第30話「嵐の告白」
割れた空から降り立ったは、城ほどもある巨大な竜だった。
体中が鱗状の突起物に覆われ、瞳は真っ赤で瞳孔が無く、ナイフのような牙は、血を欲する様にぎらぎらと光を反射した。
「あれは、超竜!」
「摂政殿下、早く地下へ避難を!」
来賓席からお忍びで観戦していたリビエナは、留学先で学んだ旧文明の遺産を目の当たりにし、目を剥いた。
旧文明を自滅に追いやった恐るべき破壊的技術。あれは、そのひとつだと古文書には記されていた。
「学生の避難も急がせなさい! あれは竜を改造した生体兵器です! あれ一体あれば、街ひとつ蹂躙できる危険なものですよ!」
護衛の兵たちが、リビエナと学生たちを逃がすべく、杖や剣にパウダーを装填して魔法を放つ。
だが、彼らは専門の竜殺しではない。魔法は超竜の動きをわずかに止めただけで、直ぐに活動を再開する。
生徒たちとリビエラがこの場を離れる頃には、彼らのパウダーは枯渇していた。
そして超竜は、市街地に向けて歩き出す。
人間を襲い、魔力を食う気なのだ。
◆◆◆◆◆
「あっ! 竜騎兵だ!」
隣接する騎士団屯所から、精鋭の打撃空中騎兵が飛来する。
彼らは一糸乱れぬ連携で超竜を取り囲み、光弾を撃ち込んでゆく。
これには超竜も悲鳴を上げて苦しむが、通常の竜と同じ手段で超竜に対抗しようとしたのは誤りだった。
その失敗を、すぐに思い知らされる。
超竜の鱗が火を噴いた、煙を吐き出しながら撃ちだされた無数の飛翔体は、魔法誘導で竜騎兵たちを追尾し、半数を飛竜ごと吹き飛ばした。
「脱出!」
何名かは副隊長の指示で、パラシュートを開くが、多くの者は飛竜と運命を共にした。
「くっ、火力が足りん! 烏丸補佐官、早く! 早く”あれ”を!」
降下しながら仲間たちの絶望的な戦いを見守る副隊長は、腰の剣に手をかける。
大勢の部下と飛竜を失ったが、地上に降りて戦いを継続する覚悟だった。
◆◆◆◆◆
ハルがシルヴィアと合流した時、彼女は避難誘導を行っていた。
「駄目だ! このままでは避難が間に合わない!」
シルヴィアは決意のこもった目で超竜を見つめると、剣に手をかけた。
「駄目ですシルヴィア様! 今度ばかりは相手が悪すぎます!」
「そうだよシルヴィ! 幾らなんでも……!」
必死に止めるハルたちだったが、彼女が言い出したら聞かないのは折り紙付きである。
確かに、剣技や魔法で竜騎兵に匹敵する実力を持つ彼女なら、プロの手助けぐらいはできるかも知れない。だが、命の保証はない。
「平民の危機に貴族が命を惜しんでどうする!」
断固として言い切るシルヴィアに、ハルも説得のさじを投げた。
「分かりました。その代わり、僕も連れて行って下さい!」
「ちょっと! ハル君!」
エマの抗議に「すみません」と頭を下げ、シルヴィアに向き直る。
シルヴィアは、言葉を飲み込んで沈黙する。
「初歩的な増幅魔法でも、ないよりはマシです。連れて行ってくれないなら、勝手に突っ込みますよ?」
余裕ぶって笑って見せるが、多分笑顔は強張っているだろう。
だが、引く気は無かった。
「気に入った! 俺も助太刀させてもらう」
「アレク君まで!」
今度のエマの声は、抗議と言うより悲鳴だった。
「このままじゃみんな死ぬだろ? エマが死んだら色々張り合いが無いしな」
「いい加減に……」
大声を出そうとしたエマの口を、アレクが塞ぐ。
「続きは、また後でな!」
顔を真っ赤にしてフリーズするエマを背にして、アレクは駆け出す。
「シルヴィア様、僕も、同じ覚悟です」
はっきりと告げるハルに、シルヴィアは一瞬だけ苦しそうな表情になるが、すぐに晴れやかなものに変わる。
「分かった。ついてこい!」
「はいっ!」
駆け出そうとしたとき、ひとりの騎士が「ちょっと待ってください!」と走り込んでくる。
確か、烏丸が世話をしている若手の見習い騎士だ。
「これは烏丸補佐官から預かったもんです。ハルさんに渡すようにと」
手渡されたのは、東方の刀。
確か、フルサイズの刀を切り詰めた小太刀と言う武器があると烏丸が言っていた。
「これを、何故僕に?」
「これは最高レベルのアーティファクトだそうです。伝説級の増幅魔法を発動できますが、並の魔力変換率だとたちまち魔力を吸い取られて衰弱死するそうで。威力を維持するには100%を超えないと……」
「無理でしょっ!」
見習い騎士は「そう言われましても、私は預かっただけでして……」と要領を得ない。
「あっ、そうだ。補佐官は『お前には”アレ”があるでしょ?』とおっしゃってました」
(アレ? ひょっとして、フィークシン仮説のことか!)
