第33話 騎士科編:学院2年生秋⑦乱戦終盤
残りが7人になったところで、ピタッと攻撃が止んだ。
各々肩で息をしながら周りを警戒し、攻撃を仕掛けるかどうか決めかねているようだ。
(あと2人落とせばいいんだよね、誰を落とそうかな。
.......。キファー先輩は、どうするのかな?)
チラッと、アリスンはキファーをうかがい見た。
キファーは、大剣を肩に担いでまっすぐ前だけを見ている。
向かってくるものを単純に叩き潰す戦法をとるようだ。
この後はひたすら待つっぽい。何も考えてなさそうである。
(うーん、私はどうしようかなぁ....。適当に2人選んで落としてこようかなぁ...。)
アリスンは、グルリと残りの5人を観察した。
(!?)
アリスンは、視界の先であるものを発見した。
そこで、すかさずキファーに提案する。
「先輩、先輩っ!
残りが少なくなってきたので離れて戦いませんか?
近くで戦ってると、とばっちりを受ける可能性も否めませんよね?
ワタシ、ミギにイキマス。マエ、シツレイシマスネ。」
アリスンは、挙動不審にならないように冷静な態度を心がけながらキファーの前を通って右へ移動し始めた。
移動しながらも左側のあるものに意識を向けて進む。
(これでキファー先輩が、多分1人やっつけるでしょう。
私は移動しながら始めに会った人を落とせばいいよね!)
トコトコと反時計周りに進みながら、不運な橙色のマントの5年生を落とすことにした。
(ごめんなさい、貴方に恨みはありませんがここで負けてください。)
その先輩は、スタスタと淡々と近づいてくるアリスンに慄いて、思わず『タァっ!!』っと先に攻撃を仕掛けてしまった。
アリスンは、怯むことなく流れるように
避けたことで剣が空を斬り、前方に先輩の重心がズレたところを利用してアリスンは右足を鞭のようにしならせて思いっきり顎を蹴り上げた。
スパーンっ!!!
『ぐふぉっ!!』
カウンター攻撃で威力が増した攻撃が見事にきまり、先輩は後ろに反り返りながら体がふわっと浮き上がり、数メートル後方に吹っ飛んだ。
意識がもうなかったのか受け身も取れずに、ズダンと大きな音を立てて頭から床に落ちてしまった。
(はっ、やばい!頭の打ちどころが悪かったら死んじゃう案件っ!?)
アリスンは慌てて駆け寄り、こっそり頭に回復呪文をかけた。
先輩の頭を膝に乗せ、上から覆い被さり後頭部に添えた手から回復を試みる。
回復中の光をなるべく見せないように慎重に行使したので、側から見れば介抱しているように見えるはずである。
う、....うー..ん...。と先輩の意識が浮上したので、タイミングを図って舞台から転がし落とした。
今度はちゃんと受け身を取って落ちていった。安心である。
これで残り1人。
アリスンは、シャムシールをカチャンっと、鞘にしまった。
もう自分は戦わないで本戦に進めると確信したからである。
アリスンは、左側のあるものに意識を向けながらキファーをひたすら見つめる。
穴があくほど凝視した。
(多分、私がキファー先輩を見てれば勝手に戦況が動くはず。さぁ、今がやりどきですよっ!)
アリスンは、心の中でウキウキワクワクと期待をしつつ見つめる。
その楽しそうな気持ちが溢れ出してしまい、見るものが見れば恋してるように見えなくもなかった。
そして、その様子を見て勘違いした左側のある
『キファー・メルゲルク!!
お前っ!俺と勝負をしろっ!
ベラルフォンとどういう仲だ!?』
(おぉっ、やっぱり動いたね!!
ジャンガリアン?ジャノアスター?ジャンドレーク?ハムスターでも、宗教でもなくて....。
名前、なんだっけ?)
アリスンは、また名前を忘れた。
どうしようもない元賢者である。人格は覚えていても、脳のデキは毎回違う。
今世は、どうも人の名前が覚えられない病気に羅患しているみたいだった。
キファーは、ゆっくりと大剣を肩からおろして、下段に構えながら答える。
「えーっと。
アリスンとの関係??今、大事ですかね?
...必要ですか...。そうですか....。
ん〜〜、単なる知り合いの後輩です。それ以上でもそれ以下でもないですね。強いて言えばライバル??
これでいいですか?
じゃあ先輩どうぞかかってきてください。」
キファーは、質問の意味が分からなかったがとりあえず腰を落として戦闘体制をとった。
1人脱落させなきゃいけないのは確定事項なので、考えることを放棄し煮え切らない気持ちをペイっと捨てて、まず戦うことに集中した。脳筋万歳である。
ハムスター男が、バスターソードを横に構えながら走り込んでいく。
ダダダダダダ ダダンっ!
