第一章 第十三話~元武術家の過去~

「俺は天地獄送界てんじごくそうかい術っていう暗殺術を代々継承し、広めていく家の息子なんだ」

「あ、暗殺拳!?」

「おいおい。まじかよ」

「という事は君は……」

「おおっと安心してくれよ。俺はそう言うのは好まねぇんだ」


 音破は両掌をこちらに向けて否定的なポーズをとる。え? 好まないって言うと?


「俺は暗殺拳の家に居ながら不殺の道を歩みたいと強く想っているんだ」

「不殺の道を? 音破って優しいんだね」

「へへへ! よせやい!」


 照れ臭そうに鼻の下を擦りながら音破は話を続ける。


「まぁ当然だが家族の者や弟子たちは俺の理論なんか認めるわけもなく、俺は勘当させられて国外追放を言い渡された。それが六歳の時だ」

「六歳!?」

「酷い……そんな幼い子を……」

「気にしないでくれよ。それが俺達武術の国の……俺の家系の風習だ」


 た、確かにここは異世界だし、僕の居た世界の常識は通用しないんだろうけど、それにしても六歳の子供を見捨てて国外追放にするなんてあまりにも酷過ぎる!


「ま、それが結果良しになったんだがな」

「え? どういう事?」

「追放された俺を保護してくれた人がいたんだ」

「保護してくれた人?」

「ああ。俺の母親だ。俺は母親の愛によって救われたんだ」


 母親の愛か……そこはどこの世界でも共通の愛なんだなぁ……僕が父さんにレッスンで厳しい事を言われて泣いていた時も母さんだけは優しく慰めてくれた。音破のお母さんもやっぱり我が子が大切なんだね。


「その日から俺は武術の国から少し離れた森の中の小屋でひっそりと暮らすことになった。母の愛だけじゃなく途中から姉や数人の弟子たちも加わって、不自由なく暮らすことができ、俺は俺の武を完成させるために日々特訓に明け暮れたんだ」

「自分の武?」

「ああ。不殺を貫く拳法だ。確かに武術は突き詰めればいかに効率よく人体を破壊するか……ってものだが、俺の目指すところはあくまでも護身術。理想は戦わずして勝つ。もっと理想を言えば対峙した人間と友達になれるくらいのところだな」

「ふふふ! 素敵な拳法ですね!」

「だろう! その例の一つがこれだ。ほいよ!」


 音破は先程まで被っていた仮面を僕らの方に投げ渡して来た。


「これは?」

「俺らの家は代々の暗殺術一族って言っただろ? 暗殺者が顔を見られるわけにはいかないから、『仕事』の時はその仮面を被るんだ」

「へぇ……成程ね……」

「大体は相手の油断を誘うために女やら子供、泣き顔や狸や犬なんかを模して作るんだが、俺は違う。少しでも相手が警戒して、あまつさえそれで敵が逃げてくれればいいと思って異形の形にしているんだ」


 確かに言われてみればそうかもしれない。音破に渡された仮面を凝視し、よく観察してみると、この世のどの生物にも属していない顔つきに、目なんかは吸い込まれそうな程堀が深い。口も無く、くちばしを落とされ生皮を剥がれた鳥みたいな感じの仮面だ。


「話を戻すぞ。俺は自分の武を完成し、武術の国へ帰って自分の流派を開こうと思った最中……例の事件が起きたんだ」

「宝狩り……だね?」

「そうだ。俺が十六歳の時だ。武術の国はすでに壊滅状態だった。いかに戦闘に特化した国とは言え、TREの集団には手も足も出なかった。俺もすぐさま加勢したが結局敗れ……」

「手足を奪われた……」

「ああ……」


 音破は手と足を擦りながら小さく溜息をつく。


「俺は一旦家に運ばれたんだが、俺にSMLを取り付けるか話になった」

「え!? なんですぐつけてくれないの!?」

「俺は異端児だったしな。戦力として数えられるのならばすぐに付けて貰えただろうが、十年も会ってなかったから成長の度合いが不明だった」

「SMLをつけても戦えなかったら用無しってか?」

「いかにも武術の国っぽい考えだね」

「でも今現在SMLが付いているという事は、認められたんですよね?」

「ああ。俺がTRE化したからな」

「TRE化か……成程……」 

「差し支えなければ聞かせて欲しいんだけど、音破が抱いた感情ってなに?」


 これ程の正義漢が何を思ってTRE化したのかが気になり、僕は音破にその時の心情を聞いてみた。音破は『いいぜ』と返してくれ、その当時の話をしてくれた。


「俺が最も大切にしているのは武術だが、その根っこの部分は『大切な人を守りたい』だ」

「大切な人を守りたい、か」

「ああ。宝狩りのせいで俺の大切な母が、姉が、弟子たちが俺と同じく四肢を失った。そこで俺は強く想ったんだ。『許せん! こんな目に合わせた奴らをまとめてぶっ飛ばしてやる!』ってな。そん時だ。俺の体が赤く光り出して……」

