第一章 第十話~元武術家刺客~
「ヌオオオ!!」
「おお……」
光線と謎の衝撃波という超攻撃的能力が真っ向からぶつかり合い、互いが互いの能力を打ち消し合ってエネルギーが爆散。その際に発生した爆風のような勢いに押され、僕らは吹っ飛ばされそうになる。ラージオさんは能力を叩きこむ際には踏ん張っていたから大丈夫だったが、青年は能力発動後全身の力を抜いたのか、後方に吹っ飛び、瓦礫の中に埋もれた。
「ちっ! 俺の光線と変わらない力か!」
「兄さん! 大丈夫か!」
「ああ! こっちは問題ねぇ!」
僕らは吹っ飛んだ青年の方向を気にしつつ、少し距離を取りながらラージオさんと合流した。
「見たか?」
「彼の能力ですか?」
「ああ」
「よく見えませんでしたけど、一瞬彼の体が歪になったような……?」
この雨と青年との距離なんかで定かではないが、拳が突き出された頃くらいだろうか? 青年が……いや、青年の周囲の景色が歪んだように見えた。
「歪んだか。正確にはちょっと違うな」
「違う? と言いますと?」
「あいつが拳を伸ばし切ったところで大気にヒビが入ったんだ」
「ヒビ……ですか?」
「ああ。まるでガラスをハンマーで殴ったかのようなヒビが大気に走ったんだ。そしてバカでかい爆音と衝撃波が俺に突っ込んできた――って感じだな」
にわかには信じがたい事だけど、一番間近で見たラージオさんが言うのならほぼ間違いないだろう。それにありえないなんて事は考えないようにしよう。ここは僕の居た世界ではなく異世界なのだから……
そう心の中で言い聞かせた瞬間、青年の埋もれた場所で爆発が起き、上空に何かが飛び上がった。
「なんだ!?」
「あれは――っ! あの青年だ!」
オンダソノラさんの叫び声とほぼ同時に上空二十m程まで飛び上がった青年の体が真っ赤に光始めた。それが意味する事は一つ……!
「くるぞ! 避けろぉ!」
稲光と青年の攻撃がほぼ同時だった。光のせいで目がくらみ、視界が霞んでしまったが、取るべき行動は決まっていた。僕は近くにいた旋笑とグアリーレさんの手を引きながら思い切り後方にジャンプ。そして放たれた衝撃波は先程まで僕らの立っていた場所に着弾。地面は大きく陥没し、爆風が四方に駆け抜けた。
「おい! 着弾地点を見てみろ!」
「ん? こ、拳!?」
陥没した地点をよく見てみると大きな拳を模ったような形で陥没していた。大きい……五mはあるか……?
「よっと……よけるなよ……ながびくとめんどいんだから……」
直地した青年は相変わらずやる気のない発言をしてフラフラと据わっていない首を揺らしながらこちらの様子を伺っている。
「そりゃいいや。ならさっさと俺らにやられてくれないか?」
「やられるのもめんどくせぇ……」
そう言うと青年は足元に拳を突き出して僕らとの間の視界を遮った。雨によって水分を多く含んだ土は泥と変わり――うへぇ……体中が泥まみれだよ。そしてそれに乗じて青年は姿を消していた。
「消えた?」
「違うな。芸笑ちゃんと同じ戦法だろうぜ」
「ということは隠れながら攻撃……といったところでしょうか?」
だとしたら厄介だ。旋笑の時も大分苦戦したのに、青年の能力となると相当大変だぞ? 一応旋笑の時と違って能力の発動時に大きな音がするから方向はわかるけど、あの衝撃波は中々の速度だ。自慢じゃないが反射神経は良い方ではないのでよけきれる自信がない。
「で、結局どうするんだ? このまま抗戦して良いのか?」
「どうしましょうか……旋笑と同じく操られている可能性がありますからね……」
旋笑と同じく真王に戦いを挑んだけど、失敗して掴まったというのなら、性格逆転で洗脳されている可能性がある。だとしたら本当は良い青年……という事も考え得る。このまま命の取り合いをするのではなく、洗脳を解いてあげたい……というのが正直なところだ。
「この中で一番の戦力外である僕が言うのもなんですが……救ってあげたいです」
