TRE~宝を奪われた専門職達の復讐物語~

ニコニコ大元帥

第一章 プロローグ~異世界転移~

 満員のホールに響き渡るトランペットの音色。その音色に観客のみならず、演奏している奏者までもが僕の演奏に引き付けられ魅了されている。


「っ!」


 最後の十六小節。僕は全ての技術を駆使してラストスパートをかけた。突き抜ける音に駆け抜ける指使い、目を閉じれば思い浮かぶ情景に、引き込む表現力。短いようで長いこの十六小節に全てを注ぎ込み、そして遂に終わりを告げた。

 ホール会場は最後の余韻が消えるまでの間、拍手も無ければ喝采もない。まだ演奏が終わったという事実を受け入れられていないのだろう。耳の中と頭の中で何度もリピートされている余韻を楽しんでいるのだ。だけどそれもそう長くなかった。ものの数秒で耳をつんざくジェット機のような歓声と、爆竹のような拍手が沸き起こった。


『ブラボー!!』

『素晴らしい!!』

『神の如き演奏だ!』


 惜しみない賞賛の嵐の中で僕は観客にお辞儀し、指揮者に握手をして、オーケストラの方々にも大きく頭を下げて礼を伝えた。足元に飛んできた名前も知らない綺麗な花束を数個拾い上げ、ステージ裏へと捌けていく。


「素晴らしい……か」


 まだ背後で聴こえる拍手を聞きながら僕は地下の楽屋へと歩いていく。僕の名前の書かれた楽屋の扉を開けて中に入ると、先程まで出していた作り笑顔は消え失せ、氷のような冷たい顔に戻っていく。


「我ながらピエロだよな」


 先程貰った花束をテーブルに投げ捨て、鏡を見つめる自分に言い放つ。演奏の情熱がないわけじゃない。音楽が嫌いなわけじゃない。だけど今までとは違う。心にぽっかりと穴が開いてしまっている。


 いつからだろうか? 演奏中に緊張しなくなったのは。

 いつからだろうか? 演奏が終わっても汗をかかなくなったのは。

 いつからだろうか? 演奏終了後、一分もしないで楽屋に戻ってくるようになったのは。


「母さん……父さん……」


 僕は少し黒ずんだトランペットを抱きしめ、涙をぬぐった。




「それでは奏虎君! またよろしく頼むよ!」

「はい! と言っても一年後ですかね!」

「ははは! 一年先まで予約が入っているとは流石だね!」

「いえいえ! それでは!」


 先程のオーケストラの指揮者に別れを告げ、背中を向けると同時に作っていた仮面笑顔を元に戻し、僕は駅へと歩き始めた。冷たい風が僕の体を冷やし始め、悴んだ手を擦りながら首元のマフラーを少し締め直し、毛糸の手袋をしっかりと奥まではめる。


「鉄操……か」


 寒い冬の夜に白い息をこぼしながら呟いた。時刻はもうすぐ深夜を回ろうとしていて、今日が昨日に、明日が今日になってクリスマスへと突入する。この時間外を歩く人間は誰もいない。真っ暗な道を照らすのは薄暗い街灯のみで、曇り空なのか月明かりもない。懐中電灯のような照明具も持っていないので、上から照らされているこの心細い光のみが頼みだ。

 僕の名前は奏虎鉄操そうこ てつり。鉄操は両親が話し合ってつけてくれた名前なのだが、意味は「どんなに辛い事や苦しい事が起きても鉄の心で耐え抜き、心を操れ」という願いが込められている。


「名前通りの男になったよな。いい子ちゃんを演じて演奏するなんてさ」


 両親は僕同様に世界で引っ張りだこの音楽家だった。僕は一年先までスケジュールが詰まっているけど、両親は十年先までスケジュールが詰まっているほどで、父さんはヴァイオリニストで母さんがピアニストだ。


「今日の演奏……二人がいてくれたらもっといい演奏ができたのに」


 だがそんな両親も十年前に飛行機事故で亡くなってしまった。事故と言っても墜落ではなく行方不明なんだけどね。両親の乗せた飛行機は目的地に向けて飛行中、ぱったりと姿を消したのだ。レーダーやGPSなんかで追跡しても見つからず、当時は「異次元の穴に飲み込まれた」とか「テレポートした」とかオカルト方面のテレビ番組や雑誌の記事が組まれ、ちょっとした話題とオカルトブームのきっかけになったっけ。


「行方不明だから死んでいない……と信じたいけど」


 そう。行方不明だ。死んだわけじゃないんだから可能性がある……と心に言い聞かせているけど、僕ももう十七歳になるし薄々感じている。小さな子供のようにいつまでも夢を抱いていない……二人は死んでしまった。


