第一章 第十一話~決着~
僕は先程までいたラージオさん達の家まで吹き飛ばされ、壁に寄りかかり、足は長座の体勢で座り込むような形で瓦礫に埋もれていた。他の人の姿が見えない……僕だけここに吹っ飛ばされたのか。
「皆さ……いっ!?」
右側腹部に鋭い痛みを感じて視線を下の方に送ると、僕のわき腹から何かが飛び出していた。僕の体にそんなパーツはない。それは折れて先のとがった木片だ。長い……三十㎝は僕の体を飛び出している。
「だ、誰か……!」
こういう時、もっとパニックになるかと思っていたけど、実際はかなり冷静に頭が回転している。――けどわかる。この後は恐らくどんどん頭が現実に引き戻されて行き、パニックを起こすのだろう。小さい頃頭をぶつけた際、最初は何ともなかったのに、時間が経つにつれてじわじわと痛みや気持ち悪さが込み上げてくる……そんな感じだ。
「ふぅ……! ふぅ……! 誰か……!」
う……! だんだん痛みが込み上げてきた……! 傷口からゆっくりと流れ出る血が池のように広がり、何も食べていないにも関わらず腹が下りそうになるし、吐き気も込み上げてきた。視界もぼやけ、過呼吸になりかけている最中、息を出来るだけ吸い込んで今出せる最大の音量で再度救援を呼びかける。
「誰か――」
その時、瓦礫が少しずつどかされていく音が前方から聞こえ始めた。それに伴い、真っ暗闇の空間に少しずつだが外の光と雨の音が聴こえてくる。瓦礫をどかすペースや息遣いから男性だと推測できる。オンダソノラさんか? それともラージオさんか? 助かった……心の中でそう呟いた時、瓦礫が完全に撤去されてその人物と目が合った。この人は……
「ふぅ……瓦礫どかすの……めんどくせぇ……」
「…………っ!」
それはオンダソノラさんでもラージオさんでもなかった……僕を吹き飛ばし、今の状態を作り出した根源である青年がそこに居たのだ。異様に重くなった瞼を必死に持ち上げながら堪える僕を見た青年は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「右腹部がもくへんに貫かれたか……かわいそうに……」
「ふぅ……ふぅ……」
「そう睨むな……」
青年は警戒しているのか絶対に手の届かない位置で立ち止まり、僕と間合いを取っている。抜け目のない……いや、武人としての勘なのか? 一矢報いてやろうと近くに落ちていた木片を握りしめていたのだけど、その願いも叶いそうにない。
「さてと……他のれんちゅうは後で始末するとして……まずはおまえからあのよに送ってやろう」
「……!!」
「いつもならめんどくさいと思うんだけどな……今はそうでもない……」
くっ! 余計なところで元の性格が出ている……! やはり洗脳前の彼は徹底的に妥協もせず、面倒くさがりもしない真面目な性格の武術家だったんだ……!
青年は左手を前に出して右腰元に拳を置いた。まるで空手家の構えだ。体が赤く発光し、能力を発動する予兆が起きた。おいおい、こんな至近距離であんな能力を使うのか? 青年は衝撃波を放……
「ん? なんだ?」
急に体から出ていた赤い光が弱まり始め、終いには完全に消え去った。どうしたんだ? 攻撃をやめたというよりは、何かに気を取られている様子だ。視線の先は……
「……! あれは……!」
青年の視線の先にあったのは僕のトランペットケースだった。ハードケースに入っていた為、この衝撃でも変形した様子はなく、中の楽器は無事だと推測できる。けどよりにもよって青年のすぐそばにあるとは……!
