第33話「もう遅いのです」
「つまりこれはメンテナントによるテロルと言う事でしょうか?」
「はっ、ヤコブ・マスノの机から出てきた記録によると、彼らの拠点を調べていたようです」
翌日、事後処理は直ちに行われ、死んだように爆睡したハルたちが起きてくると、直ちにリビエナの事情聴取を受けた。
競技場と、校舎の何棟かが全損したが、人的被害が少なかったのは不幸中の幸いだった。
超竜の死体は現在検分中だが、犠牲者の保証や銀鮫1号が消費したパウダー、壊れた校舎の再建などもろもろの費用はこれを素材として活用することで捻出する予定だそうだ。
マリウスも避難誘導に貢献し、がれきの下から学生を数多く救ったため、同席を許されたが、超竜はヤコブが召喚したと聞いて、唇をかみしめた。
「おそらく、ヤコブ殿は殿下の為にメンテナントを調べていて、罠に嵌められたのかと」
ハルは「自分の印象」を話すが、リビエナの口がわずかに微笑む。
彼は「こちらは被害者だが、彼がメンテナントの協力者ではなく、正義漢が陥れらていた事にしてよい」と持ち掛けているのだ。ヤコブの実家を潰してもハルには何の益もない。
ならば、シルヴィアとの未来のために使わせて頂く。
後ろにひかえているエマとアレクが「うへー」と言う顔をしているが無視である。
「なるほど、そなたとシルヴィア嬢の活躍は直接見せて頂きました。見事と言う他ありません」
そう言って、リビエナは人払いを命じる。
残ったのは護衛の近衛と、ハルたち4人とマリウスのみである。
「そなたの『フィークシン仮説』は読ませて頂きました。まことに興味深い」
「はっ、必ずやこれを実証し、王国に貢献……」
「なにを言っているのです? あなたは」
「こいつ頭が良いのか馬鹿なのか?」と訝しがる様子の摂政に、シルヴィアは「おまえ、気付いていなかったのか。どうりで……」とあきれ顔だ。
「もうあなたの説はもう仮説ではないでしょう。なにしろ超竜との戦いで宝刀”隼”を使用し、フィークシンの効果を身をもって実証したのですから」
「あっ!」
シルヴィアが、こまったもんだと呆れと愛着が入り混じった笑顔を向けてきて、ハルは照れくさそうに笑う。
「そなたの研究は国外に流出させるわけにはいきません。パトローネスであるシルヴィア嬢が責任を以て彼の安全を確保してください」
「はっ!」
「また、貴族学校に専門の研究室を設立します。国内から優秀な人材を秘密裏に集めて、大規模なフィークシン研究を行わせるつもりです。もちろん、室長はハル・クオン、あなたです」
それなりの待遇は予想していたが、学生の身分で研究室をまるまる任せられると言うのは、ほとんど例がない。伝説級の話だ。
そう言ったら「実際、伝説級の話なのですから、仕方ないでしょう」と微笑まれた。
多分、ここで固辞したら自分は消されるか、良くて軟禁である。辞退するつもりはなかったので、問題はないが。
「有り余る光栄でございます」
「さて、褒美をとらせなければいけませんね。フィークシン仮説……いや、理論を打ち出した功績と、超竜撃退両方の。分かり切ってはいますが、何か希望はありますか?」
正直、王子に直訴したときでもこんなに緊張しなかっただろう。
自分は一生の決断をしようとしている。
だが、緊張や重圧は感じていても、迷いは微塵もなかった。
「シルヴィア様を下さい!」
ハルが声を張り上げて願うと、それに続くように「私からも、お願いいたします」と頭を下げた。
「まあ、この結婚は国にとって得しかないですから、認めたくはあります。私は伝説クラスの魔法研究者を抱え込める。魔法素材を扱う公爵家もそなたとの縁談で大いに潤うでしょうし、それは国民にも還元されます。問題は……」
リビエナは拳を震わせるマリウスを見やる。
「どうしますか? あなたが婚約破棄を望むなら、国全てが幸せになります。もしそれで良いと言うなら……」
マリウスはリビエナからシルヴィアに視線を移し、噛み締めていた唇を開いた。
「シルヴィア! 私が馬鹿だった! 失う事がただ怖くて、大切なものが何なのかを見失っていた! どうか、どうかもう一度チャンスを!」
ハルもまたシルヴィアを見やる。
だが、その瞳に浮かんだのは、罪悪感であり、悲しみであって、後悔や迷いの色は見えなかった。
「……殿下、もしあの時。私が泣いてすがった校門で、最後の問いをした練習室で、同じ言葉をおっしゃってくれたら違う結果になっていたかもしれません。ですが、私はハルと共に生きます」
一礼して頭を上げた彼女の瞳からは、もはや罪悪感も悲しみも感じなかった。
あるのは、強い意志だけ。
「なら、ハル・クオン殿! 君に決闘を申し込む! 私が勝てば……」
ハルはマリウスを醒めた目で見ながらも、この人の気持ちは良くわかると思う。
自分の愚かさからきた結果とは言え、自分の大切なものを今まさに失おうとする苦しみは良くわかる。身を裂かれんばかりの苦悩だろう。
だが、だからこそ自分は引導を渡さねばならない。
「殿下、男が恥もいとわず自分の全てをかけて勝負に挑もうとされる。そのお気持ちにはできればお応えしたい。でもシルヴィア様、いえ、シルヴィアだけは駄目です。彼女を失うリスクを負うくらいなら、僕は恥辱を選びます」
「頼む! 私にチャンスを!」
懇願するマリウスに、感じているのは、怒りなのだろうか?
きっと、傲慢の為にすべてを失う人間への憐憫と、自分もそうなることと無縁ではないと言う恐れだろう。
だが、妄執はここで絶たねばならない。
「……殿下。もう、遅いんですよ」
マリウスの目が見開かれる。
そして彼は、膝から崩れ落ち、うなだれた。
「ハル・クオン。私の負けだ。シルヴィアの恋人としてだけでなく、人間として。私は何故今まで……、何故……」
謁見の間に、彼のすすり泣く声が響き渡った。
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