「TREになった……」

「ああ。それ以来俺は『音の振動で衝撃波を生み出す』TREになったんだ」

「音の振動? 成程……あの大きな音と衝撃波の謎がわかったよ」


 音破が能力を使って拳を突き出した際、大気にヒビが入っていた。あれは音の振動を生み出す言わば震源のようなものだったんだ。それにあのバカでかい音もそんな能力なら納得がいく。そうか……あの衝撃波は音の振動だったんだ……


「SMLを付けられた俺はみんなの前で能力を披露した。そん時のみんなの顔と来たら……『真王を殺してくれ!』だとか『お前が儂の暗殺拳の伝承者じゃ!』とか、もううざったい事……」

「確かにそれだけの能力があればそう願うのも無理ないかもね」

「だが俺の心は変わらなかった。俺はあくまで『不殺』だ。復讐はすれど、そこに殺人はない。そのことを言ったら……」

「……言ったら……?」

「その場にいた連中に一斉に襲いかかられたよ」

「「「!!」」」


 その場にいた連中……? それって負傷して義手義足になったとはいえ、現役の……しかも暗殺術を修めている人達でしょ? 何人居たかは恐ろしくて聞けないけど、とにかく大勢が一斉に音破に……


「俺はこの能力のおかげで何とか危機を回避できた。だがその事件は瞬く間に武術の国に広がっちまった。親族に手を上げ、真王達を殺そうともしない、危険で強力な能力を持ったTRE……そして俺は再び追放になったわけさ」

「そんな事が……大変だったんだな」

「って思うでしょ? ところがまだあったんですよ」

「何? これ以上に何が起きたって言うんだ?」

「武術の国を経つその日の夜……一人の男が俺に勝負を仕掛けてきたんですよ」

「男? そりゃ一体誰だ?」

「俺の弟……名を武動空斬ぶどう くうざん〈ぶどう くうざん〉。天地獄送界術の正統後継者だ」

「弟が勝負を仕掛けてきた? 理由は何だ? 君に負けた後だろう?」

「そう。俺に負けたからだ。俺に負けたことによって天地獄送界術の正統後継者としての立場がなくなり、信用も無くなった。いわば名誉と立場を奪われたってところだ。そんなこんなで空斬は『空気の振動であらゆるものを切り裂く』TREになった。そしてもう一度俺に挑んできたってことだ。俺の体にある傷を見たでしょ? あれは空斬につけられたもんですよ」

「お前の体の傷はその傷か」

「そうです。ま、あいつも俺との戦いの末に右目に傷を負ったんですがね。まぁそんなこんなで追放した俺は真王達の後を追いかけ、旋笑と出会い今に至るってわけです。……ってどうした鉄操?」

「ん? お、おいおい? 大丈夫か?」

「急に泣き出してどうしたんだい?」

「うぐっ! ぐすっ!」

「奏虎さん? どこかお体の具合が……?」


 涙を流す僕に旋笑がハンカチを手渡し、僕はそれを受け取り涙をぬぐった。だ、だって……!


「ち、違うんです! ラージオさん達や旋笑、そして音破の話を聞いていたら、もの凄い壮絶な人生を送っていていると知って……そしたら自然と涙が……! ラージオさん達、旋笑、音破もみんな何かを奪われたり、辛い思いをしてTREになっているのに、なんか僕だけのうのうと生きてて恥ずかしくなっちゃった……!」


