第11話
七階建てマンションの四階、瀬川くんの家の前に立った。この左隣は、三年前まで僕と母が住んでいた部屋だ。朝井さんの家は五階にある。
朝井さんは、「一応竜に電話してみる」と携帯を耳に当てた。数秒後「あれ、つながった」とどこか拍子抜けした声を上げた。
「あ、竜? あたしだけど、今家にいる? うん。今、部屋の目の前まで来てるの。うん、だから開けてくれない?」
瀬川くんはどうやら家にいるらしい。
ふと朝井さんの眉間にしわが寄る。電話の中で否定的な言葉を向けられたようだ。
「別にいいでしょ、ちょっと様子見に来ただけだから。うん。いいでしょ?」
朝井さんは語気を強めて電話を切る。
すると、ガチャっとドアの鍵が開き、面倒くさそうな瀬川くんが顔のぞかせた。長袖のシャツにジーパン姿で、さすがに昨日かぶっていたかつらはつけておらず、その頭はスポーツ刈りに近い黒髪の短髪だった。
瀬川くんは気だるそうに朝井さんを睨んだが、すぐ隣にいた僕を視界に入れると、気まずそうに表情を緩ませた。
「あ、泰樹くんも来てたんだ。珍しいね」
「うん。急にごめん」
「いや、まあ」
僕には攻撃的な感情を向けられないのだろう。僕を連れてきた朝井さんの作戦勝ち……いや、そんな考え方をするものではないけど。
「お邪魔するね?」
「帰れって言ったって帰んねえだろ」
朝井さんに投げやりな言葉を返すと、瀬川くんは部屋の中へ通してくれた。「お邪魔します」と言って家の中へ入る。
2LDKの部屋、玄関から廊下があって、途中の左手側に一つ目の部屋がある。廊下の先にはリビングダイニングがあり、左手側に二つ目の部屋がある。
この部屋に入るのは十年ぶりくらいだ。以前遊びに来ていた頃の記憶の通りのまま。自分の住んでいた部屋と似た間取りだというのもあるだろうが、意外と忘れていないものだなと思った。
そして、今家にいるのは瀬川くん一人なのだろうとも想像できた。瀬川くんのお母さんは夜遅くまで働いている。小学生のころ、うちの母が声をかけ、僕の家でお母さんの帰りを待っていることも何度かあった。
僕たちはリビングに通されると、瀬川くんは「その辺に適当に座って」とテーブルを示し、ガラスコップと冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出した。
「そういうの出してくれるんだ。なんか以外」
「お前だけだったら出さないけど、泰樹くんもいるから」
朝井さんが茶化すように言い、瀬川くんも同じような調子で返す。昨日話をしたときとは少し口調が違った。
「一言余計。でも、やっぱ元気そうじゃん」
「うるせぇな」
瀬川くんは鬱陶しそうに視線を受け流す。
風邪で休んだのではない、という朝井さんの想像通りだったのだろう。少し疲れているようにも見えたが、こうやって悠々と動いているし、口調からもあまりおかしなところは見られない。
二人の間にそこまで張りつめた感じがしないのは、心の底からほっとしていた。玄関先での苛立ったやりとりから、もしここで昨日のようなことが起きたら、という想像もしてしまっていたからだ。
あのとき、完全に体がひきつり、何もできなかった。もしここで起きてしまったら、ここには自分しかいない。幼馴染とか、ここ数年は会話をしていなかったとか、そんなものは何の理由にもならない。何かしなければならない。でも、喧嘩の仲裁なんてしたことも無い、そう考えると怖かった。
だけど、今のところは多少棘がある程度でしかない。もちろん、第三者の僕がいるから感情を抑えている、というのはあるだろうけど。
「で、なんの様だ?」
床にあぐらをかいた瀬川くんが、椅子に座った朝井さんへ視線を向ける。僕も同じように正面の朝井さんへ目を向ける。
卒業までに仲直りをしたい、と朝井さんは言った。具体的な考えがあるだろうか。
「あのさ、急なんだけど、明日の休み、遊びに行かない?」
朝井さんは少し声を大きくして、明るく言った。
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