「じゃああの青年は助けるっていう方向でいいんだな?」
その提案に一同が小さく頷いた。
「さぁて! それじゃいっちょやったるか! 芸笑ちゃんの時は散々苦しめられたが今回は違うぜ。いくぞオンダソノラ!」
「了解! ラァアアアアアア!!」
オンダソノラさんがテノールボイスで叫び始めると同時に体が緑色に発光し始めた。だけどラージオさんのような光線が出るわけでもなければ、街中に爆発が起きるわけでもなく、これと言った変化が見られない。確かオンダソノラさんの能力は『超音波を出す』というものだったはずだけど……
「今何をしているんですか?」
「し! 静かにしてください奏虎さん!」
僕の問いかけにグアリーレさんは人差し指を口元に持ってきて静かにしろというジェスチャーで静寂を求めてきた。自らの口を手で覆って小さく頷くと、グアリーレさんは僕の耳元にそっと近づいてきた。あ、いい匂いがする……じゃなくて! 邪な考えを振り払い、僕はグアリーレさんの言葉に集中した。
「……今オンダソノラ兄さんは超音波を発しています」
「……ええ。それはなんとなくわかります」
「……それで反響した音を聴いて、相手がどこにいるのか探しているんです」
「……え!? そんな事ができるんですか!?」
まるで潜水艦などに取り付けられているソナーみたいだ。能力は使い様ということか。そう言われて気が付いたけど、雨によってできた水溜りが、雨の雫とは別の、大きな波紋を生み出している。超音波が周囲に響いている証だ。
「む! いたぞ! あそこだ!」
そして敵の位置を特定したオンダソノラさんが僕らに敵の位置を共有。全員が一斉にその方角を見た。
「あそこかぁ!」
それと同時にラージオさんが能力を発動。光線を放ち強襲する。
「おっとっと……」
だがこれは直撃する前に青年が回避、建物の影から飛び出して来た。青年は背中を地面に着けて大の字となり、頭をこちら側に向けて倒れこんだ。彼はそのまま起き上がろうとせずに、見上げるようにこちらを見つめている。
「あぁ……めんどくせぇ……おきあがるのもめんどくせぇ……」
「ならそこでくたばれぇええええええ!!」
「ら、ラージオさん!?」
当初の予定である洗脳解除案はどこへやら……ラージオさんは情け容赦のない攻撃を青年に浴びせる。
「……ほんきだすのは……もっとめんどくせぇ……」
青年は光線が放たれる直前、自分の足先の方向に衝撃波を放った。すると青年の姿が消え……
「あれ? ラージオさんは?」
真横に立っていたラージオさんの姿が消え失せた。どういうことだ? さっきまでここに居たのに……?
「「「!?」」」
そんな事を考えていると、僕らの後方の建物で何かが衝突したような鈍い音がした。そして先程までラージオさんの居た場所には入れ替わるように青年が立っていた。
「き、貴様! 何をした!?」
「いっただろ? ほんきだすのはめんどくせぇって……」
「この野郎!」
怒ったオンダソノラさんはナイフを取り出し青年を突き刺す。その攻撃に反応した青年は体を半身にして躱すと、その伸び切った腕を膝と肘で挟んだ。オンダソノラさんは痛みで握力が緩み、ナイフを落としてしまった。
次に青年はオンダソノラさんの方を見ると、右拳をオンダソノラさんの胸に軽く当てて牽制。動きを止められたところに一歩踏み込んで腹に肘鉄をかます。
「がはっ!?」
オンダソノラさんは腹部を抑え、吐瀉物をまき散らしながら地面に沈んで行った。そうだ……目の前の青年は元武術家。肉弾戦を挑んだ時点で負けだ。接近戦でも遠距離戦でも強いだなんて反則過ぎる……! 僕らは彼のやる気のない発言に、だらけた体を見て少なからず油断したというのは否めない。完全に相手の力量を見誤った。
「やれやれ……ほんきだすの……やっぱりめんどくせぇ……」
「くっ!」
考えろ! 戦闘技術も無く、能力のない僕にできるのは頭を使って作戦を立てて、策を講じること!
