森育ちの少年は私に笑顔をくれる
@kazuwako
ある日起きた奇跡
1.出会い
私の名前は寺川真琴。森横中学校の1−4、19番。もう12月で、
「冬休みなにする?」
と、周りのクラスメイトが話している。みんなが話す中、私は1人で座っていた。
だって私には、友達がいないから。
小学生だったころは、とても仲のよい友達がいた。でも、卒業式が終わった次の日、引っ越しが決まったのだ。だから、同じ中学校に行けなかったのだ。他に友達がいなかった私は、中学生になってから、誰とも話すことが出来なかった。
下校中私は、独り言をつぶやいた。
「どうして友達が出来ないの…。」
そんなことは分かりきっている。趣味は読書で、笑顔はほぼ見せず、近寄りがたいオーラを出してしまっているからだ。それに、あいにく私の家は、山の近く。他の人はだいたい山から遠い場所に住んでいるため、仮に友達がいても、一緒に遊んだり、登下校したりは難しい。
家に近づくにつれ、登り坂が増えてくる。私は、白い息を吐きながら、ゆっくりと歩いていた。降り積もった雪は足場を悪くし、私の邪魔をしてくる。
「はぁ、疲れた…。雪は朝のうちに止んだのに、積もった雪で歩きにくい。」
今日は少し荷物が重く、疲れてしまった。私はベンチの雪をはらい、そこに座った。
(こんなとき、友達がいたら、休憩中も楽しいんだろうな…。)
ふいにそう思い、また悲しくなってしまう。そんな気持ちを紛らわすように、ブンブンと頭を振る。
3分ほど休み、私は立ち上がった。
「そろそろ行こっかな。」
と、その時。
「ドサッ」
という音が聞こえた。
(今の音は?雪に突っ込んだような音。)
元気な子供が遊んでいるのかと思ったが、こんな山奥には人なんてほとんどいない。
私は、周りをよく見渡してみた。すると、驚きの光景を見てしまい、私は息を飲んだ。
(えっ?)
雪の中に、人が倒れているのだ。身長からして、私より少し幼い子だ。私は、慌ててその子のもとに駆け寄った。
「大丈夫!?」
その子は、長い赤色の髪が目立っていた。服は緑色のワンピースを着ていた。しかし、半袖の上、裸足だ。手袋や帽子のような、防寒着は1つも無かった。かなり苦しそうな表情をしている。額に手をやると、ヒンヤリとした感覚だった。
(この子を助けないと。)
私は、その子についている雪を払い、私の着ていた上着を着せた。
(見かけない子だな…。どこの子なんだろう?)
私は、頭をフル回転させたが、全く記憶になかった。だから、自分の家に運ぶことにした。
私は運動が苦手で、力も弱く、体力がないのだが、この子はとても軽く、とてもびっくりした。そのおかげで、すぐに家についた。
両親は仕事で夜まで帰ってこないため、私1人でなんとかするしかない。とりあえず、自分の部屋のベッドに寝かせた。体温計で計ったところ、体温は34.9℃。少し青ざめており、これはマズイと感じた。
私は、急いで暖房をつけ、温度を上げた。また、ヒーターをベッドに近づけ、カイロをその子に貼った。手を触ったところ、凍ったように冷たかったため、手袋をつけてあげた。
数分が経過し、その子の表情がようやく和らいだ。もう一度体温を計ると、35.9℃と、まだ低いが、さっきよりよくなった。
(よかった。)
最近あまり人と関わっていないため、忘れていたが、人助けというのはこんなにも気持ちいいのかと、改めて感じた。
それからまた数分が経過し、もう一度体温を計ろうとした時。
「うーん…。」
その子が、うっすらと目を開いた。
「だ、大丈夫?もう寒くない?」
その子は、目の前の景色に驚いたのか、ベッドから飛び上がった。そして、キョロキョロと辺りを見渡している。
そして私の方を見て、威嚇するようにうなった。
「ヴーッ…。」
「?…大丈夫?」
(どうして…?まるで動物のよう…。)
その子は、警戒するように私のことをジロジロと見た。
そして次の瞬間、飛びかかってきた。
「キャーッ!」
長く鋭い爪で、私の首をひっかこうとしてきた。
(このままじゃあ、私が…。)
自分の身に危機を感じ、とっさに手を出した。偶然にも、受け止めることが出来た。その子は一瞬硬直したが、必死に腕を振り、抵抗してくる。
(もしかして、寒さで体に何か起きたのかも…。)
そうなれば、私にはどうしようもない。そう思うとなんだか悲しくなって、ひとすじの涙がほほをつたった。
「ごめんね、何も出来なくて…。」
ふいに私は、そう言っていた。謝ったところで、何も変わらないのに。
しかし、その子に異変が起きた。暴れていた手を止め、初めて笑顔を見せたのだ。そして、私の手をぎゅっと握りしめた。
「えっ、どうしたの…?」
また何か起きたのかと、少し不安になったが、とてもリラックスしていたため、気にしないことにした。
2.森育ちの凛
そうこうしている間に、お母さんが帰ってきた。
