異世界から来た娘武官になるため奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません

第1話 入隊式

「次は寝台よ。ぐずぐずしないで」

「はい」

「向きが逆だわ。私に東日を浴びろというわけ? いちいち言わなくてはわからないの。はぁ」

「すみません」

「箱子はやっぱりここにして頂戴。手荒に扱わないでよ。貴女のような者にはわからないでしょうけど黒檀の最高級品なんだから」

「へぇ~」

「何ぼさっとしているの。さっさと動いて。やっぱり寝台はこっちにするわ。早くこっちも掃除して頂戴。蜘蛛の巣が残っているじゃない。平民と違って蟲が嫌いなの私は一匹たりともこの部屋に入れないで。見つけたらただじゃおかないから」

「は、はいっ」

「誰のおかげでこの部屋に居られると思って? 寝台だけは置かせてあげるわ。そこの物置に。さっさとなさい」


 朱璃は美女の剣幕に圧倒され反射的に返事をしつつ、再びエッチラオッチラとお部屋の模様替えに勤しんだ。

もちろん(何やってるんだ?私)と突っ込みを入れながら。



 

 

 さかのぼること2刻前、朱璃は晴れて武修院の入隊式を迎えていた。決して引っ越し屋の入社式ではなかったはずだ。


 秋の武術大会で好成績を修めて入隊を許されたのは朱璃を合わせて5名。各州候推薦者15名。莫大な競争率の試験に合格した強者15名の計35名が期待と不安、そしてこれからの半年間の厳しい訓練に覚悟を決めて臨んでいた。

 

 臨んでいたはずであった。というのも今年は数年ぶりの女武官の入隊で例年とはまた違った空気感、どこか浮ついた空気に上官も眉をひそめるほどであった。


 その理由は武術大会で神業としか言えぬ弓術で優勝した朱璃のほかに、祇国で知らぬものはいない武官の名門 白州の秀家から1名、難関である試験組から1名と3名の女性が居ただけではなかった。


 彼らを湧き立てたのは彼女らの容姿にもあった。現在、女武官が居ないわけではなかったが、そこらの男よりも男らしい面々であるのが普通であり、少し不安げな漆黒の瞳が保護欲をかき立てるような可憐な娘や、さすが名家の姫らしい凛とした威厳をもつ美女や、禁軍の最小年齢が無ければ12,3才としか見えない童顔美少女は異色の中の異色であったからだ。

    

 禁軍というエリート集団、男男男の世界に奇跡が起こった。それはのちに金銀真珠の代と語り継がれる22期生の威厳ある入隊式の出来事であった。



 その当事者の朱璃はその空気には気も付いていないが、違う意味で心の中は大騒ぎである。


(うわ――男ばっかりや。わかってたけど。それになんか殺気立ってる? ぞわっときた。しかもあの筋肉やばいあれは腕やないな脚やな。それにしても女の人があと2人いるはずなんやけど見えへん。さっき天使と女神がいるって聞こえたで。見たい見たい! 私も拝みたい! ああっ みんなデカすぎて見えへんやん)


 そんな朱璃の心の声を正確に読み取り突っ込みを入れる人物は誰もそばに居なかった。


 そしてこんな時はひょいっと抱き上げてくれる人もいない。そばの誰かによじ登ろうと(大概 桃弥とうやにだが)しても見知らぬ人によじ登るわけにはいかない。


(誰もいいひん)

 今、急に身に染みた。知らない人ばっかり……。

この世界に来た時の不安が蘇ってきた。頭が真っ白になりかけたその時、講堂のざわつきが一瞬で静まり空気が張り詰め、朱璃も我に返る。


 武修院の最高責任者である左羽林将軍を筆頭に十数名もの貫録のある武官及び文官が一斉に入場してきた。


 朱璃だけではなく訓練生は一斉に背筋を正し正面を見据えた。


「……!?」


 目を見開く朱璃に将軍の隣にいる美丈夫が片目を瞑って見せた。その瞬間朱璃は金縛りが解けたように脱力した。

 

「見ろよ宗将軍だぜ」 

「宗将軍が何で!?」

「桜雅様がお戻りになってからは王の側近に戻ったんじゃないのか」

「いや、正式にはまだ桜雅様の側近だろ?中央でお見かけしたと聞いたぜ」

「近々右羽林将軍になられるって聞いたぞ。まさかこんなところでお目にかかれるなんて」


 朱璃の周りだけでも多数の情報が飛び交い、宗泉李そうせんりの人気の高いことがわかる。

その宗泉李が入隊式ゲストではなく、同行する軍医であることが左羽林将軍から発表されると室内に静かなどよめきが走った。

 

