第二章 第一話~新たな街へ~
「ううん……」
テントの外がほんのり明るくなった――といっても本当に微かなものだった。原因は上空を……いや、この星を覆っている分厚い紫色の雲のせいだ。そのせいで日中も大した明るさにならず、植物は育たず、暗い世界になってしまっている。けど、僕はなんとなくこの雲が好きだ。理由は、この雲を生み出したのが僕の母親だからだ。この世界の王で、この旅の終着点である真王から僕を見つけさせない為に星を覆った――らしい。言わばこの雲は母さんの遺産であり、母さんそのものという事。……この世界の人にとってはたまったもんじゃないんだけどね。
「よっこいっしょ! あ、おはようみんな!」
「………………」
テントから出て最初に挨拶をしてくれたのは、この旅のメンバーで紅一点の
ショートヘアに首元のマフラーを下ろしてニッと笑うと八重歯が見えた。どこか幼い雰囲気を出す彼女は、喉を潰され声が出なくなった「元」お笑い芸人だ。その後、自分と同じように宝を奪われ、笑顔が無くなった人の為に、またお笑いがしたいという願いから、「気持ちの昂りで竜巻を起こす
「ふん! ふん! お! おはよう!」
その奥では上半身裸になり、巻き割をしながら武術家の
引き締まった無駄のない筋肉をしており、胸元から腰に掛けて綺麗な五本傷がかかっている。なんでも、国外に出る際に、弟との一騎打ちでつけられた傷らしい。そして彼は両手足を宝物狩りで奪われ、機械仕掛けの義手であるSMLを取り付けている。そんな彼は「音の振動による衝撃波」を生み出すTREだ。
「ふい~~……」
そしてもう一人。オールバックの髪型に細身。上下黒色の、やたらとポケットの多い服で揃えているウンロン君だ。
彼は僕同様にこの世界の人間ではなく、
「今日も激しい戦いだったぜ……」
「え? 戦い?」
「気にするな。こっちの問題だ」
「「「???」」」
彼についてはまだわからないことが多い。そんなこんなしていると、朝食が完成し、僕ら4人は火を囲いながら朝食を取り始めた。今日の当番は音破で、彼の作る料理は塩分が多く、少ししょっぱい物が多い。献立は朝だというのに御飯炒めに野菜。元居た世界でいうところのチャーハンに近いかな? 名前こそ違うかもしれないけど、転移前の物と庇るものがあるみたいだ。そんな考察をしていると、隣のウンロン君が少し引きつった顔をしている。朝からチャーハンという重いものが苦手なのだろうか? だが旋笑の料理に比べたら大分マシだし、しょっぱいと言っても中々美味だ。
そして僕らは食事を開始し食べ始めた。
「さて、今日中にはビギーニングに着くな」
「だね。森も抜けたしもう少しだと思うよ」
ご飯を頬張りながら会話をし始める。やっと昨日森を抜け、見晴らしのいい道に出たし、街が見えてくるのも時間の問題だろう。
「次はどんな街なんだろうな?」
「そうだね。僕としては国王が友好的な人間だと信じたいけど……」
「まぁそれは無いだろうな」
前に聞いた旋笑と音破の話を聞く限り、笑いの国や武術の国と言った専門職の国ならば反真王な国王や国民達で、ノンビーヌラのように普通の街だったら真王支持の国王といった感じになるのだろうか。
となると、次に着くビギーニングは、ノンビーヌラのように特に特産も無ければ、これと言った専門職の街でもない普通の街らしいので、真王支持の国王と考えていた方がいいかな?
