父と空き巣とサンタの来ない夜(全5回)

我道瑞大

第1話 普通信じるか?

「わたしね、小さな頃に本物のサンタクロースにあったことがあるの」


 サヤの冗談はいつもわかりにくくて、笑っていいものかどうか判断に困ることがしばしばだった。

 もちろん僕は彼女のそんな不器用なところも大好きだったのだけど、

 「正体はお父さんか何か?」

 といって僕がクスクスと笑い声を上げると、案の定彼女はムキになって

 「ホントだってば!」と主張してくる。

 少し頬を膨らませたサヤが可愛くて、僕は、そんなサヤといつまでも一緒にいたいとそう思った。だけど


      @


「明日、っていうのはさ、サンタクロースに似てるよな」

 

 父の比喩はいつも独特だった。

 この二十四年で僕はもう慣れっこになっていたのだが、それでも律儀に「はぁ?」と呆れたような合いの手を入れるのは忘れなかった。

 我ながら、よい息子だと思う。

 「子供の頃は、みんな信じてただろ? ベッドに靴下吊して、カレンダーに赤丸を付けて、クリスマスを指折り数えて、そうやってサンタを待ってる。ちょっとやんちゃな奴だったら、入り口のところに縄跳びでも仕掛けてやろうとか企んでるかもしれない」


 それはおそらく父の実体験なのだろう。

 少年の父は、指折り数えて無邪気にサンタクロースを待っていたのだ。


「だけど、ある時気づくんだよ。そんなもの待ってたって来やしないってことに。今日の次は、次の今日があるだけだって気づいちまう。それで今度はひねくれる。自分はもうガキじゃない、って開き直って、もう靴下なんて吊さないし、赤丸だって付けないし、指折り数えないし、トラップだって仕掛けない。そう思って鼻息も荒く床につくわけだ」


 そう言った父の鼻息も相当に荒かった。昔を思い出して昂奮しているのかもしれない。


「……それなのに、だ。俺たちがクリスマスの朝起きて最初にすることはなんだ? 無関心を装って枕元の靴下を覗き込んで、ため息をつくんじゃないか? 最初っから期待なんてしてなかったはずなのに、朝起きて、何の変化もない「今日」に、思わず二度寝してしまいたくなるほどの失望を覚えるのはなんでだ?」


 そもそも僕はサンタに期待したことなどないし、靴下を覗いてため息を就いたこともないし、二度寝したくなる失望というのがどれほどのものなのかさえ分からなかったが、

 父の言った「何の変化もない今日」という言葉だけはヤケに耳に残った。


「俺たちはさ、信じてないって言いながら心のどこかで信じてて、来るはずがないって思いながらいざ来なかったときにはため息をつくんだ。まったくイヤになる。だからな」


 父が目を輝かせて「だからな」と言ったときには要注意だ。


 いつだって、父の「だから」はまったく「だから」になっていない。


 理由にならない理由を無理矢理くっつけて、彼は屁理屈で人を丸め込んでいく。少しでも気を抜こうものならいつの間にか銀行強盗の片棒を担いでいたなどという事にもなりかねない。実際に…、


 そこで父は、悪魔の笑みを浮かべた。


「だからな魁斗。俺と一緒にサンタクロースをやらないか?」


 サンタクロース?


 思わず、「はぁ?」と気の抜けた声を漏らしてしまった。

 ただ、同時に安心してもいた。

 サンタクロースという響きは不可解でこそあるものの、犯罪とも危険とも縁遠そうだった。


「子どもたちにプレゼントを配るんだ」


 長年温めてきた夢を語るような、そんな口ぶりだった。

 物心つく前に死んでしまった母さんも、父のこんな表情に惹かれたのではないかとそう思った。


 それできっと、サンタの恰好をして街頭に立って、プレゼントを配る慈善事業のようなことをするのだと当たりをつけて、僕は「いいんじゃないの」と気のない返事を返した。


 ついでに言えば、4年間付き合った彼女と些細なことで喧嘩になって、予定のないクリスマスを前に暗澹としていたのも誘いを受けた理由の一つだった。

 

 じっとしていると彼女のことを考えてしまうから、今は少しでも忙しくしていたかったのだ。


         @


 昔から父は突拍子もなくてメチャクチャで、おまけに口もよく回るモノだから、僕は何度も騙されてとんでもない目に遭わされている。


 突然、登山だと連れて行かれて崖を登らされたり、社会勉強だと言って見知らぬ人の家に電話をかけさせられたり、

 そのうち銀行強盗でも手伝わされるのではないかという危惧も決して大げさではない。


 実際に、僕は知らぬうちに万引きを手伝わされたことがあった。

 小学生の頃のことだ。

 紺色のショッピングバッグを渡されて、

 「ここは、お金を払わなくてもいいお店なんだ」

 「この袋を使って、人に見つからなければご褒美に持って帰ってもいいんだぞ」と教えられた僕は、

 ぽっくりマンチョコ5つとすごい棒20本をこっそり袋に入れて意気揚々と店を出た。


 得意げな顔で帰ってきた僕を見て、父が腹を抱えて大笑いしたのは言うまでもない。


 ――普通信じるか?


 まるで、騙された方が悪いとでも言いたげな口ぶりだった。

 小学生を相手に、である。

 あの頃はそれなりにショックを受けたモノの、そんなものかとしか思っていなかったが、分別の付く大人になって改めて考えてみれば、世を恨んでぐれてしまってもおかしくない程非道い仕打ちだった。


 一応、その話には裏があって、父の会社が主催した防犯を呼びかけるPRの一巻だったらしいのだが、それ以来ずっと近所での僕のアダ名は「小さな泥棒さん」で通っている。


 ルパンみたいでカッコイイと思っていたのは、小学校のうちだけだった。


(つづく)

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