「こいつは……楽器か?」
「や、やめろ……!」
「?? どうした急に?」
「そのトランペットに触るな……!」
「ほほう……これはお前の宝物……ってわけか?」
青年はぐるりと体の向きを変えて僕のトランペットの方に向き直る。
「やめろ……! 近寄るな……!」
「悪いが宝は全て奪わせてもらうぜ」
青年はゆっくりと僕のトランぺットに歩を進める。僕は今すぐ青年に飛び掛かってその動きを止めようとするが、脇に刺さった杭のような木片がそれを許してはくれなかった。傷口からは血が噴き出し、視界の八割が霞んで何も見えない。けどそんな事はどうでも良かった。僕の宝物……宝物には……触れさせない……
「……触るな……」
再び頭の中が空っぽになった。痛みも消えた。気持ち悪さも消えた。眠気も消えた。耳から聴こえる音も消えた。視界も変わった。三mは離れているトランペットがすぐ目の前にあるように大きく見え、それ以外の景色は全て黒い影のようなもので遮断されていた。
「……か、体が……動かない……!」
青年の声が聞こえたけど、右から左に流れていく。触らせない……僕の宝物には……
「……!? なん……その……い靄は……」
なんだろう……何か言っているみたいだけど全然耳に入ってこない。
「…………アアアアア!!」
「……! ……くそ……」
何かが僕の目の前を通り過ぎていった。青白い線だ……それに耳も満足に聞こえないはずなのに、誰かの怒鳴り声が聞こえる。両肩に何かが掴み掛り、勢いよく引っ張られる。そこで僕の視界は完全に真っ暗になり、意識も途切れてしまった。
「――――――」
歌声……。聴いたことのない曲だなぁ……けど近い曲は知っている。プッチーニ作曲のラ・ボエームの第二幕、ミミの歌のようなメロディーだ。とても心地よい……ハンモックに揺られながら子守唄を聞いているような気分だ。
「――――――」
けど歌声を聴いているにつれて次第に意識がはっきりとしてくる。なんだかわき腹が痛いな。それに頬も痛い……というか誰かが僕の胸元に乗ってない?
「――――ろぉ! 起きろぉおおおお!!」
体全体が揺さぶられるような大声だ……誰か叫んでいるな……ははは! 鼓膜が破れそうだ……。僕は先程うって変わって軽くなった瞼をゆっくりと開けてみる。
「っ!?」
そこに広がっていたのは……もの凄い勢いで僕のほっぺを往復ビンタする旋笑と、怒鳴っているラージオさん。それにそんな僕を歌声で癒しているグアリーレさんだった。
「ちょちょちょ! 皆さん!?」
「!!」
「起きたぞ! 奏虎君が起きたぞ!」
「よかった……よかったぁああああ!!」
それをきっかけに旋笑とグアリーレさんが僕に勢いよく抱きつき、体に乗り上げてきた。グアリーレさんの抱擁はその女性らしい柔らかい部分が右ひじに当たって全意識が右腕に集中し、旋笑の抱擁は胸元に僕の頭を抱きかかえられているのだけど柔らかさはない。その代りに一吸いで昇天しそうな程優しい匂いが僕の鼻をくすぐった。
「おいおい! みんな奏虎君に群がり過ぎだぞ!」
「そうだよ! 少しは安静にしなって!」
「ラージオさん! オンダソノラさん!」
「大丈夫かい奏虎君?」
「君の傷を見た時はヒヤッとしたよ……」
少し離れた所で二人は青年を拘束していた。僕は名残惜しいけど二人を体から離し、ゆっくりと起き上がって青年に近寄りながら体を観察してみる。グアリーレさんの能力のおかげなのか外傷は一切見えない。問題は……
「洗脳の方はどうなっているんでしょうか?」
「わからん。が、恐らく大丈夫だろう」
「うん。五分近くグアリーレの歌声を聴かせたし、さっきまで暴れていたけど大人しくなった。という事は洗脳が解けたと思っていいんじゃないかな」
倒れている青年の顔は……って仮面を取ったのか。素顔が露わになっている。顔つきは僕と旋笑のように日本人っぽい顔立ちで、スポーツ刈りに精悍な顔つきをしている。そんな彼の表情は穏やかで寝息も整っているし、確かにこれなら大丈夫そうだ。
「とりあえず運び出そう」
「当てはあるんですか?」
「無い。が、ここにいても騒ぎを聞きつけた憲兵がすっ飛んでくるぜ」
「なぁに。ここら辺は無人の空き家が沢山あるから住むには不自由しないよ」
成程……確かにそれなら問題なさそうだ。僕らはその提案を実行に移した。だけどラージオさんが青年を抱えようと体を引っ張り上げようとするが……
「ん? なんだ?」
「どうかしましたか?」
「ふん! ぬううううう!!」
顔を真っ赤にしながら踏ん張るラージオさん。だが青年の体はちっとも持ち上がらず、終いにはラージオさんが腰を抑えながら諦めてしまった。
「なんだこいつの体……!」
「え? どういう意味ですか?」
「それがよ……こいつのすげぇ重たいんだ」
「「「は?」」」
ラージオさんの言葉に一同が首を傾げる。体が重い? 確かに筋肉質っぽい体付きをしているけど、体格のいいラージオさんが持ち上げられない程重いようには見えないんだけどなぁ……
「疑うのならやってみると良いさ」
「よし……僕が行きます!」
「…………」
「え? 旋笑もやるの?」
「…………」
小さく二度頷く旋笑は腕をまくり上げて軽く肩を回してやる気満々だ。
「旋笑ちゃん、今の戦いで自分が何もできなかったから手伝いたいみたいなんですよ」
「ははは! それは僕も一緒だよ! 僕だけ何もしてなかったからね。それじゃ何もしてない同士頑張ろう!」
「…………」
熱い握手を交わした後、僕は青年の頭の方に回って脇に手を入れる。旋笑は青年の足首を持って互いに顔を見合わせ、タイミングを取って一気に持ち上げ――
「んぎぎぎぎぎぎ!!」
「………………!!」
だが数㎝持ち上がっただけでそれが精一杯だった。お、重い! なんだこれ!? 全身鉛みたいに重たい!