「戦闘は避けられないかなぁ……」
「かもしれない。が、こっちには俺に暗殺者、竜巻に隕石を呼べる鉄操までいるんだから、勝機は充分にある」
音破がそう言うと、旋笑が胸を張って任せろと言った表情を浮かべる。確かに破壊力抜群の旋笑と音破の能力に、現役の暗殺者のウンロン君がいるんだから大概の敵は倒せるだろう。だけど……
「僕は戦力になれるかちょっとわからないかな」
「は?」
僕のその言葉に疑問符を浮かべる旋笑と音破。僕は空になった食器を足元に置いた後、その理由を話し始めた。
「僕、前みたいな力が出てない気がするんだ」
「なんでだ? この前は山賊が乗っていた鉄の塊を動かしてたじゃないか。あれは少なくとも1tはあっただだろう?」
「うん。あそこまでは難なくできるんだけど、あれ以上の質量、そうだな……あれの百倍以上とかは多分無理だよ」
僕はさらに説明を続ける。
「実はこの前、こっそり1人で自分の能力の限界を探ろうとしてたんだ。隕石が呼べないかってね」
「お前ひとりでそんな危険なことしてたのか!?」
「だが隕石が来ていな所をみると……」
「うん。どれだけ力んでも、念じても、数時間粘ってみたけどできなかったんだ」
「へぇ~……」
その説明に旋笑と音破は顔をしかめながら原因を考えてくれ、ウンロン君は……我関せずといった様子でご飯を食べ進めている。数分間沈黙が続き、その間はウンロン君の咀嚼音のみが辺りに鳴り響いた。そして旋笑と音破は何かに気が付いたようで、ほぼ同時に口を開き、話し始めた。
「そういえば俺も能力に目覚めた時ほど能力が強くない気が……」
「え? そうなの? ん? 旋笑? 何?」
旋笑も足元に小枝を拾い上げて地面に何かを書き始める。
「ええっと……『ワイもや』だってよ」
「え? やっぱり二人とも?」
意外な新事実だ。竜巻に衝撃波もすでに強力な能力だというのに、TRE化した瞬間はもっと強かったというのか!?
「だとしたら何かしら原因があるな」
「そうだね。逆にそれさえわかれば……」
「俺達はもっと強くなれるね」
今後より凶悪で強力な敵と戦うとなると、力があるに越したことはない。一体何が原因なのだろうか?
「おい」
とここで今まで沈黙を貫いていたウンロン君が口を開く。まだ半分も朝食に手を付けていないけど、味の文句でも言うつもりなのかな?
「お前らTREはどうやって生まれたんだ?」
「生まれた? ああ、TRE化ね。僕らTREは基本的に『宝物』を奪われたりした時にTRE化するんだよ。厳密にいえば、『奪われた時の気持ちの爆発』が原因やな」
「俺だったら『真王を倒したい』。旋笑なら『また笑いの渦を巻き起こしたい』。鉄操なら『楽器を手元に戻し、壊した人間を殺したい』って具合だな」
「いや……もう答え言ってるだろ」
「「「???」」」
その言葉に首をかしげる僕ら3人。その様子を見て逆にあきれたような表情を浮かべるウンロン君は少し面倒くさそうに説明を開始した。
「何かしらの強い感情でお前らTRE化したんだろ? んで、お前らその時の感情で能力使ってるのか?」
「「「!!!」」」
ウンロン君のその言葉に僕らは顔を見合わせる。言われてみればそうだ! 僕らは感情の爆発でTRE化したんだから、平常時に能力を使ってもその時の力が出ないのは必然なのかもしれない! ということはその時の感情に近ければ近いほど能力が増すはずだ!
「俺だったら「敵をぶっ倒したい」か? でもそれはいつも思ってることだしなぁ……」
「音破は「家族に危害を加えた真王を倒したい」でしょ? なら「大切な人に危害を加えた敵を倒したい」とかじゃないかな?」
「お! かっこいいなそれ! 多分それで当たりだ!」
音破は正義感も強いし、いつだって僕らを助けてくれようとしてくれる心強い存在だから、比較的条件が優しいかもしれない。
「………………」
「旋笑は『笑いの渦を巻き起こしたい』だな」
「だけど、旋笑はちょくちょく攻撃威力が上がっているような気がするけど?」
「う~む。旋笑の場合は『人を笑顔にしたい』というよりは、とにかく気持ちが高揚したり、昂ったり、嬉しい事が起きたりすると威力が上がる感じか?」
「という事は、旋笑の事を思い切り喜ばせたりすればいいのかな?」
「旋笑を喜ばせる事ねぇ……。案外楽かもしれないけどな」
「え?」
「…………!!」
意味深にニヤケ面になって僕の顔と旋笑の顔を交互に見る音破。僕は何のことだか全くわからなかったけど、旋笑はその意味にいち早く気が付いたようで、顔を真っ赤にしながら音破の口元を抑えようと身を乗り出していた。
「ははは! 悪い悪い! さてと、最後は鉄操だな」
