名乗っても、すぐに忘れるでしょう。それよりも先の質問には答えてくれないのかな?」
「……」
「言いたくないなら良いさ。君は自殺をしようとしてるんだろ?」
「!?」
「おっと失礼。見透かしたようで失礼した。私は君に選択を与えにここに来たんだよ」
「選……択……?」
「そう、選択さ。そこから飛び降りるか、私の作った『人生リセットボタン』を押すか。それとも、ここで生きる選択をするか。どうだい?」
「『人生リセットボタン』?」
「うんうん、興味を持ってくれて嬉しいよ。このボタンは君の人生をはじめっからやり直すことが出来るボタンさ」
「人……生……のやり直し?」
「そうそう、君の人生をやり直すボタンさ。君の十八年ちょっとを遡る。いわゆるタイムリープだよ」
「タイム……リープ?」
「うんうん、でもちょっと仕組みがあってね。代償に君の今ある記憶は抹消されるから」
「……」
「どうだい? 死ぬかボタンを押すか、はたまたここで踏み止まるか。……まあ、三つぐらいかな? 選択は。どうする?」
僕は困惑した。
正直、おじさんの言うことの中身はほとんど理解できない。
でも、僕はここで自殺しなくてもいい方法を一つ提示してくれた。
『人生リセットボタン』
今の馬鹿げた人生をリセットしてやり直す。さっき考えてた『もしも』が変わる可能性だってある。そう、自殺しなくて良い未来に変えることが出来るかも知れない。
……いや。
よく考えろ。
『今の記憶は抹消される』
さっき考えていた『もしも』を変えることで出来る可能性はあるのだろうか?
否。
きっと、僕が僕であるように。
きっと、僕は同じ行動をするだろう。
そして、このおじさんのリセットスイッチ。
もしかすると。
もしかすると、過去の僕が居て、僕はすでに押しているのかも知れない。
ネットで昔話題になった話に似ている。
スイッチを押すと時間の狭間に閉じこめられて、苦痛を強いられる代わりにご褒美が貰える。そして時間の狭間に居た記憶は抹消される。褒美ほしさに苦痛を忘れて押し続ける話。
もしかしたら、僕もそのループに入っているのかも知れない。
そう考えると、このおじさんのスイッチはその危険をはらんでいる。
そうなれば、僕の答えは決まりだ。
僕はおじさんを横目にフェンスに勢い良く上った。
------
「また自殺を選びましたね。教授」
「あぁ……これで何回目だ?」
「丁度二百回目です」
「そうか……」
「結局、何回演算しても、同じ行動をとり、同じ結末をたどりますね」
「……リトライの準備を」
「……分かりました」
私の研究所。
私は並行世界、パラレルワールドの立証しようと研究を続けている。
ここの設備は世界屈指の脳科学AI設備を有している。
昔から脳科学の研究は盛んに行われ、脳の電気信号で義手が出来るようになれば画期的な発展と四半世紀前には、言われたものだった。
だが、今の現代。
人の脳を高速量子コンピューターの演算能力と、バイオ記憶装置の躍進によって、そのまま取り込めるようになったのだ。
その最先端が私の研究所であり、四半世紀前の科学者が見たら絶句するだろう。
それはさておき、そんな装置とパラレルワールドがどう関係あるのか?
実は大ありで、一人の人生をやり直す事で変化が起きるかを研究している。
もし。
もしも。
ifが存在するので有れば。
この少年は別の選択肢で動くのではないか。別の選択肢で生きるのではないか。それを検証している。
しかし。
現在の所、記念すべき二百回を迎えたが、少年の自殺する運命も変えられず、我々が記憶の改竄して作った『人生リセットボタン』も押そうとしない。
もしかすると、人間は。生命は。生まれたときから、どのように生きるかプログラムでもされているのかも知れない。
私はもう一度、演算結果を待った。
・・・・・・
「結果。三百回目。少年は自殺を選びました」
「そう……か」
「……リトライ、準備します」
この結果を受け、私は並行世界が存在するかに疑問を持ち始めた。
この少年は……自殺するようにプログラムでもされているかのように。
私もこの少年と同じく、生命のプログラミングを施されているのだろうか。この少年の様に……延々とこの残酷な実験を繰り返すようなプログラムを……。
「なぁ。君は自殺するように命令でもされたのかい?」
私はバイオ記憶装置に接続されている、五年前に学校で自殺した少年の脳に、ガラス越しに話しかけた。
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