第2話

「つーかーせーんー、あーそーびーまーしょー!」

「うっせぇ、ご近所迷惑だ!」


 俺が黙々とゲームの主人公のレベルを上げていると時のことだ。扉をバンバン叩きながら、よく通る声の神原が大声を出すので、近所迷惑になる前に焦って外へ出た。

 この時間に俺以外の家族がいないことを見越しての強襲である。


「やー、昔はこうやって遊びに誘ったなぁと思いまして。あの時は千利君だったんだけどね」

「いや、それはいいけど、なんでいきなり……」

「それがですね? 聞いてくださいよー」

「えぇ、長くなる?」


 長くなるならあんまり聞きたくない。


「長くなります。なので、家にあげて、飲み物を下さい。オレンジ、もち百で」

「ねぇよ」

「えー、じゃあジーナでいいですよ」

「それは、ある……」

「塚セン好きっすもんねー」


 お前も百パーセントのオレンジジュース好きだろ。ん、待てよ? 百パーのオレンジジュースの炭酸って美味いんじゃ……。

 それはもう百パーじゃない。


「はい、おじゃましまーす」

「あ、こら勝手に」

「勝手知ったる他人のうち〜」


 するりと俺の脇を抜けて、家の中に侵入する神原。


「そして、塚センのお部屋〜」

「うぉい!?」


 階段を登って俺の部屋へ向かう神原をなんとか捕まえて、リビングまで引きずり戻した。放っておくと、お宝探しが始まる。


「ぷへぇ、生き返る〜」


 オレンジの炭酸を飲んで、横長のソファにダラりと座る神原。今日は短パンにTシャツと圧倒的軽装備。

 シャツ小さくない? 胸のとこに描かれた猫が横に伸びてるんだけど。


 しかし、確かに今日の天気は暑いから、そんな軽装備になりたくなる気持ちも分かる。梅雨前なのに、もう真夏日和で、こんな日は家でゴロゴロしているに限るのだ。

 そんな中、それなりの距離を歩いて来たのなら、俺も神原の言葉に納得していたかもしれない。


「いや、お前の家すぐそこじゃん」


 神原の家は斜向かい。なんだったら玄関出てから一分もかからない。


「それでも暑かったんですぅ」

「あっそ。それで、いきなりどうしたんだよ」

「あ、聞きます?」

「お前から言ったんだろ」

「やぁ、さっき塚セン嫌そうな顔してたから」


 どうしてそこで遠慮すんだよコイツ。遠慮するとこ間違ってんだろ。


「別に構わねぇよ」


 ドカッと神原が座ったソフィの向かいに座る。本当は神原の隣に座りたいとか思わなくもない。


「いやですね? アタシ今日バイトなかったんですよ」

「そうか」

「で、友達と遊ぶ約束してたんですけど、なんか彼氏と遊ぶことになったらしくて」

「あーね」

「友達より彼氏選ぶのかー! って」

「さぁねぇ」

「お前、アタシの話聞き流してるだろ」


 仮にも先輩をお前呼ばわりするんじゃない。


「いやでもさ、それは仕方がないんじゃないか? 友だちより、そりゃ彼氏優先するべきだろ」

「わー、塚セン、アレっすか? 束縛するタイプですか?」

「そんなことはないと思うけど……一般論だよ。そう言う神原こそもし彼氏か友達かってなったらどうすんの」


 と言っても、今のコイツ話を聞いてたら、友達を優先するんだろう。


「もちろん友達……かは分からないですね。なにせ、彼氏とかいたことないですから」


 ヘラヘラと笑いながらコップに入ったジュースを飲む。


「いたこと……ないの? あれ、中学の時によくつるんでいた男子は?」


 てっきり彼氏かと……。


「いやいや、ないです。それってサッカー部の桑田君でしょ?」

「名前は知らけど。多分そいつ。なんかキラキライケメンオーラ出てたの」

「あははっ、なんですかソレ。いやぁ、そりゃアタシ、サッカー部のマネしてましたし」


 それは知ってる。友達に誘われてサッカー部のマネージャーをするんだとわざわざ家にまで来て報告してきたのだから。

 もちろん俺は帰宅部です。


「その関係で、まぁ、色々? でも、お付き合いはないです」

「ふぅん。なんかいい雰囲気だったから」

「えぇ、どこから見てたんです? はっ、もしやストーカー……」

「偶然だって。いつだったか、中庭で喋ってたの見かけただけ」


 俺が中三で、コイツが中二の時の話だ。あん時は胸が痛くて、数日へこんでいたよ。

 そういや、コイツが今の家に引っ越して来たのはその時期か。


「中庭……あー、え? あの……内容とか、聞いてました?」

「いや、三階から見えただけだからそれは無理」

「あ、なるほど。じゃあいいです」

「なにがいいんだよ」

「はい。この話おしまいー! さぁ、塚セン、ゲームだ。ゲームをしよう」


 立ち上がって、俺の部屋へと駆け出す神原。


「あ、待て! 勝手に入んな!」

「ひゃっほい、性典を見つけてやんぜぇ!」

「本当にやめろ! マジで!」

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