第18話 依頼の真相は?

 七



「あの、……えっと」


柳田さんが無邪気にも置いて行った爆弾を、どう処理するか。


いや、もう爆発後かもしれない。導火線が一ミリも残っていない状態で投げつけられたのだから、ここはもう事故現場だ。


コンビどころかカップルだなんて。駒形さんは、どう思ったのだろう。私は目玉だけを動かして、駒形さんにちらりと視線を流す。


駒形さんはまだ、憂いを帯びた目で、柳田さんの去っていった方を見つめていた。それから短く手を合わせる。


「……どうされたんですか」

「少し祈りを捧げただけだよ。仏様は正しくないか。……故人にね」


故人? まさか柳田さんは幽霊、なんて少しオカルトなことを考えてしまったが、そんなわけがない。


「アントニーさんが亡くなったんだ、たぶん」


あんまりに思いがけなかった。私は驚いて振り仰ぎ、すぐに「どうしてそう思うんですか」と切り返した。


「柳田さん、今日はスーツだった。それもあのノリの乗り具合は、クリーニング仕立てだと思う。

そこから数珠の入った巾着袋に、海外行きのチケットと出てこれば間違いない。数珠は仏具だから、他の宗教だと使わない。でも、葬式って聞いて反射的に持ってきたのかな」


あの浮き上がった輪っかは、数珠だったのか。


パズルが埋まっていくようだった、埋まらなくてもいいピースが。そのピースの一つとして、「今度は俺が食べさせてやりたい」、そう柳田さんが言っていたことを思い出す。まさか。


「……間に合わなかった、ってことですか?」

「ううん、そうじゃないよ。依頼の時点で、既に亡くなってたんだと思う。最初から、葬式にプディングを持っていくつもりだったんだ、きっと。それで今日がフライトの日だった。でも隠してたんだろうね。人に悟られたくなかったんじゃないかな。あの人は陽気だから」


そういえば最後も大笑いしていたっけ。

私が同じ状況に置かれたら、たとえ関係のない人の前でも、あぁは振る舞えないと思う。取り乱すか、あからさまに落ち込んでしまう。雑談なんて持ちかけられても、応じられないだろう。


「わざわざ供え物の味にまで拘るなんて。アントニーさんの心遣いもすごいと思ったけど、柳田さんも同じだけアントニーさんのことを思いやってたんだろうね」


過去形じゃないな、今も。と、駒形さんは慈しむように継ぐ。


「ヨークシャープディングの味自体は結構すぐに分かったんだけど、柳田さんがあえてそれを俺に、しかも急ぎで頼ってきた理由がずっと分からなかった。アントニーさんが健全なら聞けるだろうからさ。なにかあるとは思ってたんだ。ありがとう、おかげさまで分かったよ。観察に集中できたからね」


感謝をされても、柳田さんのことを思えば、素直には喜べなかった。

私は合掌して、目を瞑り小さく祈りを捧げる。願わくば、柳田さんの気持ちが届くように。そうして黙祷することしばらく


「さて、いつまでもしんみりしててもしょうがないしね。俺たちも、プディングの残りを食べようか」

「……はい」

「本当いい子だね。普通は人のこと、そこまで思えないよ。でも、いつまでもそれじゃあ故人も報われないから。ほら笑顔、笑顔」


肩を二度ほど叩かれて、私はまた「はい」と返事をし口角をちょっと上げて見せる。


「作り笑いも必要なときがあるね。柳田さんが次にお店に来たときは、笑顔で迎えよう。その方が柳田さんも幸せにご飯を食べられるよ。長い間、覚えていてくれる料理になる」


やっぱりすごい人だ、この人は。どこまでも食べてもらう相手のことを考えている。


柳田さんとアントニーさん、二人の友情と思い出が詰まった「和風ヨークシャープディング」は、私の口にもよく合った。駒形さんが切り出してくれたローストビーフにもマッチする。


たしかに、私の持ってきたポップオーバーだと甘すぎて肉とは合わなかったかもしれない。


食べ終えると、私たちは後始末に当たった。それにかたがついたら、倉庫の整理に取り掛かる。


せっかく定休日に来たのだ。お客さんのいない今やるべきでは、と私が申し出た。実際、雑然としていて私にはなにがなんだか分からないので困っていたのだ。


「ほんとよく働くなぁ。絶対休ませるからな来週は。法定時間内とかいう問題じゃない」

「むぅ、分かりましたよ」


別に働きたいわけじゃない、なになら物の整理整頓は苦とする方だ。それでも私が自分から志願したのは、例の爆弾事故を検分せずには帰れないと思ったから。


コンビじゃなくて、カップル。そんな扱いは、彼にとっては迷惑かもしれない。


「……カップルって勘違いされちゃいましたね。柳田さんに」


私は調味料や油類を、料理のジャンルごとに分けていきながら、少し思い切って言ってみる。


駒形さんは、平気で十キロ以上はあるような小麦や米などを仕分けていた。聞こえなかったのかもしれない。でも二度目は、意識をしすぎているみたいで恥ずかしい。後からしてみれば一度だけでも。


私は肌の下でかーっと血が巡り出すのを感じる。たぶん顔は、もう血管が浮き出て斑点になるくらいには赤い。


が、真っ赤な人は目の前にもいた。私以上かもしれない、白磁のような肌が熟れたイチゴの色に染まっている。


「…………気にしなくていいよ」

「は、はい」

「あと俺の顔が赤いのも気にしないで。あんまり慣れてないんだ、女性とあぁいう、……いい雰囲気って扱い」


え、そこにいるだけで女の人も、なんなら男の人の気さえ引きそうなのに?


「俺、高校までは男子校だったんだ。大学になって急に女子と関わったから、うまく接せなくて。仕事って割り切ってれば大丈夫なんだけど……」


このルックスで頭もキレるのに、ウブときた。


また新しい側面を知った。やっぱり蔵前だ、この人は。本当に面白い、こうなったらまだまだ側にいたい。


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