旋笑の竜巻? いや駄目だ。発動までの時間が長すぎる。いくら面倒くさがりの彼でも待ってはくれないだろうし、竜巻の範囲が広すぎる。ここで彼女が竜巻を起こそうものなら僕らも巻き添えを喰らう。それがわかった上で接近してきたのだろう。
なら僕が攻撃? いや。微塵もお話にならないだろう。それは僕に限らず旋笑もグアリーレさんも同様だ。
「ん? グアリーレさん……? そうか!」
僕は青年の腰に抱きつき、あらん限りの力を出して動きを止める。
「おいおい……なんのマネだ……」
思惑通り青年は大した脅威ではない僕の拘束など気にも止めていない。それでいい。本命は僕じゃないんだから!
「グアリーレさん! 歌って!」
「へ?」
「早く!」
「わ、わかりました!」
僕の怒鳴り声に戸惑いながらもグアリーレさんは能力を発動して歌い始めた。
「なん……ぐっ! あたまが……!」
だらけきった声から一転し、初めて腹筋に力の入った重い声を出した。顔は仮面で見えないが、苦しんでいるのがわかる。やはりそうだ。先程旋笑の話で、性格逆転の影響を受けている人はグアリーレさんの能力を聞くと激しい頭痛に襲われると言っていた。なら答えは単純だ。彼女の能力で癒せばいい。青年にダメージを与えられる上に、洗脳も解けるかもしれない。
「この……やろう……!」
拘束を解くために青年は右拳を握りこんで僕の右耳の裏を殴った。その拳は石……いや、ハンマーなんかの鋼鉄鈍器で叩かれたような感触で、味わったこの無いない高音の耳鳴りと頭蓋骨が陥没したような痛みが僕を襲った。拳に何か仕込んでいるのか……? なんてでたらめな拳をしているんだ。意識ははっきりしているのに激しい眩暈により、膝が折れ、倒れそうになる。けど……!
「……まだまだぁ!」
グアリーレさんの能力のおかげですぐに眩暈と痛みは治まった! 僕の意識を完全に刈り取るか、殺さない限りこのゾンビ戦法でしがみ付き続けられる! ……言い方を変えれば無限の苦しみが続くという事だけどね。そんな中、僕の作戦の意図に気付いた旋笑が同様に青年両足に飛び掛かり、二人で青年の動きを封じる。
「ぬ、ぬぅうううううう……!」
青年の苦しみは頂点に達し、今までにない程機敏に僕ら二人の拘束を振りほどこうとしている。それに雨のせいもあるだろうけど、服の下から汗臭い匂いがしてきてきた!
でも順調なのはここまでだった。青年の体が赤く発光し始めたのだ。
「旋笑! 離れて!」
「っ!」
僕の指示を聞いて旋笑はその場から飛び退くように青年から距離を取った。それからコンマ一秒後、青年は下方向に衝撃波を放ち、上空へ飛翔。高度は……高いな。五十mは行ったか? 先程の倍近く飛んでいる。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「………………!」
身を案じてくれたグアリーレさんが僕らの元に歩み寄って来てくれた。幸い僕らはあの飛翔に巻き込まれることなく、その際に発生した爆風に吹っ飛ばされて尻もちを着いた程度で済んだ。もしあの時、青年から離れるのが少しでも遅かったら――考えるとゾッとする。
「お二人は大丈夫ですか?」
「オンダソノラ兄さんは近くに居たのでもう完治しました。ラージオ兄さんは……今、オンダソノラ兄さんが確認に行っています」
吹っ飛ばされた先を見てみると、壁際まで吹っ飛ばされたラージオさんに肩を貸しながらこちらに歩いて来た。何とか歩いてはいるけど重傷のようだ。右足が変な方向を向いている……脱臼? いや、恐らくは折れている。
「グアリーレ! 治療を頼む!」
「はい!」
すぐさま治療が始まった。見る見るうちに骨折は治り、ラージオさんは自力で立てるまでに回復した。この戦い、グアリーレさんがいなかったと思うと背筋が凍る。もしいなかったら今頃僕らは全滅しているだろう。
「ちっ! とんでもねぇ男だな全く」
「ラージオさん大丈夫ですか!?」
「ああ! 問題ねぇ! それよりもあいつはどうした!?」
「あの青年は……」
僕は上空を見上げた。姿は見えないけどずっと雷鳴みたいな音が鳴り響いている。空を移動しているのか……? 殲滅力の高い広範囲攻撃に空も自在に移動できる。さらに高速移動も出来て近距離・遠距離戦でも戦えるなんて反則だ。けど……
「なんで僕らに攻撃を仕掛けてこないんだろう?」
その気になれば僕らを一瞬で葬るなんて朝飯前だろに、なぜかずっと移動して何もしてくる気配がない。一体なぜ……?
