10年間腹痛をガマンしてたら、レベルが上がりました。

いろじすた

10年間腹痛をガマンしてたら、レベルが上がりました

 私の名前は時田ときたまもる32歳。

 独身の会社員だ。

 

 今朝も私は会社に向かうため、バス停で他の乗客と一列になって並んでいる。

 会社までは、千葉県と川崎浮島を結ぶアクアラインを通って東京駅まで高速バスで通勤する。長い様で短いジャーニーだ。


 バスが到着したので、バスに乗り込み運転手さんに定期を見せて空いている席に座る。この時間帯は、乗客が比較的に少ない時間帯なので、2人掛けの席を独り占めできるという特典が与えられる。


 このバス通勤、すこぶる快適である。

 電車の半分位の時間で目的地の東京駅まで行けるのと、高速バスなので、必ず席に座る事が出来るのが利点である。


 それはそうと――。

 私はウンザリしながら、おもむろにベルトを緩める。

 別に変な事をしようと思っているわけではない。

 大事な事なのでもう一度言う、私は変な事をしようしているわけでは無い。

 

 誤解のないよう、説明したいと思う。

 朝の通勤、私はとある悩みを抱えている。

 それは……「腹痛だ」――あ、声に出してしまった……通路を挟んで隣の席のおっさんがチラッとこっちに視線を向ける。気まずい……。

 

 さて、気を取り直して。

 通勤で朝のバスに乗ると必ず腹痛に遭遇しているのだ。帰りのバスは大丈夫なのに……。

 病院で診断してみたが、原因不明、ストレス性のものと原因究明にいたらず、私とやつとの戦いは10年もの長い時間に至る……(入社して10年になるのだ)


 それなら、会社の近くに引っ越せばいいのでは? と思われるだろうが、祖母の面倒を見る必要があり、私は実家から離れる事ができない。

 私の両親は、私が幼い頃事故で他界し、祖母が女手一つで私を育ててくれた。

 だから、出来る限り祖母の近くで孝行したいのだ。 


 ぎゅるるる~


 きたな……。


 今日も一分の狂いもなく、バスに乗り込んで5分、やつの先制攻撃により戦いの幕が上がる!

 勘違いしないでほしい……先制攻撃は、譲ってやっているのだ!


 取り敢えずお腹をマッサージしつつ、妄想を膨らませる。

 この10年間で研究しつくした。

 腹痛になった際に痛みを和らげるより効果的な方法は以下の通りである。


 ① ベルトを緩めて、お腹を辺りを解放する。

 ② おなかを時計廻りにさすりながらマッサージする。

 ③ 何か他の事を考える。

 ④ 薬を飲む。


 私ほどのベテランになると、これらを同時に遂行することができる。

 現在、私はベルトを緩めお腹をさすりながらエロい事を考えている。


 ③何か別の事を考える 

 色々試してみたが、エロい事が一番集中できて、私に腹痛の事を忘れさせてくれた。

 決して私が変態な訳でないことを理解してほしい……これは命掛けの戦いなのだ!


 さぁ、今日も同じ部署に入った、新人の舞ちゃんとのエロい妄想を膨らませながら応戦する。

 「あぁ、舞ちゃん」あっ、しまったまた声が先程のオッサンが露骨に顔をしかめて俺を見ている……。

 ごほん、さぁ気を取り直して。

 舞ちゃんは容姿端麗であり、うちの会社の社長令嬢というお嬢様にも関わらず、すこぶる性格が良く、私には高嶺の花と言っても過言ではない。

 こんな冴えない私では想像でしか彼女に近づく事ができないのだ。


 いいぞ、今日の私の妄想は更に磨きが掛かっている。

 なぜなら、早い段階で私は腹部の痛みを忘れつつあったからだ。いつもはもう少し、時間が掛かるのに……舞ちゃん効果は抜群だッ!

 ……もう一度言う。私は変態ではない……信じてええ!


 取り敢えず第一波は退けた、そろそろ第二波が来る。


 東京駅到着まで、あと20分強。


 ここで私はポーションを取り出す。スト◯パー言うポーションを。

 この薬は即刻性はあるが、敵に対する効果時間が約20分程しかない。

 効果が切れると、今まで抑えてた敵が一気に押し寄せて来るので、その反動は計り知れない。

 そう、これは諸刃の剣なのだ……服用するタイミングを間違うと本陣が崩壊する危険があるのだ。


 私はタイミングを見計らう……。

 東京駅まで残り15分……今だ! 薬を胃袋に流し込む。さすが即効性のあるポーション! 痛みが徐々に引いていく。


 私のイメージでは、高い壁が押し寄せてくる敵の軍隊を押し止めている感じだ……が壁からはミシミシと嫌な音が聞こえる気がするが、大丈夫だろう。 


 今日は大した渋滞もなく、スムーズに来れた。うははは! 私の勝ちだ!


 思えばこの油断がいけなかったのだろう……。

 車のスピードが徐々に落ちる。

 そして、チカチカと聞こえてくるハザードの音がやけに耳に突き刺さる。


 ま、まさか……ッ!?


「本日も◯◯交通をご利用いただき、誠にありがとうございます。現在宝町出口付近にて、事故が発生したため、迂回ルートの運行になります。お客様にはお急ぎのところ誠に申し訳ございませんが、何卒ご了承いたたげますようお願い申し上げます。繰り返します――」


 ノォォォォォォ!!

 詰んだ……迂回ルートだと+10分は掛かるッ!

 どうしよう! 完全に戦略ミスだ! 撤退もできない! 撤退=粗相だから……。


 どうしよう! どうしよう! どおおおしよおおおおおおおおお!


 私はパニックに落ちいっていた。


 押し寄せる敵軍により防壁にヒビが入り始める!


 終わった……10年間続くこの戦いは私の敗北という結果で幕を閉じるのか……くっそおおお! 

 ぎゅるるるる~~~

 うぬぉおおおおお! 腹痛えええええ!


 全てをあきらめ壁の崩壊を眺めていたその時!


[腹痛を我慢した時間が5000時間をこえたので、レベルが2に上がりました]

[レベルが上がったことによりスキル習得が可能になりました]

[ボーナスとしてスキル状態異常耐性MAXを獲得しました]


 えっ? 何これ?

 脳内に声が響いたと思ったら、お腹の痛みがウソの様に消えた。


 レベル? スキル? 何それ?

 

 いや、今はそんなことより、お腹の痛みが無くなった事だ!

 やったあああ、私は、私は勝ったのだあああ!

 

 そして私は粗相をする事なく、東京駅到着まで安らかに過ごす事ができた。


 ――翌日。

 ヤツは姿を見せなかった。

 状態異常耐性スキルの効果だと思う。

 10年間にも及ぶ戦いはどうやら、幕を閉じたみたいだ。

   

 今日も私は舞ちゃんとのエロい妄想を膨らませながらバスに揺れている……。

 変態じゃないからね!

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10年間腹痛をガマンしてたら、レベルが上がりました。 いろじすた @irojistar

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