第3話 あれが水樹の妹?
かわいさ余って憎さ百倍。
私が勝手に心配して、不安で走ってきただけでも、のんきに「どうしてここに?」
そりゃないでしょう。
「心配だから、ここに来たのッ! 私のせいで胃に穴が開いたって、平塚から聞いて飛んできたのに」
「胃? ちょっと、落ち着こうか……ユイ」
水樹は小さく万歳をしてタジタジだ。だから締め上げた手を離そうとしたのに、長い黒髪をひとつに束ねた女が割って入った。
「ちょっと、あんた。カナ
「かな……にぃ?」
「い、妹の
妹……。
水樹の妹と言えば、
「あ、あのすごくおいしい、お弁当の人!」
「え?」
香奈恵さんが驚いたように目を見開いた。でもすぐに眉間にしわを寄せて、険しい表情になっていく。
なにかまずいことを言ってしまった?
目で水樹に尋ねたけど、ダメだった。私に胸ぐらをつかまれたときより、「ここから逃げ出したい」と顔に書いてある。
「カナ兄ぃ酷い! 完食するようになった喜んで作っていたのに。こんなガキに食わせてたの?」
「あ、いや。香奈恵の弁当は量が多いから……、その……」
「いつから食べてないの?」
「ちゃんと食べてた。しっかり食べてたって。なあ、ユイ」
「えっ、えっと……、んー」
目が泳ぐ。
すがるような声で助けてくれと、言わんばかりの顔をされても、お弁当はほとんど私が食べていた。サラダを少し食べて、リンゴをかじる水樹しか覚えていない。
「にぃちゃん、もうちょっと静かにしてくれや」
隣のベッドから野太いオッサンの声がした。
ここは病室なのに、ついカッとなってうるさく騒いでしまった。
しゅんとして下を向いていると、
「そろそろ検査の時間だから、ユイも香奈恵もまた明日な」
水樹は手を振っている。
まだまだ聞きたいこと、知りたいことがたくさんある。もっと話がしたくて顔を上げたけど、水樹は隣のオッサンに謝っていた。申し訳なさそうに、困った顔をして。
正しいことをしても、すみませんでしたと謝る気持ち、おまえにはわからない。平塚からの言葉が頭に浮かんだ。
私はすぐ頭に血がのぼってしまうから、怒ったり、反論したり。水樹は悪くないのに、いつも迷惑をかけてしまう。
「お騒がせしてすみませんでした」
香奈恵さんも静かな声で謝ると、私の腕をつかんだ。
「あたしたちは帰りましょう」
「うん……。ねえ、水樹。明日もここに……、いいかな?」
「もちろん。また明日」
形のいい目を朗らかに緩ませて、水樹が嬉しそうな顔をしてくれた。
大好きな笑顔を見てしまうと、不安も一気に消し飛んでしまう。
明日も平塚の補習授業があるけど、その帰りに会えるなら、苦手な英語もドーンとこい! なんだか無敵になった気分だった。
軽い足取りで病室を出ると、香奈恵さんが私の顔をのぞき込んだ。
「もしかして、あなたが久遠寺さん?」
「はい、そうです。私が久遠寺ユイです。えっと、水樹……さん? 香奈恵さん? どう呼んだらいいですか?」
「香奈恵でいいわよ」
名前の呼び方に困っている私を見て、クスッと笑った。その顔が水樹にそっくり。
なめらかな黒髪はサラサラで、額はすっきり出してある。少し日焼けした肌に、くっきりとした大きな瞳。形のいい鼻と唇も、最高のバランスで並んでいた。
今まで、ファッション雑誌から飛び出たような陽菜が、一番かわいい人だと思っていた。でも今川さんが現れて、控えめで上品な美しさを知ってしまった。かわいい陽菜とは違う、美人タイプ。
ところが水樹の妹。香奈恵さんはあきらかに目を引く美人顔。水樹が日なたの匂いがする太陽のような人なら、香奈恵さんは漆黒の暗闇に浮かぶ月のような美しさ。ひとりだけ、神秘的な月光を浴びているような感じ。
どうして私の周りには、やたらと顔のいい人ばかりが集まるのか。軽く落ち込んでしまうけど、ポーッと見とれてしまう。
「それじゃハッキリ言うけど、もうここには来ないでくれる? とっても迷惑なの」
クスッと笑った美しい顔から一変して、この世で最も憎い敵を見るかのような目で、睨まれた。
「病室で騒いで、水樹にも迷惑かけて、悪かったと思います。でも……」
「あたしはトモ
「そんなこと言われても、約束したし」
「それなら大丈夫よ。明日から来ない。もう二度と会いに来ないって、あたしからカナ兄ぃに伝えておくから」
「勝手に決めないでよ!」
「ほら、またうるさい。ギャンギャン吠えるから、迷惑なの」
水樹と同じ顔をして、鋭く、冷たく、責めてくる。
「あたしも帰るけど、あなたと一緒に帰る気ないから。さようなら」
プイッと背を向けて、非常階段をおりていく。
「ちょっと、ここ五階だよ」
階段の上から香奈恵さんに声を掛けたけど、艶やかな黒髪は立ち止まることなく消えていく。
「あれが水樹の妹?」
見とれてしまうほどの美人なのに、性格に難あり。
心優しい水樹とは正反対の冷酷人間で、ずいぶんと失礼な奴。
じわじわと怒りが胸に広がってくる。
エレベーターが上の階で止まったまま、なかなかおりてこないので、何度もカチカチとボタンを押した。
「あー、あれがブラコンか。はじめて見た、ムカつく」
酷い言い方をされると、なにかが心の奥底から湧いてくる。
絶対に負けるもんか。
きつく冷たくあしらわれたけど「明日も見舞いにいってやる」と心の中で叫んだら、体中の血液が沸々と熱くたぎるようだった。
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