第一章 第十四話~それぞれの想い~
その日の夜。僕は寝付けないでいた。ラージオさんの全体を揺らすイビキがしたからだとかではなく、不安と緊張で目を閉じてもすぐに開いてしまう。
「ちょっと夜風に当たろうかな」
この世界にはテレビやラジオなんてものも無いし、小説や漫画といった娯楽も奪われてしまったらしい。当然スマホも無いし、やることが何もない……となれば夜風に当たるしかない。
僕はみんなを起こさないように体を起こしてバルコニーへと向かった。
「月明かりは無し……か」
夜になるとより一層暗みが増して一寸先も見えない。この街には街灯というものはなく、ならば月明かりを……と思っても空の分厚い紫色の雲によって月どころか星も見えない。
「風は吹いているみたいだし、とりあえずは気持ちがリフレッシュできるか」
僕は目を閉じて深呼吸をする。静寂の中、虫の音もしないし、聞こえるのは僕の呼吸音だけ……
『いい夜ですね』
「!?」
突如下の方から何者かの声がし、叫びそうになる声を押し殺してその場にしゃがみこんだ。だ、誰だ!? まさか憲兵!?
『ああ。すみませんね急に声をかけてしまって』
声の主は透き通ったクリアな声の男性で、声だけ聴いた印象は優しそうな人だ。ん? なんだかこの声を聞いたことがあるぞ? いつだったかな? つい最近聞いたような……
『どうだい? この世界の感じは?』
「!!」
そうだ! この声は僕をこの世界に寄越した張本人! 確か名前はメタスターシ・アルダポースさん! 姿は見えないが……いや、見てもわからないけど、この声は間違いない!
「あ、あの!」
『おおっと。声が大きい。もう少し小さな声で話そうか?』
「す、すみません……ってそんな事よりも今そちらに行きます!」
『いや、ここで話そう。変に出てくると憲兵に見つかってしまうよ?』
「そ、そんな……」
『ふふふ! 君と初めて話した時も声だけだったじゃないか。問題なくコミュニケーションは取れるよ』
メタスターシさんは笑いながら告げてきた。けど、僕としてはちゃんと面と向かってお話がしたかった。でもメタスターシさんの言う通りかもしれない。仮に憲兵に出くわしてしまった時、僕だけじゃなくてみんなにも危険が及ぶし、何より明日の作戦に支障が出てしまう。ここはメタスターシさんの提案の通り、この距離で話そう。
「ええっと……アルダポースさん?」
『メタスターシで良い。妹と被ってしまうからね』
「そうですか。それではメタスターシさん。この世界に飛ばしてくれた事、ラージオさんに会えとアドバイスをしてくれた事。僕に機会と助言をくださりありがとうございました」
僕は今言える最大限の感謝の意を述べ、暗闇な上に二階にいるから見えないだろうけど、自分の下ろせる限界まで頭を下げてメタスターシさんに伝えた。
『礼には及ばないよ。本当は転移した時から一緒に居てあげたかったけど……それに感謝は僕が言いたいくらいだ。よくぞこの世界に来てくれたね。ありがとう』
「え?」
逆に礼を言われて疑問符を浮かべた。なぜ礼を言われるんだ? 僕はメタスターシさんに感謝されるようなことはしてないんだけど?
「メタスターシさん? それはどう言った意味なんですか……?」
『深い意味はないよ。気にしないでくれ』
「は、はぁ……?」
イマイチちゃんとしない返答に首を傾げるが、まぁ特に重要そうでないので僕はそれ以上追求することなく受け流した。なぜなら僕はそれ以上に彼に聞きたい事があったのだから……
「メタスターシさん。お聞きしたいことがあります」
『なんだい?』
「メタスターシさんって……一体何者なんですか?」
『………………』
ここで聞く何者というのは職業だとか経歴の話しではない。なぜ僕に接しているのか、なぜ僕の事を知っているのか、なぜ僕の両親の事を知っているのか、なぜ両親がこの世界にいることを知っているのか、なぜラージオさんは知らないのにメタスターシさんはラージオさんの事を知っていたのか。それに何でラージオさんに会えば大丈夫だと知っていたのか。僕をこの世界に転移させた方法など、知りたいことだらけ。それらをまとめて何者か? と質問してみた。
『ふふふ。その質問の真意は沢山あるみたいだね?』
「う……すみません。けど、それくらいあなたには聞きたい事や不思議があるんです」
『まぁ気持ちはわかるよ』
「そ、それじゃあ……!」
「でも今は教えられない」
「!?」
下から聞こえていた声が突如僕の背後から発せられた。僕はあまりの事で驚きと恐怖で声も出せずに身動き一つ取れなかった。
「な……! な……!」
「ごめんね。何もかも急で。本当はゆっくりと……じっくりと話したいところだけど、今はその時じゃない」
背後から聞こえるメタスターシさんの声は少しずつ近づいてきて、終いには体温や呼吸すら感じ取れる距離にまで接近してきた。