「ただいまー。」
「あっ、お母さん。」
(そうだ、お母さんならこの子のことを知ってるかも。)
そう思い、お母さんに聞いてみた。
「お母さん、この子、誰だろう?」
「え?」
お母さんは、何か考えるような素振りを見せたが、答えた。
「ごめんね、分からないわ。」
「そっか…。」
しばしの沈黙の後、お母さんが言った。
「家の場所も分からないし、しばらくうちであずかった方がいいかも。」
「でもそうしたら、この子の家族が悲しむんじゃあ…。」
「家族なら引き取りにくるはずよ。」
(確かに、もし自分の家族がいなくなったら、私も必死に探すかも。)
「じゃあ、そうしよっかな。」
そして私は、その子と一緒に生活することになった。そう決意した時、その子はどこか嬉しそうな表情になった。
とりあえず、その子を私の部屋に連れていった。するとその子は、ハッとして何かを取り出し、私に渡した。
「何これ、手紙?」
開いてみると、こう書いてあった。
「我が子を助けてくださり、ありがとうございます。私は、様々な諸事情があったとはいえ、我が子を手放したことを後悔しております。もはや私には、親の資格がありません。この手紙を読んだあなたに、全てを託そうと思います。我が子を…凛《りん》を、どうかよろしくお願いします。」
「あなた、凛っていうのね。」
凛は、こくりとうなずいた。そして、私のことを信頼してくれたのか、初めて喋った。
「僕、凛。13歳。森で、育った。助けて、ありがとう。」
(喋ってくれた!ちょっとぎこちないけど…。森で育ったからかな?って、僕?13歳?)
「凛って、男の子で、私と同い年なの…?」
「うん。」
「えーっ!」
私は、思わず叫んでしまった。
(髪長いし、服はワンピースだし、背が低いから、幼い女の子だと思ってた。)
「凛、どうして髪を伸ばしてるの?」
凛は、ポカンとした顔で私を見た。
(そっか、森育ちだから、簡単な言葉しか知らないんだ。)
「髪、長い、なんで?」
私は、できるだけ分かりやすい言葉で言い直した。凛は分かってくれたようで、答えた。
「切れない。森だから。爪も同じ。」
「あ、そっか。森にはさみは無いよね。」
「はさみ?」
「はさみはね、えっと…。」
私は、引き出しからはさみを出し、見せた。
「これがはさみ。」
「へぇ〜。…あの。」
「なに?」
「切ってほしい。」
「うーん…。分かった。」
私は、お母さんにお願いしてみた。お母さんは快くOKしてくれて、凛の髪をチョキチョキと切った。爪切りで爪も切った。
「はい、切れたわよ。鏡を見てごらん。」
凛は、鏡を見た。一瞬驚いた素振りを見せたが、途端に笑顔を見せた。
「ありがとう。」
「え。」
不思議な気持ちがした。なんだか懐かしい、温かい気持ち。
3.クリスマスプレゼント
時がたち、あっという間にクリスマス。今日は家族でとある島にある、絶景スポットに行くの。もちろん、凛も一緒に。
車に揺られながら、私は凛に聞いた。
「凛、今日はすごく寒いけど、大丈夫?」
「大丈夫。そんなの気にならないよ。真琴と一緒だもん。」
この短期間のうちに凛は、言葉をほとんど覚えた。きっと、記憶力がいいのだろう。
「雪が積もっているから、もっとすごい絶景だと思うの。凛は?」
「僕もそう思う。雪がキラキラして、すっごくきれいだよ、きっと。」
「真琴、凛、港についたぞ。」
運転席に座るお父さんが言った。ここから船に乗って、島に行くらしい。
車から降りて、船が来るのを待つ間、私は凛に聞いてみた。
「凛って、森で育ったんだよね。森でどんな生活をしてたの?」
「えっと、木に登って木の実を採って、それを食べたりもしたけど、1番はやっぱり、動物たちと遊ぶのが楽しかったな。」
「例えば?」
「猪に乗って山を駆け回ったり、森の中にある湖で魚たちと泳いだり、あと、狩りもしたな。」
「狩り!?」
「うん。肉食動物は人間と違って、木の実とかを食べれないから、一緒に狩りをしたんだ。」
「楽しいの?」
「うん。みんなが喜んでくれるから。」
「そうなんだ。」
時間はあっという間で、もう船が来た。小さめの高速船のようだ。
「あっ、やった!速いやつだ!」
「僕は船初めて!早く乗ろっ!」
私と凛は、前から2番目の席に座った。そして船が進み出し、凛は窓から身を乗り出して言った。
「すごい、すごい!速い!真琴、見て!」
「凛、危ないよ。船から落ちたらどうするの。」
「あっ、ごめんごめん。」
凛は、ちゃんと座り、でも外の景色を見ていた。
(確かに、身を乗り出したいくらいのいい景色だけど。)
しばらくたち、アナウンスが鳴った。
「皆さん、ご乗船ありがとうございます。まもなく、南島に到着いたします。」
「凛、もうすぐだって。」
「いよいよだわ。」
前の席から、声が聞こえた。
(この声は…島原さん?)