ガキンッ ガキンッ ガガっ!
キファーは難なく大剣を右へ左へ動かし、攻撃を受ける。
小さく体の線も細いキファーが、大剣を使う姿は何度見てもアンバランスだ。
キファーは剣の長いリーチを使って、うまく相手を懐に入れさせない神業を披露し続ける。
「..くっ、流石2年からずっと首席なだけあるな...。
だが、俺も六年の
「先輩、陸席なんですね?そうですか....。」
キファーは、驚きもせず涼しい顔で、攻撃を受け続ける。
一切重さを感じさせないしなやかな動きで、まるで大剣がダンボール製みたいだ。
「お、お前っ!俺の名前を知らないのか?!俺は、ジャン・ガルアーノだぁぁぁぁっ!!!」
ガルアーノが、思いっきり気合を入れて剣を斜め上に振り切る。
重い一撃だったはずだが、キファーは即座に飛び跳ね体を浮かせることで、攻撃を受け流すことに成功した。
「おおっと!まともに受けてたら危なかったです。えーっと、ガルアーノ先輩??力が強いんですね。
でも、俺、先輩を怒らせるようなことした覚えがないんですが....?」
キンっ キンっ キンキンっ....
ガキンッ ガガっ キンキンっ.......
2人は、会話をしながら打ち合いを続ける。
キファーは、全く息もきらせずに飄々と相対する。
足元は、ほとんど動かさずに最小の動きでかわし続けた。
対して、ガルアーノは間合いに入ろうとキファーの周りをぐるぐる回りながら緩急をつけて攻撃を続けている。
根性があるらしく、息はだいぶ前から上がっているが攻撃を緩めることはない。
「俺は、ベラルフォンにっ求婚....したっ!だが、ベラルフォンはお前がっ..好きらしいっ!お前にっ勝てば、...受けて...くれるっと.....言ったっ!!」
「「!?!?!?」」
(いってな〜いっ!!曖昧にしたよね?
好きなのか?って聞かれても同意してないよね!?
キファー先輩に勝っても、結婚しないよ!?)
アリスンは、極度の驚きで目玉が飛び出そうになった。
キファーのほうは、とにかくびっくりした。
何にびっくりしたのか、自分でもわからないくらい驚いた。
「.....えっ。」
思わずガルアーノの攻撃を受け損ね、間合いに入られた。
「くそっ!」
キファーは、初めて焦りを見せた。
その隙にガルアーノは近づいてバスターソードを奮った。
「これで俺の勝ちだぁぁぁっ!!」
ガルアーノは勝利を確信した。
最小の動きでキファーの右横腹に
(ヤベェっ!!)
キファーは、咄嗟に右手だけを剣から離し、右脇を締める体制をとった。
鋼鉄のガントレットの右前腕部で剣を受ける為だ。
腰を落として衝撃に備える。
ガッキーーンっ!!
うまく籠手部分で剣を受けた。
普通なら吹っ飛ぶような衝撃だったはずなのに、キファーは岩の如くピクリとも動かなかった。
それもそのはず、キファーは無意識に魔素を取り込み身体強化を完璧にしたのである。
(うわぁ、変人がさらに変人になったよ。
身体強化完璧に使ってる....。どんどんおかしな野生児になってる...。)
アリスンは、感動よりも驚きがまさって、若干引いた。
有効な打撃にはならなかったので試合をそのまま続行される。
さらに驚くことに、キファーは左手一本で大剣を支えるだけでなく攻撃まで繰り出した。
右手はガルアーノの剣を受けた状態のまま、左手だけで大剣を扱い、的確にガルアーノの右脇腹に一撃を入れた。
見ていたものは、小さな体格の男が左手一本で軽々と水平斬りをしたように見えた。
実際には、左手、右手、両足にしっかり身体強化をかけて技を繰り出していたのだが、シュッテガルトの人たちには魔素が見えないので驚愕な事態になっていた。
固唾を呑んで、シンと鎮まってしまった。
舞台の上では、首を捻って『?』の状態のキファーと、脇腹を押さえて体を丸めてグヌヌと唸ってるガルアーノだけが動いていた。
キファーは、手をグーパーグーパーしながら思案する。
(片手だけで剣を振るったのにも関わらずさほど重さが感じられなかった。それどころか両手使いの時と同じ....いや、ひょっとするといつもより軽く振るえた?)
キファーは不思議な事態に理解が及ばなかった。
しばらくすると、放心状態から戻った先生がコールした。
『ジャン・ガルアーノ脱落!!これにて乱戦を終わりにする!』
試合終了の声が、闘技場全体に響き渡ったことを皮切りに、わぁっと歓声が上がって再び熱気に包まれた。
キファーは、ガルアーノに手を差し伸べる。
「えーっと、勝っちゃってすいません?大丈夫ですか?
