第21話「黒幕」

 王都の各地には、大きな公園がいくつも設置され、憩いの場となっている。

 もっとも、これは娯楽用の施設ではなく、一部の飛竜は光を嫌うので、非常事態時には市民を公園に集めて照明魔法で一帯を照らす、と言う切実な理由から造園されたものだ。

 ヤコブ・マスノは珍しく私服を身にまとい、公園のベンチに腰掛けた。

 白髪の老人が、杖を器用に使いながら隣に腰かけた。


(今日は・・・老人か)


 取引の時、「彼ら」はいつも違う姿で訪れる。

 ある時は妙齢の女性。ある時は新婚の若夫婦。子供だったこともある。


『面倒なことになったようだね?』


 頭の中に「彼」の声が響く。

 どうやっているのか分からないが、近距離で意思を伝達する魔法らしい。


『問題ない。殿下が勝利してあの女を寛大に赦し、また殿下の株が上がる。いつもそうやってきた・・・・・・・・・・

『……そう上手くいくかな?』

『なんだ、随分と棘があるな』


 今マリウスは決闘の為鍛錬に励み、マニー嬢も甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 素晴らしいと思う。

 殿下に彼女を近づけるのは新興貴族を利するだけと忠告してくるものもいるが、下らない派閥争いなどどうでもいい・・・・・・・・・・・・・・・・

 殿下には慈しみをもって民に接するマニー嬢こそふさわしい。


 傍らの老人を見やるが、彼は何も言わない。一見すると、公園で遊ぶ子供たちを微笑ましく見守っているように見えるだろう。


『いやなに、シルヴィア嬢は強敵だからね。万一のこともある』

『それも問題ない。元々実力は殿下が上。奴は殿下の寵愛を受けられずにスランプ状態だ。万に一つも負けは無いよ』

『そうかね?』


 苛立ちが強まる。こいつは何が言いたいのだ?


『いや、別に疑っている訳では無い。ただ、念には念を入れて君たちに手助けしようと思ったのだ』

『ふん、何をしようと言うのだ?』


 老人は懐から卵のような形をした金属の塊を取り出し、そっとヤコブの傍らに置いた。


『……これは?』

『所謂旧文明の遺産アーティファクトだよ。殿下に何かがあった時、ここにパウダーを装填したまえ。きっと君の助けになってくれる』

『……一応受け取っておく』


 ヤコブはアーティファクトを懐に入れ、立ち上がる。

 後には、いつもと変わらない、のどかな日常が残された。



◆◆◆◆◆


「ふふ、愚か者め」


 懐の「アーティファクト」の重さを感じながら、ヤコブはあざ笑った。

 彼らの正体は分かっている。

 「メンテナント」。魔法やパウダーは人間本来の営みから外れると言う自然回帰派である。

 それ自体は割と珍しくない運動だが、中には過激化する者が居る。彼らはその最右翼だ。

 しかし、そんな彼らが魔法で動くアーティファクトなどを渡してくるとは、随分無節操なことだ。

 後で誰かに調べさせて、有用なら使い、危険物なら証拠として有効活用すればいい。

 どのみちアーティファクトはパウダーを装填しないと起動しないのだ。


 ヤコブが接近してきた彼らの申し出を受けたのは、2つの目的からだ。

 ひとつは、彼らが提供する竜や犯罪者の情報を、マリウスの手柄として活用すること。

 もうひとつは、用済みになった彼らを一網打尽にして、これもマリウスの手柄とすることである。

 彼らが有益な情報を渡してくるだけで何も要求してこないのはいささか不気味ではあるが、おおかたマリウスに接近して下らない思想を吹き込む腹だろう。

 もちろん、そうなる前に全て潰してしまうが。

 既に彼らの拠点は全て把握済み。

 このタイミングは悪くない。決闘が終わった直後に彼らを摘発し、我が主君の名声を更に高めるとしよう

 マリウス殿下の頭にたかるハエは、全てこのヤコブが払ってくれる。

 それが、あの日からの誓いだった。



◆◆◆◆◆



『扱いやすいね。おばかさんは』


 同じころ老人、〔メンテナント〕のメンバーは同じようにヤコブを嘲笑していた。

 俗人の考えることなどお見通しである。

 彼が突き止めたと思っているこちらの拠点は全てダミーだ。騒ぎが始まる頃・・・・・・・には、こちらは国外に出ている。尻尾など掴ませはしない。

 そもそも”あれ”をただのアーティファクトだと思うのが間抜けなのだ。あれの筐体は確かにアーティファクトで、逃走用の転移魔法が1度だけ使える。だが、それは偽装に過ぎない。中身はもっといいものだ。

 魔法などと言った汚れた文明の遺産を、〔メンテナント〕が使用するのは忸怩たるものを感じるが、目的のためにはやむを得ない。

 今まで彼を支援したのも、全てあれを渡して大勢の人間の中で使わせることだ。

 バラウール王国の中枢が打撃をこうむれば、パウダーの原料である竜骨の供給がダメージを受ける。

 同時に、魔法などに頼る堕落した民も粛清できるのだ。

 慌てふためく王都の人間が、恐怖の中で焼かれてゆく姿を見られないのだけが残念だが、まあいい。


 老人は、内心の愉悦を表に出さずに、人好きする笑顔を浮かべたまま、大陸便の待つ港に向かう。既に同志は脱出済み。彼も乗船時には違う姿になっている。今ヤコブが考えを変えたとしても、彼を捕まえる術はない。

 好々爺にしか見えない死神は、子供連れのご婦人に会釈され、嬉しそうに帽子を持ち上げすらした。

 だが、彼の脳裏にはこの親子ががれきに潰されて死んでゆく姿が映っていた。



 さらばだ、罪深き汚れた国よ。

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