(6) まじか
尋深とは大学から帰る方向が同じで、二人とも自転車通学だった。学部は違ったけれど同じテニスサークルに所属していたので、帰りが一緒になることくらいあってもおかしくない。
だが、一筋縄ではいかないのが現実だ。
通学路途中のコンビニで時間を潰しながら前の通りを眺めていても、一向に彼女は通らない。もう帰ってしまったあとだったのか、どこか寄り道をしていたのか。はたまたそんなときに限って違う道を通って帰ったのか。判断のしようもない。
一度そのコンビニで出会えたこともあったものの、そのときの彼女は友達と一緒だった。ただ軽く会釈をしただけで終わってしまった。それでも、少し首を傾げるようにして見せてくれた控え目な笑顔だけでも、当時は大きな収穫だった。
一緒に帰ろうのひと言すらいえない腰抜けだった。あの頃の自分のうしろに立って背中を押してやりたい。針で突いてやりたい。そんなふうにさえ思う、赤面ものの苦くて青い思い出。
「お待たせしました」
女将が細い腕で運んできた一升瓶を見せて銘柄を確認し、その場で卵型の日本酒用のグラスに注いでくれる。
最近の日本酒の好みは「生」であったり「無濾過」であったり「原酒」であったりする。それにぴったりの一本だった。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
手にも心地いいグラスを口に近づけたとき、カウンタに置いてあったスマホが震えて着信を知らせた。
LINEの着信だったが、発信者の表示を見て手が止まった。
尋深からだ。
平静を装いつつ、グラスをスマホに持ち替えてトーク画面を開く。
>>どこで何してんの?
それだけだ。
なんだこれは?
まるで学生仲間のような口調。挨拶の言葉すらない。
こちらが思い悩んでいたのを知ってか知らずか。
まあ、知っているわけはない。
女という生き物は時に本当に無神経だ。そう上書き保存した。
こんなのありなんだ——。
散々悩んだ自分が馬鹿に思える。
>>呑み屋のカウンタ。
>>鰆の西京焼き。
>>
しばらく画面を眺めながら返信を待ったところで、すぐに来るわけもないと思い直し、西京焼きに箸をつけた。あたらめてグラスを手に取り、奥播磨を口に含む。
すっきりとした口当たりながら、しっかりとした旨味が鼻腔に広がった。喉越しも嫌味なところが全くなく、西京焼きとの相性も絶妙だ。
そこでまたスマホが着信を知らせた。
>>なに⁈ どこの店?
驚いた表情と口から物欲しそうな涎を垂らした表情、二つの顔の絵文字が添えられていた。
軽く笑ってしまったところで、女将と目が合う。
女将は控えめながら意味深な笑みを浮かべている。何故かバツの悪さを感じ、すぐに視線をスマホに戻してしまった。
この店はグルメサイトにもほとんど情報が出ていない。辛うじて店名と住所、電話番号が分かるくらいのものだ。面倒なので、情報サイトのリンクだけをLINEで送った。
奥播磨が進む。
西京焼きも絶品で、コメとの相性が抜群だ。酒が呑めない人なら白ごはんが進むだろう。
次に届いたLINEを見て、箸が止まった。
箸を箸置きに丁寧に置いてスマホを手に取り、あらためて確認をする。
>>三十分で着く。
加えて、ダッシュして走る姿のスタンプが一つ。
「まじか」
思わず声が出てしまった。
店内を見渡す。その途中でまた一瞬だけ女将と目が合った。
女将一人で切り盛りしている店だからさほど広くはないが、週末といえども混んでもいない。
広々と六席取られたカウンタの反対側の端に別の客がいた。テーブル席にも一組。それだけだ。
「一人、連れが来るみたいなんだけど、大丈夫だよね?」
包丁を使っていた女将に話しかける。
「ええ、もちろん。さっきの名刺の女性ですか?」
女将は顔を上げ、とても楽しそうな視線を投げてきた。
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