島原蘭。私と同じクラスの女の子で、大の人気者。数え切れないほどの友達がいるらしい。
(島原さんも、絶景を見にいくのかな?)
「わあ、きれい。」
島原さんは、さっきの凛よりも、窓から身を乗り出した。
(危ないよ…。)
でも勇気が出ず、注意できない。おろおろとしていた、その時!
「キャッ!」
「島原さん!?」
私が慌てて前の席を見ると、島原さんの姿がなかった。
「まさか…。」
「前の人、落ちたの?」
凛が言った。私は、震える声でつぶやいた。
「う…うん…。たぶんだけど…。」
その途端、凛は窓を開け、海に飛び込んだ。
「凛!」
凛の姿は、見えなくなってしまった。
冷たい水が僕を包む。海は初めてだが、泳ぎ慣れているから、なんら違和感は無かった。
(声からして、真琴と同い年の女の子かな。)
僕は辺りを見渡した。でも、なかなか見つからない。
(絶対に助ける。僕が真琴にしてもらったように!)
すると、僕の目の前を、泡が上がっていった。僕は確信した。
(下か!)
予想通り、下に人がいた。僕は、その人の方に向かった。僕はその人を抱え、なんとか水面に顔を出した。
「君、大丈夫?」
「う、うぅ…。」
反応がある。どうやら無事なようで、僕は安堵の息をもらした。
「よかった、無事で。」
「あ、ありがとう…。」
「お礼なんていいよ。君、名前は?」
「蘭…。」
「僕は凛。蘭と一文字違いだね。」
「凛、どうして私のことを助けてくれたの?」
「僕も、助けられたんだ。真琴っていう人なんだけど、とっても優しくて、いい人なんだ。」
「えっ、寺川さんが?」
「知り合い?」
「同じクラスなの。寺川さんって、優しいのね。」
「もちろん。…そうだ、蘭も南島に行くんだよね?」
「うん。」
「そこまで泳いでいくからさ、どっちに南島があるか、教えてくれない?」
「いいよ。」
蘭は、ポケットから、何やら四角くて薄い板を出し、見つめていた。
「何それ?」
「えっ、スマホだよ。スマートフォン。」
「す、すまほ。また新しい物が…。」
「これ防水だから、濡れても大丈夫なの。えっと、南島は…あっち。」
「分かった。あ、手を離さないでよ。」
「もちろん。離したら沈んじゃうもの。」
僕は、島に向かって泳ぎだした。
「そういえば、ぼうすいって?」
「水に濡れても壊れないってこと。」
「それってすごいこと?」
「うん。機械は水で壊れやすいから。」
「きかい…。」
知らない言葉がどしどし出てくる。後で真琴に聞こう…。
私は無事に島についたが、凛と島原さんが見当たらない。
「凛…。どうして…。」
凛には島原さんのことは話してないし、会ったこともない。凛にとって見ず知らずの人を、自分の身を危険にさらしても助けようとした。凛は、とても勇気があるのだろう。
「凛、大丈夫かな…。」
私は、お母さんとお父さんに聞いた。
「きっと大丈夫よ。」
「そうだ。凛は強い子だからな。」
「うん…。」
すると、誰かの声が聞こえた。
「おーい!」
誰の声かはすぐに分かった。
「凛!」
凛が、こちらに向かって走ってきた。島原さんも一緒だった。
「凛、島原さん。よかった、無事で…。」
「えへへ、ごめん。驚かせちゃったかな…?」
「驚くどころじゃないよ!もうだめかと思ったよ。…無事でよかったけど。」
「…あの、寺川さん。」
島原さんが言った。
「景色を見に行くなら、私も一緒でいい?」
「えっ?…もちろん!」
「ありがとう!寺川さん…いや、真琴って優しいね。」
「あ、ありがとう、島原さん…いや、蘭。」
そして私たちは山を登った。頂上から見える景色は、言葉で言い表せないような美しさだった。
「きれい…。」
「僕、こんな景色初めて見た。」
どこまでも広がる青い海。島々には雪が積もり、光を反射して美しさを際立てている。
すると、蘭が言った。
「今日は最高。すごい景色を見れたし、新しい友達が出来た。」
「友達?」
「真琴と凛のこと。」
「えっ!?」
「僕も!?」
「もちろん。凛は私を助けてくれたし、真琴はとっても優しいし。」
「私が…。」
「それに真琴の笑顔を見ると、私も嬉しい気持ちになる。」
「私の笑顔…?」
(いつ笑ったんだろう…?)