「明日は早いでしょ? おやすみ」
「おい」
「え?」
「え? じゃないぞ。どうしたこんなところで?」
僕はバルコニーで寝込んでいたらしく、目を覚ますと音破が見下ろす形で僕の顔を見ていた。
「こんなところで寝てると体調崩すぜ?」
「あ、うん」
うん? 僕はいつの間に寝たんだろう? 寝付けなくてバルコニーで風に当たろうとしたところまでは覚えている。けど、眠りについた記憶が切り取られたかのように全くない。
「明日の乗り込みを前にしてすげぇリラックス感だな。感心するぜ」
「いや、さっきまでは凄く緊張して寝付けなかったんだけど……」
おかしい。今は凄くリラックスできて緊張のきの字も無い。妙に落ち着いているのが逆に不気味だ。
「まぁ何はともあれここじゃ憲兵に見つかる可能性もあるし中で寝な」
「う、うん」
僕は部屋に戻り、再び横になって就寝した。
次の日の朝。僕らは薄暗い街を歩いていた。先頭は旋笑に音破。二人は洗脳されたままという体で旋笑は暗い感じ、音破は面倒くさそうに歩いてもらっている。それに続いてラージオさん達に僕。僕らは縄で手首を拘束されているが、これはダミーでちょっとした力の入れ方で簡単にほどけるようになっている。
「さぁて。遂にこの時が来たな」
「だね。ふぁ~~……」
「おいおいオンダソノラ。寝不足かよ? 全く……緊張しているのはわかるが本番前にしっかり寝るのは常識だろうが」
「いや! 全部兄さんのいびきのせいだからね!?」
「みんなはどうだ? ちゃんと寝れたか?」
会話の無い道中で話題のきっかけを切り出してくれたのはラージオさんとオンダソノラさんだった。流石年長組。この中で二十歳を超えるだけにこういう時には頼りになる。
そしてその会話をきっかけにどこか張りつめていた緊張の糸が緩み、全員笑みが零れる。確かに気を引き締めることは大切だけど、さっきまでは悪い意味で力み過ぎていた。それでは最高のパフォーマンスができないので、これはいい空気になった。
「私は旋笑ちゃんと女子トークしました!」
「………………」
「へぇ。何話したんだ?」
「ふふふ! 色々ですよ。好きな男性のタイプだとか、どんな仕草が好きかとか。ね! 旋笑ちゃん!」
「………………」
「あはは! 大丈夫! 絶対に言わないから!」
可愛らしい笑みでからかい、それに反応して赤面しながら小突く。そんな二人を見ているとこちらも自然と口元が緩む。こうして見てみると二人は凄く仲のいい親友同士に見える。いや、考えてみれば二人の年齢はまだ十七歳で、日本では女子高生だ。こんな世界だから忘れがちだけど、二人ともまだまだ子供なんだ。
「俺はちょいと下の階で鍛錬してたんですがね? 風の流れを感じたんで家の中を見回ってみると――なんと! 鉄操の奴がバルコニーで寝てたんすよ!」
音破は仮面を被りながら話しているため、その表情は見えないが、声が凄く生き生きしている。音破め……あれ程皆には言わないでって言ったのに……
「本当かよ! ぎゃはははは! 見かけによらず寝相が悪いんだな!」
ほらぁ! やっぱり茶化された! ……でも僕の事でみんなの笑顔が生まれるのなら安いものか。
「やれやれ」
僕はため息を一つ付いてみんなを一人ずつ見てみた。本当にこれから王宮に行って命の奪い合いをするのかと思うと実感がわかない。あれ程緊張していたのに今はしていないのが不思議だけど、それはこのメンバーが原因かもしれない。
初対面の僕を保護して、両親を見つける手助けをしてくれると言ってくれたラージオさん。
それと同じく僕の事を気遣ってくれているオンダソノラさん。
得体のしれない僕に親切にしてくれ、傷を癒してくれるグアリーレさん。
言葉話かわせないけど身振りやその笑顔で明るく接してくれる旋笑。
そしてまだ日は浅いけど力強くみんなを守ると誓ってくれた音破。
彼らと出会った事で僕は明るくなれた。いや、正確には元に戻ったというのが正しいかもしれない。元の世界でも親切にされたりしたことはあったが、それは同情や口だけでしかなく、本当に心の底から僕に寄り添ってくれる人はいなかった。
でも彼らは違う。損得感情は多少あれど、その優しさや施しには裏もなければ不純物も無い。一〇〇%の善意で行われている。それがとても心地いい。
出来ることならこの後もみんなと一緒に過ごしたい。両親にこの人達を紹介したい。元の世界に戻れなくても全然構わない。彼らと一緒なら……
そしてそれは今から行く王宮で、今から行われる作戦が成功すれば叶えられる。僕は両頬を数度強めに叩き、気持ちを引き締め直す。
絶対に成功させるぞ……
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