...えっと、えっと....。
俺は、アリスンのこと何とも思ってないので...はい。
頑張って?ください。」
キファーは、なんとも言えない気持ちで、ガルアーノを引き起こしながら慰めてるのかなんなのかわからない発言をした。
「........。いいんだ、負けは負けだ...。
チャンスを物にできなかった俺の実力不足だ。
ベラルフォンのことは、....お前に勝てるまで諦める。
だがっ!卒業まで何度でもっ!
メルゲルク、お前に勝負を挑むっ!!
そして、もう一度求婚をするっ!!」
ガルアーノは、暑苦しい執着をアリスンからキファーに変えたようである。
アリスンは、色々勘違いされてモヤモヤしていたが、ハムスター先輩の矛先がこれからずっとキファー先輩に向かうことを素直に喜んだ。
キファーは、ガルアーノの謎の圧にウッとなり顔が引き攣ったが、後輩として「....受けて立ちます。」と一言だけ返した。
キファーは、キョロキョロ周りを見渡し、アリスンを捕捉した。
ズンズンと大剣を肩に担ぎながら眉間に皺を寄せてアリスンに近づいた。
(おおっと、キファー先輩が来るよ!?どういう心境?私が先輩を好きだと勘違いしてるわけじゃなさそうだけども...。どうしよう?逃げる?受けて立つ?)
アリスンは、キファーのムカムカ苛立っている様子を見て、まわれー右っ!をした。
逃げるが勝ちである。
くるんっ!!
しかし、すぐに肩を掴まれ逃げれなかった。
グワッシ! ぎゅーっ....。 ....ギリギリギリギリ....
『....どこへ行く...?』
キファーは腹の底から低い声を出した。
アリスンは、ははっと乾いた笑いを漏らし頬をピクピクさせながら振り向いた。
「..いやだな〜、キファー先輩!
いつものソプラノボイスはどこに置いてきたんですか?テノールボイスは似合わないですよぉ〜。」
「お前...わかってて俺の前をわ・ざ・わ・ざ・通って反対に移動したな....。
俺は、関係ないのに理不尽な迷惑を被った。いや、現在進行形で卒業までの迷惑を被った!
お前、あの男になんて言ったんだ??
俺が好きなんて言ってないんだろう。きっと奴の勘違いだ。
なんて言って、俺を人身御供にしたんだ?」
見た目が天使のキファーが、地獄の閻魔様になったかのように黒い笑顔でアリスンを凄む。
(きゃー!!怖すぎる〜。ギャップが酷くて、逆に恐ろしい〜ぃ!)
「えっとですね、結婚は考えられないときちんと断りました!意思表示は大事ですよね!?それはもう、ハキハキと断りました!
ですが、どうしてそうなったのか覚えてないんですが.....諦めないって言われて....。
それでですね、えーっと...メルゲルク先輩くらい将来性がある人なら考えると言いました....。」
アリスンは、しっかりと断ったことを強調しつつ、尻つぼみに事実を伝えた。
「...ふ〜ん...。
で? なんでオレの名前を出したんだ? ん?名前を出す必要性がないよなぁ?どうなんだ?」
「...............。」
アリスンは口をつぐんだ。
しかし、キファーの圧によって、ジリジリと頭のてっぺんが焼き焦がされてアリスンは屈した。
『ず..みばせんっでした〜!!』
「めんどくさくて解放されたくて、先輩の名前を出しました!でも、先輩強いでしょ?ねっ?ねっ?」
アリスンは素直に謝った。
そして全力でゴマをすった。スリスリ
「お前っ!本当に反省してるのか!?....ったく。
まあいい、貸し一つだからなっ!
動揺しすぎて負けそうになったじゃないか...全く...。また本戦に行けなかったら貸しどころの話じゃねぇぞ。」
キファーは、ブツブツ言いながら去っていった。
アリスンは、ホッとしたが驚愕な事実に気づいた。
(あれ?ハムスター先輩が言ったことってどのくらいの距離の人まで聞こえたんだろう!?私が求婚されたこととか、私がキファー先輩が好きだという謝った情報ってどこまで聞かれてるのぉぉ?!
とう様聞いてないよね?聞かれてたら、とう様のことだから婚約打診しちゃうかも??まずいじゃーん!キファー先輩が、どうか嫡男でありますように!婿に来れませんように!)
アリスンは、神に祈った。
自分の気持ちは棚に上げといて、相手には愛されたいわがまま願望を持っていた。
だって、自分は愛だの恋だのできないたちだから、せめて愛されたいじゃ〜んっ!っと。
どうなる?アリスンの婿問題!?
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