烏丸がこれをハルに託した理由が分かった。
要するに、何とか脳内からフィークシンをひり出して、ぶっつけ本番で使いこなせと言う事らしい。
「滅茶苦茶だっ!」
頭を抱えるハルに、見習い騎士は更なる難問を背中に乗せてくる。
「あと、補佐官は『半時ほど耐えるように。後はこちらで何とかする』そうで」
「半時あれと戦い続けろと!」
「はぁ、私は烏丸補佐官に……」
「もういいです。屯所に戻って補佐官に『バカヤロー』とお伝えください」
見習い騎士は敬礼して去ってゆく。
後には問題を押し付けられたハルとシルヴィアが残される。
「どうするハル。何か方法があるか?」
ハルは、彼らしくない仕草で頭をがしがしとひっかくと、シルヴィアに向き直った。
「シルヴィア様。この戦いには、どうやらフィークシンが必要なようです」
シルヴィアは、ハルの言葉を咀嚼して、彼が何を言わんとしているかに気付く。
両手を前に突き出し、「ちょっ、ちょっと待って……」
えーい。ままよ!
ハルは一歩前に出て、シルヴィアの両手を握りしめる。
「シルヴィア様! フィークシンがどうとか、そういう話じゃなくて、お慕い申し上げてました! 愛しています!」
シルヴィアはサウナに閉じ込められたように真っ赤になり、動きを停止した。
「それは、その。頭の処理が追い付かん。殿下と婚約破棄してばかりなのに、お前を受け入れるなどと……」
「それはつまり、殿下との事が無ければ僕を受け入れて下さると言う事ですね!」
追撃をかけるハル。
多少卑怯な言い方なのは自覚しているが、ここで受け身になるつもりはない。マリウスのことで非難や罪悪感を追うとしても、それを彼女だけに負わせはしない。
「だが、私たちは身分差が……」
「フィークシン仮説を実証してしかるべき地位になり、シルヴィア様を迎えに行きます!」
そこまで退路を塞がれて、シルヴィアは、ようやく自分の胸中を語りだした。
「本当は、嬉しかったんだ。ハルがヤコブ達の糾弾から守ってくれたこと。私を喜ぶために走り回ってくれたこと。わ、私をす、好きだと言ってくれたこと。だけど、殿下のこととか、公爵家のことで、お前を縛ってしまうんじゃないかと」
「ええ、確かに縛られますね。でもシルヴィア様を失う方がずっと嫌です」
シルヴィアの動揺は、頭から湯気が出んばかりだったが、はっきりと言い切った。
「あの、その。よろしくお願い、します」
「はい。お願いされました! ところで、もう僕我慢できません。失礼します」
「えっ!」
ハルは呆けるシルヴィアの隙をついて、頬に唇を寄せる。
シルヴィアは更にゆでだこ状態になるが、ここで愛情の証を伝えないで何とする。
「続きはまた後で、行きましょう!」
「くっ、
何か凄いことを言われた気がしたが、ハルはハルで舞い上がって気付かない。
2人は頷き合って、戦場に駆け出す。
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