「うん。僕の場合は……『恨み』とか『人を殺したい』かなぁ」
「『手元に引き寄せたい』って可能性はないか?」
「それだったら隕石を呼びたい! って強く願った時に来ても良かったはずじゃない?」
「と、言う事はやっぱり……」
「そういうことだよね……」
なんとなく重い空気が辺りに流れ始める。さっきまで明かる気な雰囲気が流れていたというのに、僕のせいで台無しになってしまった。これは気まずいなぁ……。そんな中、スッと音破が立ち上がり、僕の横に座ると、肩を叩きながら笑顔で話し始める。
「まぁ無理することはねぇさ! 戦闘は俺に任せとけ! お前は無理せず援護でもしてくれや!」
「え?」
「つい一週間前までは普通の人間だったお前に過度な期待をし過ぎてたみたいだ。すまねぇ!」
「ありがとう音破……。ん? 何旋笑?」
「ええっと……『鉄操は今まで通りでワイらが守ってやるよ!』だってよ」
「だからそれ……普通は男の僕が言うセリフじゃ……」
「はっはっは! 気にすんな!」
重く暗い雰囲気から一転、今度は明るい雰囲気が僕らを包む。
「けっ! めでたい連中だぜ」
そんな中まるで空気を読まずにウンロン君が呟く。
「聞いたぜお前ら。そんな軽い気持ちのまんまで真王達に挑んでボロ負けしたんだろ?」
「「う……!」」
その鋭い指摘に僕ら三人は顔を引きつらせて黙り込んでしまった。
「なんだ女。おれに意見でもあるのか?」
「ええっと? 『だがワイらも一矢報いてやったで』だってよ」
「けっ! よくいうぜ。おれが来なきゃ全員死んでたか、今頃モルモットみたいな奴隷だったろ」
「「うっ……」」
その言葉に再び一同が苦虫を噛んだようなしかめ面になってしまった。確かに以前王宮では僕らは真王達にまるで歯が立たなかった。食い下がったと言えば、常に気を張っていた音破が真王達の目の前まで接近で来たってことと、我を失った僕が社尽王を殺したということ。
「励まし合いや元気をつけ合うのが悪いとは言わねぇ。だが楽天的になるのはどうかと思うぜ」
ウンロン君の言葉には説得力がある。確かに元気づけてもらったり、お互いを励まし合うのは良い事だけど、気の緩みや準備不足。楽観思考な事は危険な事だ。貴重なアドバイスだと受け取っておこう。
「そういえばウンロン」
「なんだ?」
「あんたの世界では能力者の事をTREって言わないでモンストロって言うんだろ?」
「そうだ。死ぬ寸前まで追い込こまれたり、極限の絶望を味わった人間がなる」
「あんたは?」
「は?」
「お前は何でモンストロになったんだ?」
音破の質問に顔を引きつらせるウンロン君。なにかまずい事でもあったのだろうか?
「ウンロン君? 大丈夫?」
「冷や汗が出てるぞ?」
「う、うるせぇ!」
そういうとウンロン君は立ち上がり、そそくさと歩き去ってしまう。
「おい。今の反応……」
「相当辛い過去があったんだね……」
「………………」
「そうだね……。この話は触れないでおこう」
「と、ともあれ! もうすぐ次の街だ!」
「だね! 気を引き締めて行こう!」
僕らはお互いを鼓舞し合い、士気を高める。果たして次の街ではどんなことが待ち受けているのやら……
朝食を終えて身支度を完了させると、僕らは再び歩き始めた。山賊から得た情報を頼りに歩き続ける事数時間。太陽の位置で今がどれくらいか計ろうとしても、空の分厚い雲によって太陽の位置なんてわかるはずもない。頼りになるのはこの腕時計だけ。時間は――丁度昼くらいか。結構歩いた甲斐もあって、道が人工的な道になってきた。
人工的なものと言っても、整備は殆どされておらず、辛うじてかつて馬や馬車などが通った形跡があるという程度だ。職が奪われたんだから、この道を使う事も減ったのだろう。とはいえ、やっとそれらしい道しるべを見つけられたので、高揚感が増して来た!
「もう少しで着きそうだね」
「だな! っと! 噂をすれば……」
音破が顎で進行方向を指す。その先の少し道から外れた場所には看板が倒れていた。
踏みつけられて凸凹になり、泥だらけの看板を立て直し、息を吹きかけながらぬぐってみると、その看板には――読めない。すると音破が「ビギーニングまであと5キロ」と書かれていると教えてくれた。
そしてその看板から歩いて一時間後。ついに街が見えてきた。
「おお! 見えてきたぞ!」
「………………!!」
「だね! いよいよだ!」
「おっしゃあ! まずは最初の街を攻略していこうか!」
「おれの世界に戻してもらうぜ」
僕らは自然と早歩きになり、ビギーニングへと向かって走り出した。
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