「…………」


 ふと右手に握られたトランペットケースに目が行った。このトランペットを見るたびに両親との思い出がフラッシュバックしてくる。このトランペットは両親が僕に買ってくれた楽器で、プロになったお祝いにくれたものだ。今となっては両親が僕にくれた最後にして最高の贈り物、両親の形見、そして僕の大切な宝物だ。


「このトランペットがあるから僕は何とかやっていけてるよ」


 片手持ちから胸に抱きかかえるように持ち替え、再びギュッと抱きしめる。無機質の楽器ケースだが自然と温かく感じ、心も安らぐ。


「でも……やっぱり会いたいよ」


 何とも言えない孤独感と虚無感が僕を襲った。口では寂しくないと言い、心を操れてももう限界だ。直に触れ、抱きしめて欲しい。両親のいないこの世界に居続けてももう意味がない。いっそ自ら命を断とうか……


 その時だった……


『両親に会いたいかい?』


「え!?」


 その声に反応して僕は背後を見るが、そこには誰もいなかった。暗い夜道に切れかけの街灯、まだ回収されていないゴミがあるだけで人影も人の気配もない。というか、今どこで声がしたんだ? 職業柄どこで音が鳴っているのかを特定するのは得意だけど、今のは全くわからなかった。不測の事態に陥りパニックになっている僕に、再び先ほどの声が問いかけてきた。


『驚かせてすまないね』

「だ、だれ!?」


 透き通るような声……青年というわけでないが若い男性の声だ。そしてやっぱりどこから声がしているのかわからない。


『君の名前は……奏虎鉄操君だね』

「な、なぜ僕の名前を? そ、それよりもさっきの言葉は……」

『両親に会いたいか? という問いだね。正確には君の両親の行ってしまった世界に行きたいか、という質問さ』


 父さんと母さんが行ってしまった……? それって……


『単刀直入に言おう。君の両親はこの世界とは別の……つまり異世界転移した』


 自分の耳を疑った。え? いまなんて言った? 異世界転移?


『君の両親を乗せた乗り物は異次元の穴に飲み込まれこっちの世界に転移してきた』

「そんなマンガみたいな話を信じろと? というかあなたは何者ですか?」

『ぼくかい? 僕の名前はメタスターシ・アルダポース』

「アルダポース……メタスターシ?」


 一体どこの国の名前だ? 少なくとも日本の名前じゃない。それとも偽名か? でも僕の名前を言い当てたし、両親の事を知っているみたいだ……。嘘か本当かわからないけど、話を聞くだけ聞いてみる、か……


「異世界転移をしたっておっしゃいましたね?」

『ああ』

「なら、会わせてください」

『すまないけどそれは出来ない』

「え? 今さっき……」

『正確には両親の行った世界に行かせてあげるという意味さ』


 ということは僕も異世界転移をするということ?


『どうする? 一度転移したらこちらの世界には戻って来れない』


 いるかもわからない世界に飛ばされ、こちらの世界には戻って来られない……ということか。あっちの世界には何が待ち受けているかわからない。けど、僕の心は決まっていた。


「行かせてください」


 両親のいない生活、心を偽って行う音楽、本音で話せる友や知人もいない、帰っても誰もいない家、死んだ抜け殻のような状態で一生を終える。そんなのは嫌だ! もう一度二人に会いたい! そこに躊躇いはない!


『いいね……そう言うと思ってたよ』

「お願いします!」

『わかった。それではいくつか注意点を挙げさせてもらう。向こうの世界はこちらの世界と違って危険で危ないことだらけだ。そして向こうに行ったらもう僕は君と話すことは出来ない』


 謎の声の主は丁寧に説明してくれる。危険な世界……紛争地なのかな? 二人は無事だろうか……


『向こうで怪しまれず、困らないように最低限の知識を教えておくよ。今から行く世界……行き先はとある街で、名前はノンビーヌラ。螺旋状に広がる大陸の一番端の国さ』

「ノンビーヌラ? 螺旋状?」

『ああ。あちらの世界の島々は一つに統合し、螺旋状に広がる形に変わったんだ。そして最後に……』


 少し間を開けた後、声の主は言葉を続けた。


『あっちの世界に行ったらラージオ・ウン・カンターテという人物に会え』

「ラージオ? その人はどんな風貌の……」

『行けば会えるさ。それじゃ行くよ鉄操君』


 言い終えた瞬間だった。僕の目の前の景色はがらりと変わり、先程いた場所から全く違う場所に変わった。

前後左右を確認してみると、先程まであった街灯やゴミがなく、コンクリートで舗装された地面は割れた石畳に変わり、十二月の乾燥した冷たい気温はジャングルの湿地帯のような湿度と生暖かい温度となった。

 にわかには信じがたいが……僕は異世界転移したのである。

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