思い出すことは出来なかった。凛が言った。
「いつも、だよ。」
私は、無意識的に笑顔になっていたのだ。それに気づき、なんだか嬉しくなって、また笑顔になった。
「真琴かわいい〜。」
「や、やめてよ蘭。恥ずかしい…。」
今日私は、人生で1番最高のクリスマスプレゼントをもらった。
4.別れ
冬休みが終わり、私は学校に行った。教室に入った時、蘭が言った。
「おはよ、真琴!」
「蘭、おはよう。」
すると、他のクラスメイトが私の方に来た。
「蘭から聞いたよ。すごく優しいんだってね。」
「それから、笑顔もきれいなんでしょ?」
「私たちとも仲良くしてくれない?」
思いもしなかった展開に、私の気分は最高になった。
「もっちろん!」
それからは、毎日が楽しいことづくしだった。友達と遊んだり、勉強を教え合ったり、休日はショッピングに行ったりもした。凛ともより仲良くなれて、前の生活が嘘のよう。
「ただいまー!」
「真琴、おかえり。」
「ねえ、今日は蘭と遊びに行くの!」
「今日も、でしょ?」
「そっか。…で、凛も一緒に遊ばない?」
「…いや、僕はいいや。」
「どうして?」
凛は、一瞬口をつぐんだが、言った。
「真琴はもう、友達がたくさん出来た。僕の役目は終わった。」
「どういうこと?役目って?」
「大したことじゃないよ。真琴はもう、幸せだよね?」
「確かに、幸せだけど…。」
「ならよかった。」
凛は柔らかな笑顔を見せ、ドアを開いて外に出て、走り出した。
「凛!待って!」
『追いかけないで。』
「えっ?」
直接聞こえた訳じゃない。心に響いてきた凛の声。
『真琴は幸せになった。だから、もう戻らないといけないんだ。』
「戻るって、どこに?」
『秘密。』
「いやだ、お別れなんて…。」
『悲しまないで。もう僕に構わず、蘭たちと仲良くして。もう僕のことは忘れて。』
「忘れない。」
私は、ハッキリと言った。
「凛との毎日は、絶対に忘れない。」
『ありがとう。じゃあもうお別れだ。さようなら。』
私は、涙を拭って言った。
「さようならー!凛、さようならー!」
そして、最後にこう聞こえた。
『いつかまた。』
5.いつまでも
あの時、凛に会ったから、私の人生は大きく変わった。私は大学を卒業し、今は環境保護の会社に入っている。
蘭とは今も仲良しだ。同じ会社で、同じ係を担当している。
「蘭、資料を作っておいて。」
「分かった。」
蘭がカタカタとキーボードをうち、画面に文字がうち込まれていく。
ふいに、蘭が言った。
「…凛のこと、覚えてる?」
「うん。忘れたことなんてないよ。」
あれから私は、一度も凛と会っていない。寂しい時もあるが、今の私には友達がいる。
でも、本当は、また一緒に話したり、出かけたりしたい。
すると、先輩が来て、言った。
「寺川、島原。今日から新しく入った新入社員が、君たちと同じ係の担当になった。」
「そうですか。」
「いろいろと、教えてやってほしい。じゃあ、こっちに来い。」
先輩が手招きをし、男の人が歩いてきた。赤い髪が目立っている。
「本日、この会社に入社しました、寺川凛です!」
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