第4話 くだらない
ぎゃー、ぎゃー、うるさい暴力女も職員室では静かにしている。
あたしが一から説明すると、平塚先生はあきれ顔のまま口が半開きだった。
「その話は、本当か?」
「あたしが通りかからなかったら、そこの暴力女がくそガキの頭をフルスイングで蹴り飛ばしてます」
ビシッと指さすと、暴力女は顔を真っ赤にして「違います!」と叫んだ。
それからボロボロと泣き出して、話にならない。
「泣けばなんでも許されると思ってるの? おめでたい頭ね」
「香奈恵ちゃんは、ちょっと黙っておこうか。暴力女じゃなくて、紺野陽菜さん。くそガキは久遠寺ユイさん。名前で呼んであげて」
くそガキがムッとした表情を見せた。
暴力女は否定したのに、くそガキはそのまま。思わず噴き出しそうになった。
平塚先生とも仲が悪いようだから、この勝負、暴力女の勝ちか。なーんて考えていると、暴力女の口が開いた。
「平塚先生、聞いてください。ユイが……意地悪なんです」
「わかった、わかった。まずは紺野の話を聞こう」
「幼い頃から夢があって……。俳優かアイドル、芸能人になりたいんです」
「は? 紺野は国立大学に行って、弁護士を目指すんじゃなかったのか?」
「美人弁護士もかっこいいけど、ほら、どちらかというと、かわいいタイプでしょう。だから、芸能人に」
暴力女がチラッとこっちを見た。
意見がほしいのなら、言ってやる。
「まあ背も高いし、スタイルもいいから、芸能人になれるんじゃないの? 性格は腐ってるけど」
「香奈恵ちゃんは黙ってて。それで、その夢と久遠寺にどういう関係が?」
「……ユイのパパは久遠寺公康だもん。口利きだってできるでしょう」
「だからできないって、何度も言ってるでしょう!」
「久遠寺も落ち着いて。職員室で声を張り上げるな」
あたしは頭の中を整理した。
くそガキの父親が有名人で、その人に会いたいから頭を下げていた。でも願いを聞いてくれない。
「もしかして……くそガキにケガをさせたら、父親が飛んでくると思ったの?」
図星、というような目をしている。
「あきれた。平塚先生、いつからあたしの母校はバカばっかりになったの?」
「香奈恵ちゃんッ」
「ちょっと待ってよ。それじゃ、陽菜がずっと私の靴を捨てたり、教科書に落書きをしたりしていたのって……。そんなくだらない理由だったの?」
「くだらなくないわよッ! 人の夢にケチつけないで」
この暴力女以外は、全員「くだらない」と冷めた目をした。するとまた激しく泣き出した。
「あー、職員室で泣かない。紺野、よく考えてみろ。嫌がらせをして、嫌われて、そんな人に口利きをするわけないだろ」
「でも……有名に……なりたくて。一度でも会えれば、きっと……。必ず、スカウトしたくなるから……」
「平塚ぁ、私、教室に戻っていい?」
くそガキが帰ろうとするから、あたしも便乗しようと思った。
でも暴力女が立ち塞がる。
「ユイなんか大嫌いッ! はじめは、少し困らせてやろうと思っただけだった。上靴をちょっと隠して、困っているところに穂乃花が持っていく。そんな計画だったのに、ユイは空っぽの靴箱を見て、困る様子を見せない。涼しい顔をして新しい上靴を買ったのよッ」
はじめはなんの話かわからなかった。
よくよく聞けば、暴力女の父親はリストラされて、家計が苦しい。授業料全額免除の特待生を維持することで、どうにか高校へ通っている。
私服はファストファッションやフリマサイトを駆使して、メイク用品も百円ショップでそろえて。少ないお小遣いでやりくりしているのに、ポンポン新しい物を買う、くそガキ。憎しみが募ったらしい。
「ユイは金持ちだから、いつも平気な顔をして……。それが悔しくて……夏休みにお母さんが倒れて……。働きすぎなの。家計を助けたくて……有名に……なれば……」
他人が羨ましくて、憎くなる気持ち。そこそこ理解できるけど、していいことと、悪いことがある。
言いたいことが山ほどあるけど、それは平塚先生に任せよう。どうまとめるのか、お手並み拝見。
涼しい顔で高みの見物を決め込む。そう決めたけど、忘れないうちに渡す物があった。
「くそガキ、これをあんたに」
本の入った袋を投げつけた。
「重いッ。なんですか、これ」
「あんたがバカだから、カナ兄ぃが心配して選んだ本よ。……って、嬉しそうな顔するんじゃないッ」
あーあ、今日は本当に最悪な日だ。こうなるような予感がしたから、行きたくなかった。
小難しい勉強の本をもらって、頬を赤く染める奴なんてはじめて。あたしは、くそガキを喜ばせるために来たんじゃない。
さっさと帰ろうとしたのに、平塚先生がポンコツだった。
「まあこれで、紺野も久遠寺も言いたいことをハッキリ言えたな。紺野は久遠寺に謝れ」
「……ごめんなさい」
「ほら、久遠寺も」
は?
思わずくそガキと顔を見合わせた。
言いたいことをいたのは、暴力女だけ。
口を挟もうとしたら、
「私の方こそ力になれなくて……。ごめんね、陽菜」
お互い謝って、握手をして、それでおしまい。小学生かよッ。
職員室を出て、真っ先にくそガキを呼び止めた。
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