第12話

 単純といえば単純な発想だ。だけど、


「三人で?」


 瀬川くんが聞き返すと、


「うん。別にどこでもいいんだけど……ボウリングでも行こうよ。帰りにカラオケでも寄ってさ」


 朝井さんが「どう?」とこちらを向く。「三人で会おうよ」というのは、仲直りの機会を含めて「三人で遊ぼう」という意味だったのだろうか。


「あ、でも、それならもう一人誘って四人の方がいいかな。ねぇ?」


 返事をする前に朝井さんは言葉をつなげた。


「別になんでもいいけど」


 瀬川くんは煩わしそうに言い捨てる。


「じゃあ、ええと、誰がいいかな」


 朝井さんは携帯を取り出して呟く。電話帳を見ているのだろう。ほどなくして、


「じゃあ、いっちゃんはどう?」


 そう言って朝井さんが視線を向けたのは、瀬川くんではなく、僕だった。

 言葉が出てこない。


 ここに来る途中で市川さんの話題を出したのは、最初からそのつもりだったからなのだろうか。最近会っていないことを気にしたお節介のような言葉。だから、瀬川くんに会う口実で、僕を誘った……?


「市川? どうせならもっとかわいい子がいいよ」


 瀬川くんがそんなことを言う。僕と市川さんが付き合っていたことは知らないだろう。朝井さんが慌てたように僕を一瞥してから、瀬川くんを睨む。


「なに言ってんの、いっちゃん、かわいいじゃん」


 僕に気を遣ってるのか、市川さんに気を遣っているのか。


「ま、あえてどっちかで言えっていえばな」

「竜、目が悪いんじゃないの? ねぇ、泰樹くん」


 そこで振らないでほしい。


「どう、だろうね」


 苦笑いでごまかしてしまう。朝井さんと比べてしまうと……まぁ。


「まぁ、ともかく、いっちゃんでいいよね」


 朝井さんが念を押すように僕と瀬川くんを見比べる。


「あ、別にいいけど」

「好きにしろ」


 押し切られるような形で肯定の言葉を返すと、朝井さんは電話をかけるために部屋を出て、廊下の方でなにやら話を始めた。

 その様子を横目で見ながら瀬川くんが呆れたように、


「なんなんだ、あいつ」


 とつぶやくと、こちらを見てから、


「泰樹くん、バイトやってんだよな。明日は大丈夫なん?」


 気を遣ってくれていた。


「ああ、うん。明日は大丈夫だよ」


 そう、明日はバイトがない。空いていてラッキーなのか、断る理由がなくて残念なのか。


 それにしても、朝井さんが僕に声をかけたのは、瀬川くんと一人で会うのが怖かっただけではなかったのだろうか。僕と市川さんを会わせたいという、もう一つの理由があった……? あるいは、本当に深い意味はなく、単に朝井さんの一番仲の良い友人が市川さんだというだけのことなのか。


 そうして電話を終えた朝井さんが部屋に戻ってくる。


「いっちゃんのオッケーも出たよ。だから明日ね」


 弾むように言って、瀬川くんを、そしてこちらも見て微笑んだ。


「じゃあ、時間はどうしようか――」


 朝井さんが仕切る形で明日の予定が決まると、僕たちは瀬川くんの部屋を出た。

 マンションの外廊下で二人になり、朝井さんは申し訳なさそうに向き直る。


「ごめんね、急に決めちゃって。明日、何か用事とかあった?」


 さっきまでの表情が空元気だったのかと思うような、少し抑えた口調だった。


「いや、大丈夫だけど……」

「そう、良かった。いっちゃんにも、ちゃんと泰樹くんがいるって言ってあるから、大丈夫だよ」

「そう……なんだ」


 何が大丈夫なのか。もちろんお互いが来ることを知らないままよりはいいのだろうけど……。だけど、気まずいことに変わりないように思える。

 しかし朝井さんは、ここでも押し切るように、


「じゃあ、今日はありがと。明日もよろしくね」


 そう言って右手を上げた。どうしようもなくなる。


「うん、分かった」

「じゃ、また明日」

「じゃあ」


 朝井さんは上げた右手を軽く振ると、そのまま上の階へ上っていった。

 その後ろ姿を見つつ、気が重くなる。

 朝井さんの姿が見えなくなった後、ようやく足を動かした。今日も夕方からバイトがあるな、と気を紛らわせ、マンションを後にした。

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