「ん? 旋笑? どうしたの?」
「ええっと……『グアリーレちゃんの歌が効いてるんじゃないか?』だって?」
「私の歌?」
「もしかしてグアリーレさんの能力で青年の洗脳が大分解けてるんじゃないでしょうか?」
「?? つまりどういうことだ?」
「つまり性格逆転の能力が解けかけている事です。青年の性格が戻っているのではないでしょうか? 性格が逆転する前の彼は、恐らく面倒臭がりではなく何事にも全力で取り組み、今真王に尽くし悪の道に行っているという事は、元はかなりの正義漢……なので今戦闘継続をしないよう彼の中でせめぎ合っているのではないでしょうか?」
「成程……一理あるな」
この前の旋笑の行動と一緒だ。僕にとどめを刺そうとナイフを振り上げた際、彼女の中で殺さないという想いとせめぎ合い、体が硬直をしたという状況。恐らく青年も同じ状態……ならもう少しで洗脳が解ける!
「ん? っ! 来るぞぉ!」
上空から何かが飛来してきた。隕石? いや! 青年だ! 先程同様に足元がおぼつかない様子だけど、さっきと違い、やる気がないからふらついているというよりは、体調が悪くて踏ん張りがきかないと言った感じだ。頭痛がひどいのか頭を抑え、かなり呼吸が乱れている様子だ。話に聞いた旋笑に近い症状……相当な苦しみと見てとれる。
「はぁ……! はぁ……! おえぇ……!」
「大分苦しんでいるようだな?」
「君……これ以上無駄な戦いは止そうじゃないか?」
ラージオさんとオンダソノラさんは警戒をしつつ青年に提案した。洗脳が解け始めているのなら話し合いの余地もある。このまま戦闘を続けても無駄な時間と被害を出しかねないし、旋笑の時と違って裏をかいたり、隙を突くという戦法が取れない。そうなった以上は真っ向勝負しかないんだけど、真っ向勝負では勝ち目がほぼ薄い……。頼む。どうか僕らの話を聞いてくれ……!
「君は今頭が割れそうな程痛いのだろう? それはグアリーレ……俺の妹の能力が原因だ」
「妹の能力はあらゆる傷を癒す事。なのに君の頭が痛いのは、君の頭の中にある異物……TREの能力が浄化されまいと暴れまわっているからだ」
「このままおとなしくしてくれれば君の洗脳を解いてやれる。その苦しみから解放してやる」
「どうだい? 僕達の提案は?」
提案を聞いた青年は無言不動のまま睨みつけ続け、しばし静寂の間が僕らの間に流れた。そうして数分の時間が経過した後、青年が静かに話し始める。
「俺は……操られているのか……?」
「ああ。その通りだ」
「私の歌で癒してあげます!」
「そうか……それは良い考えだな……」
その言葉に僕らは安堵し、互いに顔を見合わせて勝利を確信して肩を叩いたり握手をしたりする。
そんな中、ふと何の気なしに青年の方に目線を送ると――
「でも……なおしてもらうのも……めんどくせぇ……」
「っ! 逃げ――」
体が赤くなることを確認した僕はみんなに叫んだ。だけどその頃には僕達は衝撃波に飲み込まれ、遥か後方に吹き飛んでいた。
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