第24話「王子の不調」

 バカなひと。


 自らの不甲斐なさに呪詛を吐きながら剣を振るう王太子に、マニー・セルヴィオは心中で軽蔑の言葉を吐いた。

 自分で思った事なのに、胸がずきずきと痛んだ。


 シルヴィアとの決闘が決まってから、マリウスの魔力変換率は大きく落ち込んだ。

 彼はそんな自分を叱咤し、必死に剣を振るっているが、逆に心身を痛めつけているだけのように見える。


「殿下、そろそろ休憩を……」

「すまない。もう少しだけ」


 強情を張る王子だったが、マニーは素直に引き下がり、何があっても良い様に壁際にひかえる。


 罪悪感はある。ヤコブ達の自己陶酔もうんざりだ。

 自分が彼に近づかなければ、シルヴィアとの仲はもう少しは維持されただろう。


 だが、マニーは守りたいものの為、彼を利用することを選んだ。




 マニーの実家は、この国の男爵領としたは恵まれた方だと言える。

 領内に旧文明の遺跡を複数持つため、安定供給されるパウダーやアーティファクトが領の財政に上乗せされるからだ。

 だが、それが狂い始めたのは30年前。竜の大量発生で隣国フォルクスからの難民が流れ込み、人の良い祖父は彼らの寝食を提供した。

 難民は数十人規模であったので、余裕のあるセルヴィオ領でも支援は可能だったのだ。


 問題はそれを父の代でも続けた事である。

 確かに数十人であれば養えた。だが、評判を聞きつけて次々やってくる難民を無定見に受け入れ続ければ、破綻はやがてやってくる。

 「追い出せないなら仕事をさせて税を取れ」と父に掛け合ったところ、「そんな残酷なことは出来ない」と返された。彼の言い分では、難民たちは祖国に帰りたいのだから、セルヴィオ領は帰還の日まで仮初の安息を提供するだけなのだそうだ。

 真に残酷なのは、安くない額を納税しながら、それを自分たちの為に使ってもらえない領民であると言うのに。


 領民から次々やってくる陳情に、現実を見ない父に失望し、マニーは排除を決意した。

 だが、彼女には後ろ盾がない。

 そこで、王子に近づいた。仁政を行うセルヴィオ男爵家と言う風評が、彼女を後押しした。


 領の窮状を大げさにアピールし、何とかしたいと涙ながらに語るだけで、マリウスはすぐに相談に乗ると言ってきた。

 与しやすい相手だと侮りもしたし、婚約者を放り出して正義ごっこに興じる様は父を見ているようで軽蔑もした。


 だが、父と違うのは、彼の偽善には自己陶酔の色が皆無なことだった。

 マニーを慮る目はひたすら真摯で、いつの間にか彼を目で追っている自分に気付いた。


 きっとこの恋は、破綻と破滅が待っている。

 だが、マリウスの傍にいる心地よさから逃れられず、ずるずるとここに立ち続けている。

 彼が、婚約者を本気で愛しているのを知りながら。


 結局は出血を恐れて大鉈が振るえないだけ。

 父と、そして目の前の王子と、自分は何が違うと言うのだ。


(真に軽蔑されるべきは、私だわ)


 マニー・セルヴィオは、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶々のように、来るべき終局におびえていた。



◆◆◆◆◆



「まずいのではないか?」


 マリウスの不調を実感して、側近のひとりが問いかけた。

 残ったふたりも黙り込んでしまう。


「シルヴィアも同じように不調と聞くが、万一の事があれば、殿下に悪評が立つことになる」


 駄目押しに苦言されて、ヤコブようやく「分かっている!」と口を開いた。


「殿下が負けるはずもないが、念には念を入れて何か方法を考える必要があるな」

「何か、手があるのか?」

「任せろ」


 ヤコブは我が意得たりと、自分の策を開陳してゆく。

 もしここにハル・クオンが居れば、彼らに怒りを抱く事すら通り越して、心底軽蔑しただろう。

 だが、マリウスの名声に酔う彼らの倫理観など、それこそ毛埃だ。


「シルヴィア・バスカヴィルに悪評が立てばよい。そうすれば奴らが何か『卑怯な手』を使って殿下を負かせても、公爵家の顔はつぶれ、世論も我々の味方だ」

「具体的に、どうするのだ?」

「ハル・クオンを使う。あれはシルヴィアに惚れているのは見え見えだからな。捕らえれて服を脱がせ、シルヴィアの寝室に放り込んでおく。適当なタイミングで不貞だと騒ぎを起こせば、誰も真相を確認しようとはすまい」


 ふたりの側近は手を叩いてヤコブの案に賛同する。

 組織は、同じタイプの人間だけが集まると硬直化する。その為健全に運営するには「異物」が必要なのだが、異物は彼らが自分で排除してしまった。

 そのせいで、暴走を指摘する者も、倫理観を諭す者もおらず、彼らは破滅に向かって盛り上がってゆく。

 根底には、自分たちを「君側の奸」と糾弾された恨みがある。

 そこまで恨む理由が、内心で自覚していて直視しないでいたことを、はっきりと指摘されたからに過ぎない。

 そしてこの時も、彼らは現実を直視できなかった。


「で、誰にやらせる? 本来は”荒事のプロ”が良いが、接触して足が付くと面倒だし、時間もない」

「ぴったりの人材がいるではないか。シルヴィアとハル・クオンに恨みを抱いていて、それなりに人を動かせる者が」


 顔をみあわせたふたりは、同時に件の人物に思い至り、にやりと軽薄な笑いを浮かべた。


「なるほど、彼ならちょっと火を付ければ勝手に燃え上がってくれそうだ。失敗しても奴がかってにやった事にすればよい」

「取り巻きには騎士団の息子も多い。一声かければ腕利きが集まるだろう。本人がぼんくらなのが玉に瑕だがな」


 側近たちは声をあげて笑う。

 誰もが成功を疑わず、失敗しても知らぬ存ぜぬで押し通せると言う認識だった。


「リーチ・アンヴィルと連絡を取れ!」


 運命の決闘は、あと3日に迫っていた。

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