「体に鉄板でも仕込んでるのか?」
「う~ん……あり得るね。とりあえず脱がしてみようか」
「ぬ、脱がすって……!」
「…………!!」
顔を赤らめて口元を抑える旋笑とグアリーレさんには申し訳ないけど、抱えて運ぶにはあまりにも重すぎる。鎧や鉄板を仕込んでいるのなら取り外して少しでも身軽にしたいところ。僕らは青年の着ている服を脱がし始めた。上着、シャツ……上半身裸になったところで僕ら三人は手を止めて顔を見合わせる。鉄板こそ仕込んでいなかったが、予想外にモノがそこにあったからだ。
「なんだこりゃ……?」
「傷……だよね?」
左肩から右わき腹まで五本の斬り傷。しかもブレもない一直線で綺麗に斬られたようなものだ。グアリーレさんの歌声でも治らないところを見ると、かなり前の傷だと推測できる。
「傷の観察はまた今度にしよう。とりあえずは鉄板だ」
「上半身にはありませんでしたね」
「となると……下か」
「し、下って……!」
「…………!!」
今度は口ではなく顔全体を覆う二人。でも指の間からちゃっかり青年の体を見ている。まぁ気持ちはわからないでもない。この青年かなりいい体付きをしている。筋肉マッチョという訳では無く、無駄なところがない彫刻みたいな体をしているからね。でもそれは置いといて、さっさと仕事にとりかかろう。僕らは青年のズボンに手をかけてゆっくりと脱がす――
「……ん……?」
その時、パチッと勢いよく青年の目が見開いた。顔は動かさずに目だけを動かして僕らの顔、下ろされかけているズボンを見た青年は大声を上げながら飛び上がった。
「な、なんだあんたら!? 俺の体に何をしやがった!?」
「お、落ち着いて! 僕らは決して……」
「お前の服を脱がそうとしていた」
「な、何ぃ!?」
「ら、ラージオさん! 言い方!」
間違いではないんだけど、圧倒的な言葉足らずに青年は更に距離を開けた。構えをとり……おいおい! 体が赤く発光し出した!? いきなり能力を使う気なの!? やっぱり性格逆転していない彼は速攻で攻撃してくるみたいだ!
「あんたら真王の部下か……ん?」
青年の体から発していた赤い光が収まり始め、構えを解いた。視線も誰か一点を見ているような……
「そこにいるのは旋笑か?」
「…………」
「おお! 旋笑! 無事だったか!」
青年は満面の笑みを浮かべながら旋笑に駆け寄りその肩を叩いた。旋笑も親指を立ててにやけた顔で青年を見る。
「お前がいるってことは……この人達は味方ってことで良いのか?」
「…………」
大きく何度も頷きその言葉に肯定的な態度を示す旋笑。青年は「そうか」、と呟くと僕達の方に振り返り、背筋を伸ばして気を付けのポーズをとって大きく頭を下げ始めた。
「失礼しました! もう少しで無礼を働くところでした!」
「気にしなくていいですよ。だって洗脳されていたんですから……」
「洗脳? 俺が?」
「その話はあとでゆっくりしますからとにかく今は安全な場所に移動しましょう」
「心得た!」
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