(私、相当甘やかされてるなぁ)


 朱璃が無意識で止めていた息をふぅっと吐き出すと体に再び血が巡り始め、ストップしていた思考が戻ってきた。

 一昨日会った時は何も言ってなかったのに……。泉李に「まぁ、楽しんで来い」と肩を叩かれたことを思い出し苦笑する。


 実は皆、忙しい中仕事の合間を縫ってわざわざ激励に来てくれたのだ。代わる代わる「偶然時間が出来たから立ち寄った」と同じことを言う優しい人たちに泣かされたのは記憶に新しい。


「ほんまに、やられた」

 朱璃は奥歯を噛みしめた。完全武装で挑んだつもりだったのに一瞬で解けそうになってしまった自分を叱咤する。

 

 一方、泉李は目があった瞬間から百面相をしている朱璃に吹き出しそうになっていた。(もちろん表面上は威厳ある将軍顔であるが)

 最終的には恨めしそうに睨んでくるのも可愛くてならない。


 あの景雪けいせつはさておき 超過保護の面々が何の対策もなくオオカミの群れの中にか弱い子羊を入れるわけがないだろうがと泉李は対策会議の日々を思い起こし少し遠い目をしていた。奇人変人たちの暴走を止めつつ、これからの半年間の訓練期間の対策にも頭をひねり……左羽林将軍に笑われ呆れられ最終的には怒られた。

 大変だったが就いてよかったと改めて思う。おおかみ野郎たちに埋もれているうちのの可愛いことと言ったら! 泉李も相当親ばかであった。


「最後に言っておく」

 注意事項等を説明していた仲次官の突然の殺気に、隊員たちに緊張が走った。


「皆も知ってのとおり、今年は3人の女武官が入隊した。(あの娘が景雪の秘蔵っ子って信じられないが)通例に則り彼女たちに対して特別扱いはしない(十分してるけど)。ただし、訓練期間に関係なく今後いかなる理由においても人道上不当な振る舞いをした者は即刻除隊を命じる(除隊だけで済めばいいが)。以上だ(頼むほんと問題をおこしてくれるなよ~あぁ胃が痛い)」


 一瞬部屋中の動揺が走った。彼女たちに手を出した者は即刻クビということなのか。


 もちろん当人も動揺していた。突然の話とともに周りの視線が突き刺さるのを感じた朱璃は居た堪れず 穴があったら入りたい気持ちでいっぱいであった。

 

 (私の事やないって!いくら男ばかりとは言え、こんなちんちくりんの女に手を出す訳がないやん。ましてや禁軍、エリート集団やで。いや、でも泉李さんいるし、桜雅も変な事言ってたし、もしかして私も含まれるかもしれんけど少々親ばか過ぎない!? うちの子に手を出すな的な。それはそれで恥ずかしすぎる。バカにしてと怒り出す人がいたらどうしよう。ごめんないと謝るべき?。あぁやめてほしい~きっと景先生が仕組んだ嫌がらせや)


 と怒りの矛先を師匠に向けることで気持ちを落ち着かせ、汗が噴き出すのを感じつつ表情管理に全身全霊を注いでいた。

 もちろん赤面し動揺を必死で隠そうとする姿が可愛さを倍増していることは気付いてはいない。



 

 

 こうして(無事に?)閉式した後、朱璃たち3人は男性たちとは別棟の一室に案内された。どうやら同棟に教官たちの部屋もあり若い娘たちに配慮した形となっていた。


「まぁ、君たちを特別扱いしないとは言っても、あいつらと一緒じゃあ寝てもいられないだろうから部屋だけは別だ。今まで使っていなかったから少し汚れているが掃除をすれば何とかなるだろう。午後の鍛錬まではその時間にあてていいから」


「恐れ入ります」


 感じのよい品のある笑顔を案内してくれた武官に向ける美女に朱璃は(この人が女神と言われていた人かマジ美人)と見惚れつつ、便乗して一緒に頭を下げた。

 頭を下げると少し後ろにいる小柄な銀髪の娘の脚が目に入り朱璃は胸を躍らす。あの子が天使に違いない。おとなしそうだがもう可愛い。


 しかし武官が部屋を出ていき、ワクワクした気持ちを抑えられず笑顔で顔を挙げた朱璃の前に女神の顔はなく、自己紹介もそこそこに冒頭に戻るのであった。

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