第20話
僕たちはボウリング場を出ると、近くにあるファミリーレストランへ入った。
ウェイトレスに案内され、窓際の四人がけのテーブルに着く。入口では、形式的なのか禁煙かどうかの希望を聞かれ、朝井さんが間髪いれずに「禁煙席で」と言って瀬川くんを見やったときは少しドキドキした。
オーソドックスなファミリーレストランで、店内には、子供連れの家族から中高生の集まりまで、広い年齢層の客が食事をしていた。
各々がメニューを選び注文を終えたところで、僕の斜め前に座った朝井さんが、一口水を飲んでから、冗談めかして笑う。
「ていうか泰樹くん詐欺じゃん? 百点越えればいい方って言ってなかった?」
ボウリングのスコアの話だった。二ゲーム目に百二十点が出た。絶妙な緊張感が結果的に良くなってしまったのかもしれない、なんて軽口は出てこなかった。
「男の子に勝てるかもしれないと思ってあたし頑張ったのに」
朝井さんが口を尖らせる。そんな余裕あったのだろうか。なんて突っ込むこともできない。もしかしてあの硬い表情は、瀬川くんのことを意識から追いやってボウリングに集中しようとしていたから……いや、違うだろう。
「でも香澄ちゃんも百越えてたじゃん。すごくない?」
朝井さんの隣に座った市川さんがフォローを入れる。僕も、
「今日はたまたま調子が良かったみたいで」
本当にたまたまだったからそう言ったのだが、朝井さんは腑に落ちない様子で、市川さんへ顔を向ける。
「そんな言い訳されてもねぇ、いっちゃん」
「う~ん、でも水穂くんっぽいとも言えるよね、謙虚? 謙遜? 卑屈?」
「えー、泰樹くんてそんな感じだったっけ」
朝井さんがこっちを見てけらけら笑う。これ以上は口をつぐむことにした。
「泰樹くんと市川は仲いいんだ?」
不意に、瀬川くんがそんなことを口にした。
焦る。言うべきか言わざるべきか。別に隠していることではないけど。
「二年のとき、同じクラスになってるから」
市川さんが言った。それが無難だろうか。瀬川くんと朝井さんの前で微妙な話をすべきでもない。市川さんに合わせて「そうなんだ」と頷く。朝井さんは微妙な顔をしているかもしれないが、口をはさむことはなかった。
「ふぅん、だから市川だったんだ、香澄が誘ったのは」
「まぁ、うん。そうね」
もどかしそうな返事。
昨日も考えたことだが、朝井さんはやっぱり僕と市川さんに話すきっかけを作ろうと考えたのだのだと思う。それを直接聞いてみようとは思わないけど、でも、そんな気がした。
市川さんと話すことは、もう無いだのろうとなんとなく思っていた。それがこういうことになって、ありがたい気持ちもあるけれど、その反対の感情も、少なからず沸いてしまっていた。市川さんは、どうなんだろうか……。
「そういえばさ、泰樹くんに聞こうと思ってたんだけど、一人暮らしって大変? さっきも言ったけど、あたし大学行ったら一人暮しなんだ」
不意に、配慮してのことなのか、話題を代えて尋ねてきた。
「慣れればそうでもないんじゃない?」
素直に答える。実際、大変だと思ったことはない。むしろ一人で楽だとすら思う。
「ごはんは自分で作ってるの?」
「たまに。料理なんて言えるようなものじゃなくて、適当に合わせるだけだけど」
バイトがある日は面倒だから弁当を買うこともあるし、無いときでも本格的に作ったことはない。適当に、いためたり、焼いたり、その程度だ。
「か……すみちゃんは、は料理とかするの?」
同じことを聞き返そうとして、「香澄ちゃん」なんて呼び方をしなければならないことに正直焦ったが、何とか言い切る。しかし当然というべきなのか、朝井さんはその呼ばれ方を何の抵抗もなく受け入れた。
「うん、あたし好きだよ。今でもお母さんと交替でたまにつくったりするし」
本当に、何でもできる人だ。
「引っ越し先、もう決まってるんだっけ?」
市川さんが言葉をつなげる。
「うん。三月の終わりくらいに引っ越す予定」
「引っ越したら、あたしも行っていい?」
「全然来てよ、呼ぶ呼ぶ。ここからだと二時間くらいかかるけどね」
「うん、それくらい大丈夫」
二人が笑顔で話をする一方、僕の隣に座っている瀬川くんは、一人興味無さそうに片肘をついて窓の外を見ていた。卒業後の話、その話題には興が乗らないのか、反射的にそういう態度になってしまうのか。
朝井さんもそれに気付き、笑顔を固めた。
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