 僕は俯き涙を流しながら自分の人生の薄っぺらさを恥じた。その時、僕の頭に小さくて柔らかい感触の誰かの手が乗り、僕の頭を撫でてくれた。


「旋笑……?」


 旋笑は笑顔を僕に……いやその場にいる全員が僕に優しく微笑んでくれていた。


「奏虎君。確かに君が羨ましくないかと言えば嘘になる。宝物を奪われていない君が少し羨ましい」

「でもだからと言って君にも僕達のように宝を奪われろ……なんて思ったりしないよ」

「そうだぜ! むしろお前は凄いよ!」

「え? 僕が凄い?」


 予想だにしない言葉に僕は腹に力の入っていない、鼻から抜けるような声で聞き直した。


「そうですよ! 奏虎さんは両親に会いたい一念で、素性もわからない人物の言葉を信じてこの異世界に一人で来たんですよ?」

「そうだ。もう元の世界に戻れないって言うのによ。中々できるもんじゃないぞ。君は凄い勇気と覚悟を持っている」

「だからそんなに自分を貶めないでください」

「………………」

「あら? 旋笑ちゃん」


 旋笑が小さな紙をもじもじとグアリーレさんに手渡す。


「ふふふ! ありがとうですって」

「え? ありがとう?」

「はい! 『ワイらの話しを我が身のように聞いてくれたのは鉄操が初めてだ。嬉しい。ありがとう』ですって」

「旋笑……」

「そうだぜ! ありがとよ!」

「は、はい!」


 みんなから背中を叩かれ温かく迎えられる。悲しみの涙は嬉しさの涙に変わり、幸福な空間に包まれた。そんな中、音破は何かを思い出したように僕の顔をじっと見てきた。


「うん? どうかした? 僕の顔に何かついてる?」

「いや、TRE化で思い出したことがある」

「え?」

「うる覚えなんだが、俺がお前の宝物に手を出そうとした時、体が動かなくなった」

「そうなの? ごめん。僕もあの時の事は覚えてないんだ。出血多量で意識が朦朧としてたから……」


 覚えていることは……滅茶苦茶視界が狭くなって、音破に宝物を奪われまいと手を伸ばしたという事だ。


「そん時の事なんだがな? すぐにラージオさんの光線に吹っ飛ばされたんだが、ちらっとお前の方を見たら、なんか黒い靄みたいなのが見えたんだよな」

「「「黒い靄?」」」

「黒い靄って言うと、俺と同じ色か?」

「本当かい? 奏虎君。ちょっとなんかやってみてよ」


 オンダソノラさんに言われて僕はとりあえず手を伸ばして力んでみた。すると――なんて思わせぶりな事を思ってみるけど、実際は何も起きなかった。


「何も起きないね」

「だな。靄も出ないし、音破君の見間違いだったんじゃないか?」


 みんなの期待をちょっと裏切ってしまったかな? あ、そういえば……


「そういえば今更ですけど、色って関係あるんですか?」

「うん。その色で本人がどういった想いを抱いてTRE化したかはわかるよ」

「どういったものですか?」

「まぁ僕も専門じゃないんだけど、例えば僕の緑色は『奪われた事をもう一度行いたい』とかの欲求を強く抱いた人間だね」

「私なんかは『奪われた人を癒したい』という救済願望なので白です」

「芸笑ちゃんは僕+グアリーレだから緑というより白の混ざったエメラルドグリーンっぽかったね」

「『お笑いで人々を笑顔にしたい』と思ったからですね」

「武動君は『奪った張本人をぶっ飛ばしたい』っていう怒りだから赤」

「んで俺は『俺の宝を奪う奴は許さねぇ』という怒りと恨み……まぁ怨念かな? だから黒色だ」


 成程。確かに人によってTREの能力を使う際、体から出る色が違うなと思ったけど、そう言った法則があったのか。能力の判断までは難しいけど、今後TREの人を見た時はそれでどんな想いを抱いたか判断できそうだ。


 そして音破が見た僕の靄のようなものを推測するに……


「僕は怨念系ってことかぁ……」


 う~ん……僕の宝物であるトランペットを奪われそうになったから? とはいえ本当にあの時の事は何も覚えていないからなぁ……


「ま! その話は良いとしよう! 何せ明日には王宮に潜入して真王をぶっ殺すんだからな!」

「その話なんですが、是非俺にも協力させてくださいよ。一応こう見えて刺客だったんで、旋笑と一緒に演じれば成功確率は上がりますよ」

「協力してくれるのか! ありがたい!」

「戦力的も大幅上昇だね! ありがとう音破君!」

「いえいえ! 俺もそれが目的だったんでね!」

「よぉし! あんまり日にちを開けると怪しまれるからな。決行は明日だ! みんな! それでいいか?」

「「「おう!」」」


 こうして僕らは音破を加えた全員で明日、王宮へ向かう事となった。

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